月と流星の夜に
(1)
「マリクル兄上!」
豊かな黒髪をした少女が自分の兄の姿を見つけると、
そのもとに駆け寄っていった。
少女の名はアイラ
まだ顔にあどけなさが残ってはいるが
きりりと引き締まった横顔からは
気の強い性格が窺い知れるようであった。
その髪は夜のように澄んだ黒、
そして、髪がゆれるたびに放つ光沢は、
まるで流星が走ってる様でもあった。
「ああ…アイラ」
こちらもまた豊かな黒髪の、長身の男だった。
その瞳は鋭く、隙というものが存在しなかった。
「おはよう」
その瞳を少し緩ませ、妹の方に向きなおす。
「おはようございます兄上」
少し息を弾ませながらアイラはにっこりと微笑む。
「兄上…あの…」
伺うように上目遣いで兄を見る。兄は笑っていた。
「朝の稽古…だろう?わかっている、つけてやろう」
「はいっ!おねがいしますっ!」
蛮族の地イザーク…その歴史を振り返るとあらゆる部族の歴史である。
遊牧民の地であるこの国には、さまざまな部族が、
剣聖オードの統一後もひしめき合っていた。
むろん、好戦的な部族が王家を狙って…である。
それを今日まで抑えてきたのは、この王家の卓越した剣技である。
城にいる全ての者は、ほとんどが剣技の達人だった。
それは、男であろうが女であろうが…である、
だが、アイラは少し他の者とは違っていた。
天賦の才とでも言うのであろうか城の者はほとんどアイラにかなわなかった、
いや、かなわなくなっていった。唯一人を除いて、
はじめの内は女剣士と稽古をしていたのだが、
やがて相手は、兵士、精鋭兵…と変わっていき、
今では実の兄…そしてイザーク最強の剣士マリクルだけが彼女の相手を務めていた。
彼女が王女…いや女でなければ最強の剣士にすらなれていたかもしれない。
マリクルと父マナナンは苦笑混じりに言うのだった。
「女は、早く婿をもらって家を守るしかないのだ」
いかにイザークの女が勇敢でも、戦場では性別の違いは関係ない
そこには、ただただ血生臭い戦いしかないのだ、
女は国の繁栄のためにも無駄に命を賭してはいけないのだった。
そのことをアイラは分かっていたが、笑い飛ばしていた。
「婿だって?私は私より弱い男には興味がない!!」
こうして父と兄のため息は深くなっていくのだった。
「ハアッ!!」
ガッッ!!
乾いた摸擬刀の音が城の中庭に響き渡る、
兄妹の朝の日課である。
アイラが強い、といっても兄にはまだまだ到底及ばなかった。
「……クッ…」
アイラはガクッと膝をつく、兄は戦いのときにおける鋭い目を緩やかにし、
声をかける
「ふ……まだまだだな、今日はここまでにしよう」
と兄は妹に手を差し伸べる。すると妹はキッと顔を上げ兄の顔を見つめる。
真剣な瞳であった
「私に…りゅ…流星剣を教えてください!!」
「駄目だ」
「なっ…何故ですか!?わ…私が女だからですか!?」
「言わずともお前は分かっているのだろう」
確かにアイラには分かっていた。流星剣がつかえる、となれば
女といえど話は別、戦場に出向かなければならないのだ。
可愛い娘に、妹にそんなことはさせたくない、
父と兄の愛情を痛いほど…
「ですが…私は父上と兄上のお手伝いがしたいのです。
どうか…どうかお側に居させてください!!」
アイラの真剣な瞳の前にマリクルもついには折れた。
「分かった……但し、見せるだけだぞ…」
そう言うと、マリクルは手近な木に向き直って構えた。
「…………」
マリクルの瞳はアイラの知る以上に鋭くなっていった
その瞳は鬼神の如く、まさに戦場のそれ、であった。
………恐い……………………
アイラは、初めて戦いというものに恐怖を覚えた。
だが、その恐怖を何処かで喜ぶ自分の姿を認めたのもまた事実だった。
「流星剣!!」
「(早いッ……!!)」
その刹那、アイラの目の前を流星が通り過ぎた。
後に残ったのは五回も切り刻まれた木と厳しい兄の顔であった。
「いったい…どうすれば」
「『今』を感じること…それだけしか言うことはない…」
to be continued・・・
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