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IRコート双眼鏡の悲劇
有害な色付けコーティングを切り捨てる

 これまで筆者のお勧めできない双眼鏡ということで、「高倍率双眼鏡」 「ズーム双眼鏡」 「IRコートの双眼鏡」の三つを挙げてきました。
 「高倍率双眼鏡」「ズーム双眼鏡」は既に実例を挙げて切り捨ててきたのですが、「IRコートの双眼鏡」だけは実物を試す機会に恵まれませんでした。

 念のためですが、「IRコート」とは 上の写真のように対物レンズをドギツい赤色を焼き付けたコーティングです。
 同様のものには「レインボーコーティング」があります。

 筆者は店頭で一度覗いただけで嫌になってしまい「ダメ双眼鏡」を烙印を押してきたのですが、実物を所有したことはありませんでした。
 このホームページとしては実際に試していないのに決め付けてしまうのはポリシーに反してしまいます。
 問題だと思っていた矢先、ある方から「IRコートの双眼鏡を使っているが良く見える」とのメールをいただいてしまいました。
 私の思い込みだけで、本当は結構使える物かもしれません。

IRコートの双眼鏡を買ってくればいいのですが、そんな製品に限ってマルチコートの製品に比べて2割以上高価です。
 各種のネットオークションでも、この種の製品は暴利とも思える値段がつけられています。
 使えないと思い込んでいる製品に、一万円近くを注ぎ込むのは馬鹿らしいと諦めていました。

 ところが新年初売りの広告に、双眼鏡の安売りが載っているではありませんか。 1980円でホームページのネタが一本書けるのなら さほど高くありません。
 オフ会の話の種にもなりそうです。

 早速、この赤目の双眼鏡を試して見ましょう。

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     選手紹介

 買ってきた双眼鏡は「VANGUARD」というブランドが入った中国製のダハ式双眼鏡です。
 箱にまで、デカデカと「IRコート」とシールが貼り付けられています。

 倍率は8倍、口径が21mmで 実視野7.2度といったスペックです。
 アイポイントの記載はありませんが、実物を見た限り6〜8mmといったところでしょう。
 数字上のスペックだけ見ると比較的まともな製品といえそうです。
 これまでの失敗に懲りて、店頭でしっかり光軸をチェックしてから購入しました。

 外観上はピント操作機構が外部に露出していて古臭い印象ですが、タンクローに比べて非常にコンパクトに仕上がっています。

   

 使い勝手は良くも悪くも標準的なポケット双眼鏡といったところですが、以前試したケンコーよりは手になじみます。

 最大の売りは、そして筆者の考える最大の問題点は、対物レンズの「IRコーティング」と呼ばれる赤い着色です。
 これだけ赤い反射を出していて、まともな色の再現は厳しいと思うのですがどうでしょうか。
 手間がかけられた対物レンズ外面に対して、接眼レンズはあっさりとした単層コートになっています。

   

 これ一台だけで、比べる対象がないと視野の問題がはっきりしません。
 当サイトで「小型双眼鏡の基準」としている ペンタックス「タンクローV 8X24」を同条件で比較してみます。
 この双眼鏡は幾つかの性能的な不満はあるものの価格性能比に優れており、一般人が手を出せる価格の中では、お勧めの製品です。

 また、メーカーごとに色の癖には違いがありますから、標準的な中型双眼鏡と思われるビクセン「アルティマ10X44ED」も参考のために試験を行っています。

    


     実地テスト・その1

 この手の「IRコート」や「レインボー・コート」と呼ばれるコーティングは、「赤外光をカットする」と称して派手な赤色に着色されています。
 常識的に考えれば、視野は赤成分が弱くなり、青味がかった眺めになるはずです。
 ということは、太陽の傾く夕方はこの手の双眼鏡が苦手とする環境のはずです。
 幸か不幸か、デジカメの充電が終わり出かけようと思ったのは午後2時過ぎなのですが、冬の日差しはかなり斜めに差し込んでいます。

 以下の写真は、デジカメのホワイトバランスを太陽光条件で固定し撮影、ピント調整は双眼鏡側で眼視確認にて調整しています。

 さて、まずは肩慣らしで玄関から見える風景で試してみましょう。
 我が家は家の周りに茂みが多くバードウォッチングや野外活動に近い条件といえるでしょう。

 肉眼では

 このように見えている風景です。
 写真では遠くに見えている車を双眼鏡で覗いて見ましょう。

 まず、ビクセンのアルティマ。
 この写真は標準的な双眼鏡の発色で、とりあえずの基準と考えてください。

 まず、中央の自動車の色と枯れた芝生の色を注目してみてください。
 前にも書きましたが、日がだいぶ傾いてきた時刻の写真です。

 次に、ペンタックスのタンクロー。

 自動露出で撮影しているので写真の明るさは異なって見えますが、自動車と芝生の色合いはビクセン・アルティマとほぼ同一の傾向が見られます。

 で、問題のバンガード・IR双眼鏡

 もう一目瞭然ですね。
 少し離れてみただけで、視野が強く変色しているのは分かっていただけると思います。
 自動車の色はもちろんですが、枯れているはずの芝生が あたかも緑色のように見えてしまっています。

 実際に眼視で使っているとパッと見はあまり気が付かないのですが、すぐに強烈な違和感に襲われます。
 特に、このような緑の多い風景や白い建物などは、肉眼との差が大きいために詳細な観察には感覚の慣らしが必要なようです。
 双眼鏡で覗いた対象が肉眼での世界と即座に一致させられないのは非常に不便なものです。


     実地テスト・その2

 実際に風景を見るために使ってみると、かなり疲れる双眼鏡です。
 次は、特定の対象を覗いたときのシミュレーションをして見ましょう。
 本当なら鳥や動物を見てみるのが一番なんですが、とりあえず固定目標で。

 まず、ビクセンのアルティマ。

 なんでもない標識なんですが、茂みの中の小鳥だと思って見てください。(爆)
 木の幹、杉の葉、標識の色、どれを見ても違和感のない視野です。

 次に、ペンタックス・タンクロー。

 露出条件がずれてしまいましたが、色合いからするとビクセンと同じ傾向です。

 最後に バンガード・IR双眼鏡。

 もう、写真での見えは厳しいというしかありません。

 まあ、標識だけを注視しているときはあまり異常を感じません。
 というのも、標識の色は記憶として脳に刻み込まれていますから、多少色合いがボケていても無意識のうちに補正されてしまうようです。
 それでも、記憶が頼りの色補正でははじめてみる対象にはアウトですし、詳細な観察の意味をなしません。

 さらに、広い範囲を見回すと、欠点は致命的です。
 こういう夕暮れ時は、赤みが消されてしまうために双眼鏡の中で時間感覚を失ってしまいます。
 双眼鏡を覗いていると昼頃のように思ってしまうんですねえ。
 色バランスがこんなに重要だなんて、はじめて実感できました。


     実地テスト・その3

 もう実験としては十分かと思いますが、双眼鏡単体でどれだけ視野が着色しているのかを確かめて見ましょう。

 建物の白い壁を相手に双眼鏡を覗いてみます。
 デジカメ単体では、このように見える壁です。
 もちろん、これは肉眼での感覚と一致しています。

 まずは、ビクセン・アルティマ。

 ほぼ違和感のないクリーム色が再現されています。

 次に、ペンタックス・タンクロー。

 こちらも同様に正しい色に見えています。

 最後に バンガード・IR双眼鏡。

 はい、もうコメントは不要でしょう。
 教科書どおり、強く青色の着色が見られています。

 こんなに視野の着色が激しくては、実用双眼鏡としては致命的だと思うのですが、いかがでしょうか


     だめ押しテスト・結論にかえて 

 もう、いうまでもないことですが、この手の双眼鏡は、絶対に、買ってはいけない代物です。

 紫外線や赤外線のカットを謳っていますが、紫外線は通常の光学ガラスでさえあまり透過しません。
 赤外線も溶鉱炉を長時間見つづける職業人でなければ、水晶体への影響は無視できます。
 双眼鏡を使っているような短時間だけ、これらを遮蔽する意味がどこにあるのでしょうか。

 今回のテストは、夕暮れ時、しかも暗くなりかけた時に行っていますから、IRコートの双眼鏡には不利な条件です。
 それでも、双眼鏡が薄暗がりに弱いようでは存在価値がありません。
 真夏の海のように青が強い条件では違和感は半減できるでしょうが、日が傾いてきたら使い物にならなくなるのは確実です。

 海洋監視のようなシリアスな用途は時間感覚も重要ですし、何より双眼鏡が活躍しなければいけないのは悪条件下でのはずです。
 このような双眼鏡は、本当にお洒落の一部として子供の玩具のような感覚で買うのでなければ失望してしまうでしょう。

 あなたが、もし、実用的な双眼鏡を求めるのであれば、この手の製品には十分に気をつけてください。
 逆に、赤いレンズが人目を惹いてお洒落だと思うのなら、双眼鏡ではなくサングラスを購入すべきです。

 あなたは、真冬の夕暮れ時、日が山々に隠れようとするとき、こんな風に見えてしまう双眼鏡を、どう思いますか。

 真昼間ではないんですよ。
 一月の17時に近づいている時間なのに、双眼鏡の中だけは昼間の色彩のままなんです。

 私なら、数倍の値段を出しても

 このように、きちんと見える双眼鏡を購入しますが。 
 双眼鏡はお洒落小道具ではありませんから。


 

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