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双眼鏡の性能比較(7)
高倍率ズーム双眼鏡を斬る!!

 これまで何回か「80倍」「100倍」といった高倍率双眼鏡を取り上げてきました。
 このような双眼鏡が役に立たないのは光学製品の知識があれば分かるのですが、私の周りでも引っかかった人がいるようです。

 双眼鏡を扱うホームページやガイドブックを見ても高倍率双眼鏡を批判する内容は出ていますが、実際にどの程度の性能があるのか示しているものはありません。
 私自身も何度かその手の双眼鏡をネタにしているのですが、実際に所有したことはありませんでした。

 「駄目だ」といってもその証拠を示さないと説得力は皆無ですし、これだけ出回っていると本当に駄目なのか自分でもわからなくなりそうです。
 「じっくり使い込んでテストしてみたい」と思いながら、店頭で見かける製品は決して安くありません。

 自前で買うのも馬鹿らしいと思っていた矢先、知り合いからそんな双眼鏡を譲り受けてしまいました。
 1年前に買ったものの、押入れの肥しになっていたようです。
 早速、今まで誰も実験してこなかった高倍率双眼鏡の実力を明らかにしていきましょう。
 

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     選手紹介

 今回、我が家に転がり込んできた双眼鏡は高倍率双眼鏡界の名門・K社の「クラトン・13〜50X27MC」。
 50倍とは開いた口がふさがりませんが、同社のズーム双眼鏡の中では これでも控えめ(!!)な倍率です。

 去年、知り合いが家電チェーン店で購入した品物です。
 数回使っただけで引出しの奥にしまいこまれていたそうです。
 購入価格は約2万円とのこと、我が家の双眼鏡では歴代第2位にあたる高額商品です。

 カタログで調べてみると、実視界は13倍時で2.4度・50倍時で1.0度となっています。
 13倍でもファインダーが欲しくなりそうな狭さです。
 最低倍率が高い上に、この視野では何に使えるのか実験前から頭が痛くなります。

 そのくせ、定価は52000円!。
 ニコンの7X50トロピカルより高い。

 新品の時には三脚ホルダーがついてきたようですが、すでに紛失されています。
 その他は 中古品ですがレンズに傷もなく、光軸も眼視上は狂っていません。

 比較の基準になる双眼鏡は、我が家のコンパクト双眼鏡の主力ペンタックス「タンクローV8X24」です。
 「30倍」「50倍」という倍率を聞いてしまうとつまらなく思えそうなスペックです。
 定価は15000円ですが、旧型処分品につき5980円でワゴンセールされていた品です。

 カタログスペックは平凡そのものです。
 実視界6.2度という狭さは気になりますが、アイレリーフ15mmを思えば仕方がないところでしょう。

 多くのガイドブックやHPでも真っ先に名前が挙がるお勧め双眼鏡で、コストパフォーマンスには定評があります。

 設計思想は大きく異なりますが、両者ともほぼ同じ大きさ・重さになっています。

 この二つを比べて迷う人はいないでしょうが。


    外観チェック

 まず、「クラトン・13〜50X27MC」から。
 ケンコーというとギラギラ色付コートの双眼鏡が多いのですが、この双眼鏡は普通のマルチコートです。
 しかし、反射光を見る限り 目に付かないレンズの裏側は単層コートのようです。

 しかも、接眼レンズは最外面も手抜きされています。

 そんなことを云々する双眼鏡でないのも事実なのですが。

 ズームレバーは右鏡筒につけられていて、右親指で操作するようになっています。
 操作自体はスムースで、操作性は悪くありません。

 これだけ倍率の高い双眼鏡でまず気になるのは、やはり射出瞳径の問題です。
 ズームをいじりながら撮影してみました。

  

 左が13倍時、計算上は約2mmの大きさになります。
 写真では分かりにくいのですが、このとき瞳には四角くケラレの影が出ています。
 このお値段のくせに BK7プリズムが使われているようです。
 ズーム・高倍率に加えて、プリズムがこれでは三重苦双眼鏡です。

 右の写真は最大ズーム時の射出瞳です。
 計算上は約0.5mmと まさに針穴状態。
 かなりの晴天かでないと使えない倍率ということでしょう。
 月なら見えるかもしれませんが、木星・土星クラスもみえないのでは。

 アイレリーフに関してはデータがないのですが、見口で判断する限り5mm程度しかないのでは。
 倍率を考えると仕方がないのですが、裸眼でも使いにくそうです。

 

 対するペンタックス「タンクローV 8X24」を見てみましょう。
 対物レンズ・接眼レンズともマルチコートされています。

  

 が、こちらもコストが厳しいのか、内部のレンズは単層コートと思われます。
 6000円で売られる双眼鏡に多くは求められないのは確かです。

 タンクローが立派なのは性能諸元よりも、使い勝手への気配りです。
 筆者が何より気に入っているのはスライド式の見口で、低価格機はもちろん中型双眼鏡でもなかなか見られない装備です。

 眼鏡が離せない人間にとっては抜群の使い勝手で、一度使うと忘れられなくなります。

 射出瞳は写真のようにきれいな正円になっています。
 大きさも美しさも段違い(といっても3mm径だけど)。
 上の写真と比べると、これだけで品質の差は明らかです。
 この価格でもプリズムまでは手を抜かないようです。
 「ブランドは名を惜しむ」ってことでしょうか。


     実地テスト

 もうここまでで実力は分かったも同然なんですが、この不幸な双眼鏡を成仏させるためにもしっかりと性能を発揮してもらうことにしましょう。
 と言っても、いきなり星を見ても仕方がないので、昼間に我が家の庭から試してみることにしました。

 私がいつも目安にしているのは約60m離れた橋脚のプレートを識別する試験です。

 プレートは約40X100cmで「並木大橋」と彫られています。
 黒い背景に黒い浮き彫りなので、コントラストの低い双眼鏡には厳しいようです。
 倍率の高い双眼鏡は若干有利なようですが、手ブレがきついと判別は不可能になります。

 概ね、曇りの日にテストをしているのですが、一流メーカー品は問題なくパスしています。
 今回は雲の厚い日で条件としては厳しいほうです。

 いつもと同じように眼視で確認の後に写真撮影を行いました。

 3つの双眼鏡とも同一縮尺・同一圧縮率です。
写真で見えている大きさと、双眼鏡の視界はほぼ比例しています。

 まずはタンクローV 8X24。 

 

 写真でもうっすらと文字らしきものが識別できると思います。
 肉眼では、少し見難いのですが全文字が識別可能です。
 明るさの条件が違うので一概には比べられないのですが、ニコン「スポーツスター10X25」よりコントラストがでていないようです。

 視野の狭さは感じるもののこれだけ見えているば実用上は問題ないでしょう。
 参考の為に、ビクセン・アルティマED10X44でも撮影してみました。

 大口径機らしく、くっきりと明るい視野になっています。
 プレートの文字の存在も写真上で確認できるでしょう。
 コントラスト・明るさ・視野の広さすべて水準以上のです。

 出来の良い双眼鏡なら(それでも最高級品ではない)、倍率にかかわらずここまで良く見えるのです。

 デジカメの写真は眼視より広角の設定ですから小さく見えますが、実際はプレートが目の前にくる感覚があります。
 この双眼鏡ではプレートに何が書いてあるか知らなくてもすべて判読できるでしょう。

 えっ、肝心のケンコーはどうしたって。
 実はあまりにショッキングなので最後まで出さないで置いたのですが、

 デジカメの写真が悪いわけではありません。
 眼視でもこの程度しか見えないのです。
 視野全体が暗くコントラストは最悪で、高倍率の手ブレで視野はぐちゃぐちゃです。
 オマケにピントがきちんと合わない。
 光軸はあっているようなんですが、こんな双眼鏡なら多少ずれても認識不能でしょう。

 それでも見ているときは対象を導入できるのですが、デジカメを手持ちで撮影しようとすると視野がなかなか見つからない。
 個人的な意見なのですが、飛んでいる鳥を見るには実視界で5〜6度、大人しい鳥でも4度は必要だと思っています。(下手糞なせいですか?)
 最低倍率でも2度ちょっとでは早く動く対象を追いかけるのは困難でしょうね。

 これでも最低倍率なんですよ。
 どんな目的に使えというのでしょう。

 もちろん、文字の識別は不可能です。

 さらに恐ろしいことに、この双眼鏡にはズーム機能がついています。
 ためしに50倍にしてみたのですが、眼視でも何も見えない。
 曇りとはいえ昼間なのに、黒い影がちらちらするばかり。

 仕方がないので、少し倍率を下げていってみます。
 どうやら、目で見える限界はズームレバーのほぼ中央30倍程度のようです。
 その倍率で写真をとってみると

 繰り返しますが、写真撮影のミスではありません。
 目で見てもこのくらいしか見えないのです。
 ピントが合う位置もぜんぜんありません。
 眼視ですらプレートを見つけるのは大変です。
 倍率を下げ、対象を導入し、倍率を上げていっても、少しでも手ブレがくるとすぐ対象を見失ってしまいます。
 そこでピントを合わせようと思っても、また少しのブレで振り出しに戻ってしまいます。
 まあ、どんなにがんばってもきちんとした像は得られないで、無理をしないようにとの心配りかもしれませんね。 


     まとめ

 あまり天気の良くない日に写真で比較すると、タンクローも高性能とはいえないものの、価格を考えると立派なものです。
 この性能が6000円とはかなりお買い得で、初めて双眼鏡を手にする人にはお勧めできます。
 何に使うか分からない物ならこのくらいの入門機から始めてみるのが良いでしょう。
 双眼鏡を使わなくなっても6000円なら諦めがつくでしょうし、使い込むようになってもこの値段なら思い切って持ち歩けます。
 これに不足を感じるようになったら中型双眼鏡を買い足せば良いのです。
 それでも、タンクローは小型双眼鏡として重宝するでしょう。

 対して、主題のケンコーの高倍率双眼鏡ですが、全く評価に値しません。
 ズーム機構でレンズ枚数が増えるにしたがってコントラストが悪化していくのですが、このような商品を出荷するようではメーカーの姿勢が問われるでしょう。
 中古品なので一概に評価できないのですが、数回通常に使用しただけで(この製品を使い込めるとも思えないが)問題を生じるのならやはり設計に問題があるはずです。
 これが「80倍」「100倍」の双眼鏡になったらと思うともはや笑えてきませんか。

 こんなものに20000円の値付けをするのは詐欺行為です。
 安価でも性能のしっかりした双眼鏡があるのですから、賢く双眼鏡を選びましょう(除:双眼鏡マニア)。

 


 

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