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第033話:パラダイス

作:◆wEO8WH7kR2

その男は突然、むこうから気安く声をかけてきた。
「お互い、大変なことにまきこまれちゃいましたねえ」
ユージンこと天色優は話しかけられるまで、その男がその場にいることに気かなかった。
ここは見晴らしの良い海沿いの道だ。人がいたら気づくはずなのだが。
「あ、あなたはいったい・・・?」
その男は見るからにファンタジー世界の住人というような服装をしていた。
暗紫色のオカッパの髪が目を引く。
その男は人懐っこい笑顔を張り付かせて天色優を見つめていた。
「僕はゼロスと申します。よろしくお願いします。」
そこで一度、軽くおじぎをした。
天色優もあわててお辞儀を返す。
「ぼ、ぼくは天色優っていいます。」
「優さん。早速ですが僕の話を聞いてもらいます。」
ゼロスはそう宣言すると、優が返事をするのも待たずに一方的に話し始めた。
「僕は元の世界では獣神官という役職をしていましてねぇ。
 獣王ゼラス=メタリオム様の腹心、といえば聞こえは良いのですが、
 結局やらされるのはお使いと雑用ばかりなんです。」
突然、自分には何の関係もない身の上話を聞かされ優は戸惑っていた。
しかも、ゼロスはさっきから同じ笑顔のままで天色優をまっすぐ見つめたままだ。
優は気味が悪かった。
「先日もリナさんという人間のお守りを仰せつかりまして、
 大怪我は負わされるわ、人間ごときにあれこれ罵倒されるわと散々でした。」


ゼロスは気にすることもなく、平然と人間を侮蔑する言葉を口にした。
天色優は厳密には人間ではない。統和機構に作られた生体ユニットだ。
だが、彼には人間の仲間がいた。大切な仲間達が。
その仲間を侮辱された気がして天色優はゼロスを睨みつける。
ゼロスはこれに全く動じず、何事もなかったように再び語りだした。
「この世界は説明にもあったとおり他の世界とは隔絶しています。
 人間どもの使う攻撃魔法程度の力程度なら、外から引っ張り込むことも可能なようですが、
 意思を持った存在が外からこの世界に干渉を仕掛けることは事実上不可能です。
 もっとも、あの方でしたらあるいは可能かもしれません。」
このゼロスという男はさっきからいったい何を喋っているのだろう。
天色優はゼロスの話の意図がさっぱり読めなかった。
こんなことに付き合っていても気分が悪くなるだけだ。
「僕はもう行きます・・・。さようなら。」
天色優はそれだけ言うとゼロスに背を向けて道沿いに歩き出した。
その背に向けてなおもゼロスは話を続ける。
「繰り返しになりますが、この世界には外から干渉することは出来ません。
 それは獣王ゼラス=メタリオム様も魔王シャブラニ=グドゥウ様も例外ではありません。」
天色優は歩きながらも不安に襲われていた。理由はわからないが心の中の何かが警鐘を鳴らしている。
「つまり、僕は今、誰からも命令される立場にないのです。
 自由な上、とても暇なんですよ。だから・・・」
天色優は不安に耐えられなくなり、ゼロスの方向に振り向いた。
すぐ目の前にゼロスの笑顔があった。最初からずっと同じ表情のままだ。

「僕は魔族の本能に従って、負の感情をたっぷりといただきます。」
ゼロスはそういうと、手に持った錫杖を天色優に突き刺した。
「ぐ・・・が・・・!」
天色優は口から血を吐き出す。
ゼロスは苦しむ天色優の耳元で楽しそうに囁いた。
「僕達、魔族にとってこの世界はパラダイスなんですよ。
 人間たちが勝手に殺しあいをしてくれているので、負の感情が常に満ちあふれています。
 おまけにうるさい上司にも干渉されません。これ以上のパラダイスはそうはないです。」
天色優は最後の力を振り絞り、耳元で囁くゼロスの首筋に指を突き刺そうとした。
彼の指からは特殊なリギッドが分泌される。
これを体内に注入されると、その個体は跡形もなく爆散する。
(僕はもう助からないにしても・・・こいつだけは、こいつだけは殺しておかないと!)
天色優の指がゼロスの首に突き刺さる、と思われた瞬間。
ッシュ!! という鈍い音が辺りに響いた。
ゼロスが錫杖を持っていない左手で天色優の首を一閃したのだ。
ユージンこと天色優の首がゴロンとその場に落ちた。

【E−8/海沿いの道 /1日目・1:00】

【ゼロス】
[状態]:バカンス気分
[装備]:錫杖(魔族の体の一部)
[道具]:デイパック(支給品一式) 
[思考]:負の感情をいただくためにあちこちを徘徊する。

【051 ユージン(天色優) 死亡】 【残り108人】


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