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第036話:大絶叫

作:◆t4u50oq2Wo

二時間ほどたった気がする。湖の影はいつしか消えていたが、マジクはそれでも動かなかった。
慎重に慎重を重ねることにしたのだ。
もう、死人は出ていたりするのだろうか。開始前に二人が死んだが、その死に方は壮絶と言って
更に有り余る惨劇だった。誰も死んでないとすれば、後二十一時間ほどで、自分もそうなる。
(それはイヤだな、さすがに)
そうだといって、自分が誰かを殺すことなど、考えられることではない。
(目標は変わらず、だ。よし)
今度こそ意を決し、茂みを抜けて湖の南の岸を目指し、走り出そうとした。
「その髪の毛は暗闇でもよく映えますねぇ」
また、動きを止めた。今度は心臓がドキリと鳴った。背後から聞こえた脳天気な声。
「けれど、こんな状況だとピンチを呼びますよ」
恐る恐る振り返ると、一人の男がそこにいた。微笑みを浮かべている。手には錫杖。それ以外には
特に変わった物はない。バッグを背負っているくらいだ。
突然の状況変化に、マジクの取った行動は、とりあえずオーフェンを真似てみることだった。
(状況を最大限的確に把握。この人は何で近づいてきたんだ? 一人が怖かった? いや、
 そうは思えないよな。なんか余裕ありそうだし。仲間集めかな)
それもちょっと違う気がする。自分で言うのも何だが、頼りになりそうに見えるとはとても思えない。
男はマジクが黙りこくっているのを見て、あぁ、と合点が言ったようにしゃべり出した。
「これは失礼、僕はゼロスといいます。ホラ、最初に馬鹿な男が二人死んだでしょう? あの
金髪の方と同じ世界からやってきました」


(・・・・・・なんだって? 『馬鹿な男の金髪の方と知り合い』?)
マジクを激しい寒気が襲った。自分の知り合いを、大まじめに罵倒した。
男は続けて、先ほどしゃべったのと同じ内容の文句をつらつらと並べ立てる。その間にマジクは
決心した。この男はヤバイ。逃げないと。失敗は許されない。ゆっくりと魔術を構成してゆく。
「そんなわけで---」
男ははたと、話すのを止めた。顔に相も変わらず不気味な笑みを浮かべ、細くなった目の間から
マジクを見据える。恐ろしい程、光の無い目。
「それは珍しい術ですね? 少なくとも、僕たちの世界とは全く違う」
危うく、構成が霧散しかけた。魔術師以外には見えるはずのない構成が、この男には何故か見えている。
そのショックを押さえた。押さえた。ここで失敗すると、後がないのだ。
「まぁそんな訳で、僕はあなたを殺します。おっと、その前に名前を教えて頂けませんかねぇ?
 いえ、呪文のような物を唱えようとしたらその前に殺しますが」
「・・・マジク」
「?」
小声で呟いたので、男は聞き取れなかったようだ。
「僕の名前は、マジク・リンだ」
今度は聞こえるように、言った。そして次の瞬間には、目に見えない熱線が男を吹き飛ばしていた。
茂みの中、なんとも間抜けな表情で地面に叩きつけられた男を確認することもなく、マジクは湖の方へ走り出した。
(南の森はあの人が出てきた所だから行けない!)
そう考え、湖の西に広がる森に逃げ込むことにした。実際、気絶したとは思えないほど弱い術だった。彼らの
能力が制限されていることを知らないマジクは、己の実力不足に腹を立てる。

南の畔まで走り、息が上がってきた。
(そういえばお師様、全力で走れるのは十秒間だって言ってたな)
けれど、走るのを止めるわけにはいかなかった。転送の魔術は自分では難しすぎて使えない。
「驚きましたよ」
いきなり背後から声がきこえた。
「呪文を唱えずに魔法を使えるなんて、とても珍しいですねぇ」
それと同時に、右腕に衝撃が走り、マジクは体勢を崩して転んだ。
一瞬、何が起こったのか判らなかった。ボチャ、と音がして、自分の右腕の肘から先が湖に浮かんだ。
激痛。

「わあああああああ!!」
ゼロスは思わず耳をふさぐ。目の前の少年が悲鳴を上げたのだが、その声量たるや、今にも鼓膜が破れそうなほどであった。
この悲鳴は恐らく、かなりの遠くまで届くだろう。すると、何事かと、参加者がゾロゾロ集まってくるに違いない。
「好都合と言えば好都合ですが・・・あまり集まるのも考え物ですね」
だが、使えることに違いはない。とりあえずは、この少年を見守ろう。

目の前で、先の無くなった腕から血が噴き出す。彼はパニックに陥り、血を止めるためにと、切断面をグッと握りしめた。
もちろん、止まるはずもなかった。
「い゛っ・・・・いだっ! ぐ、ぐ、クソッ! 痛い・・・」
顔の穴という穴から汁を拭きだし、うずくまったまま、彼は言葉に鳴らない悲鳴をあげる。それはいちいち大声量で、
言葉の度に暗闇にこだまが走る。

「腕を無くしただけでこれだけ喚くとは」
男が呆れたように呟いた。
「あなた、戦い慣れしてませんね? それとも、怪我になれてないのか。どちらにしろ、目の前の敵を
 忘れるというのはどうかと思いますがねぇ」
マジクは見ていなかったが、男は辺りを見回した。
「ほら、人の気配がしてきましたよ。そろそろあなたも用済みです」
それを聞いて、マジクは顔を上げる。顔が不気味に歪んでいる。
(死ぬのか・・・?)
「さよなら」
(死ぬのか?)
男の持つ錫杖が、マジクの胸を貫いた。
(死ぬの・・・か? お師・・・様・・・)
「いただきます」

【D-6/湖南の畔/一日目2:46】

【ゼロス】
[状態]:バカンス気分
[装備]:錫杖(魔族の体の一部)
[道具]:デイパック(支給品一式) 
[思考]:負の感情をいただくためにあちこちを徘徊する/集まって来るはずの参加者を適当に待つ

【115 マジク・リン死亡】

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