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月と流星の夜に
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アイラは眠れなかった。

自分ではよくわからない感情の混在が

もう東の空が明るくなりつつある時刻だというのに

アイラの目を覚ましつづけていた。

何度も寝返りを打っていたが、やがてそれも諦め、

アイラは中庭へと降りていった。

早朝の中庭はしんと静寂だけが漂っており、

鳥のさえずりすら聞こえない。

ひんやりした空気が頬を撫でる。

ぶるぶるっと体を震わせアイラは空を見上げた。

幾分、空は明るくなってきてはいたが、まだ薄暗い

「あ」

アイラは、はっと目を見張り空をじっと見つめた。

「……流星」

一筋の流星が長い尾を引いて消えた。





『お前は剣を持つ姿が一番綺麗だ…』

あの男の声が頭に響き、感情が渦を巻いて

アイラを深みへと導いていく。

「(本当に私は一体どうしたというのだろう…)」

ぶるぶるっと頭を振り、精神を統一して

男の言葉を考えないようにする…が、駄目だった

「(確かめよう…もう一度あえば、何か…わかる気がする)」







城内が静かになるのを見計らって

アイラはこっそりと城を抜け出した、

もう何度も抜け出しているので手馴れたものだ、

外に出ると異様なほど明るかった

空を見上げると…満月だった。

「そうか…あいつに出会ってからもう一ヶ月になるのか」

この一ヶ月

アイラは信じられないくらいの剣の上達ぶりであった。

だが、まだ流星剣はできないし、兄にも勝つことはできなかった。

「それに、あいつにも…」

悔しいがそれは事実だった。

『私に勝てる男は兄上だけだ』

そう言っていたころの自分は

なんと傲慢で、世間知らずで、舞い上がっていたのだろう、



がさっ



アイラはハッと我に返る

周囲を見渡せば頑強な男たちに囲まれていた

考え事をして気配に気がつかなかった。

「このような夜更けにどちらへ?…プリンセス・アイラ」

頭と思われる男が月明かりの下に出てきた

見たことのある顔だった………指名手配の紙で…

おそらく、かなり高額の盗賊団の頭であるその男は

夜中にいつもこっそり一人で抜け出す王女をみて狙っていたのだろう

「(数が多い…このままじゃやられる…)」

アイラは焦った、焦れば焦るほどよい方法はまったく浮かんでこない

腰にある剣は練習用の模造刀だ。

「(一体どうすれば…)」

と、ふとアイラの頭の中にあの男の言葉が響いた、



『強くなるということは何も剣技だけに限ったことではない

 大切なのは心…使う者が心を剣に乗せていることが大切なのだ』



気がつくとアイラの周りに5人の男が倒れていた、

無我夢中でよく覚えていなかったが、

手に残っている感触は

兄に流星剣を見せてもらったときと同じだった。

盗賊の頭は怒りに打ち震えていた

「くッ…このアマ、よくもッ!」

頭は手にした大剣を振りかざした!



キーン



「……ッ!」

アイラの剣が折れ弾けとんだ、頭は更に大剣を振り上げる、

「(もう駄目だ…)」

そう思った刹那

「ぐぇっ」

と頭の断末魔の声が聞こえた

「大丈夫か」

その声はいつも聴きなれている声だった、






アイラは金髪の男の顔を見た瞬間

頭に血が上って、

言おうと思っていた言葉がひとつも出てこなくなった

「怪我はないか?」

男が近づいてくると、アイラは下を向いて

「…あ……ありが…とう」

と、消え入りそうな声でそれだけを言った。

すると、男は不思議な顔をして

「どうしたんだ?やけに素直だな…

 いつもなら『私一人でも十分だ』とか

 負け惜しみのひとつでも言いそうなのに」

「だって…」

「ん?」

恐かったから

その弱音が思わず口から出てしまうのをかろうじて抑える

「(どうして私はこの男の前だと弱くなってしまうのだろう…)」

と、アイラは男の格好に何か違和感を覚えた、

きちんと外套を着こんでいる…旅装束のようだ

「まさか…旅…に……出る…の?」

「ああ」

アイラは、どこかへと突き落とされるような感覚を覚えた。

「どうして…」

アイラは男の顔をじっと見つめる

それは月の光に照らされて綺麗だった

「俺は、国に縛られて何も見えなくなるよりも

 世界を見ることを選んだ…それだけだ」

男はアイラの頭に手を置き、ふっと笑い

「また何処か出会うこともあるだろう…またな…アイラ」

と男は走り去った。

月明かりの下、男の影が遠ざかっていく…

アイラは呆然とその後姿を見つめていた。






男が何故自分の名を知っているのか…

そんなことはどうでも良かった、

ただ…ただ一言

『行かないで』

この一言…

その言葉はアイラの口からでることもなく

男に伝わることもなく

ただ一筋の涙としてアイラの頬を伝っていった…






――――グラン暦758年





アイラは甥のシャナンと共に

シアルフィ家シグルド公子の軍に身を置いていた。

「おーい、アイラ」

向こうから背の高い紺碧の髪の男がやってくる…レックスだ

「なんだドズル公国の公子」

「おいおい、そんな呼び方止めようぜ、ここはアグストリアなんだから」

「どう呼ぼうが私の勝手だ」

アイラはさっと踵を返すとレックスの前から立ち去ろうとした。

「待ってくれよ、お嬢さん」

アイラはキッとレックスを睨むとこう言った

「お前は私を馬鹿にしてるのか」

「おっと、スマン、そう言うつもりじゃないんだ

 いい物があったからアイラにやろうと思って」

「…贈り物なら他の女にすればいい。私には必要ない、失礼する」

「あ…おい」

今度は振り返らずにすたすたと歩き去る

「あーあ、また渡しそびれたよ…この剣」

レックスの手には恐ろしく軽い名剣が握られていた。

「あっアイラ」

今度は甥のシャナンが走り寄ってくる

「ねえ、アイラ、闘技場にものすごい剣闘士がいるんだって

 見に行こうよ」

「そうか…いいよ」

「でもアイラより強いわけないよ」

「わからないよ…私もまだまだ未熟だから」

「ふうん」






木々の花は落ちて葉で青々してきている

日は高く上がり日差しは刺すように強くなりつつある

これからもっと暑くなるだろう

アグストリアの夏はもうすぐだ……






The End

or

to be continued・・・?


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