月と流星の夜に
(2)
「……………」
アイラは夜、月を見上げて物思いにふけっていた。
薄ぼんやりと輝くその月は、満月だった
「(私にあの技が本当にできるのだろうか)」
兄がいなくなったあと、アイラは何度も流星剣を試みた。
しかし、流星の煌きのような剣技は一度としてできなかった。
もしかすると、兄上は自分にはできるはずがない、と思って
流星剣を見せたのだろうか。
「私の剣がまだ未熟だから…か…」
そう一度思うと、アイラは、いてもたっても居られなくなった。
「鍛錬あるのみだな……」
そう言って、アイラは城から抜け出した。
少し城から離れて振り返ると、
自分の生まれ育ったこの地が、いつもとは違う、
だが何処か懐かしい、妖しく愛おしい物に思えてきた。
「月が…綺麗だ…」
いままでこういう風に月を見上げたことはなかった。
「(いままで私は生き急いでいたのかもしれない)」
急ぐあまり月を見る時間もなかったような気がしてきた。
アイラは、ふうっと息を吐き、歩き出した。
イザークの森を歩いていると
人の気配がした、
「(こんな夜更けに…)」
思わず体が緊張する、
どうやら長い間の訓練で、
体が反射的に敵か味方かだけを見きわめるようになってしまっているようだ。
物音を立てずに、すっ、と剣に…護身用の剣ではあったが…手をかけ
気配の方に動く、
「こんな夜更けに一人で出歩くとは感心しないな」
…!!気づかれた。
アイラは覚悟を決め警戒しながら出て行き、
そして相手をキッと見つめた
それは、イザークではほとんどの人間が
黒髪であるにも関わらず金髪の細身の男だった。
その瞳は鋭く、そして顔は狼のように隙がなかった。
「なんだ…坊主か…いっちょまえに剣をやるのか」
金髪の男がこちらをチラッと見て嘲るようにそう言った。
アイラは頭に血が上るのを感じた。
いままでは城の中にいて男に間違えられたことは何度かあった、
だが最近ではアイラは年頃になり、そう間違われることもなくなってきた。
しかし、問題なのはそういうことではない、
見たところ金髪の男はアイラと同じ位の年頃だった。
その男に坊主と罵られ、そして自分の剣を馬鹿にされたような気分になったのだ。
「私は女だッ!!そして、私の剣はお前なんかに負けないッ!!」
アイラは手にかけていた剣をすらりと抜き、金髪の男に飛びかかった。
シャッ!!
だがアイラの剣はむなしく空を切った。
「!!」
すでに男は剣筋から離れていて、冷静な狼のような顔を崩していなかった。
「なかなかやるな…だがそれでは俺には勝てん」
「うるさいッ!!」
立て続けに剣を返すも全て避けられてしまう。
「お前…名前は?」
「貴様なんかに語る名などないッ!!」
「おいおい…やめてくれ、危ないじゃないか、俺の話を聞いてくれ」
「嫌だッ!!」
アイラの剣は、なおも空を切りつづけた。
男は、ふうと溜息をつき、腰にしている剣をすっと、音もなしに抜いた。
「やれやれ…とんだお転婆だな…完全に頭に血が上ってる」
その男はアイラの剣の避けながら精神を統一し始めた。
「(……………!?)」
と一瞬男の周りが青白い光に包まれた…そして…
「月光剣!!」
ガッ!!
一撃
アイラのみぞおちに男の剣が綺麗に入った
「(月……の…光…)」
薄れ行く意識の中、
アイラは男の剣に月の光を見た気がした…
「!!…ここは…」
「おう、気がついたか…ここは俺の山小屋さ」
どうやらアイラはしばらく気を失っていたらしい、
焚き火の火がパチパチと音を立てていた。
傷の手当てもしてあった
「さっきはすまなかった…一撃入れたことも…坊主だといったことも…」
金髪の男は素直に頭を下げた。
その様子にアイラは拍子抜けして言った。
「すまない…私もさっきは頭に血が上りすぎていた…」
すると金髪の男はホッとした様子でこう尋ねた。
「名前は…?」
「さっき言ったはずだ…貴様なんかに語る名はないと」
「そうか…なら、俺もお前が教えてくれるまで教えない」
アイラは可笑しくなって、くすっと吹き出した。
「お前は可笑しな奴だな…」
「そうか?」
だが、それきりアイラは思いつめた顔で何かを考えていた。
「私は…お前に負けたのか…」
しばらくの沈黙のあとやっとアイラが口を開いた。
「悔しいか?」
「……………」
悔しくないはずなかった。
アイラはもはや自分にかなわない者は
兄上ただ一人だと勝手に決め付けていた。
それを、見ず知らずの男にあっさりと負けてしまったのだ。
自分の思い上がりが、恥ずかしくて情けなかった。
「(もっと…もっと強くなりたい…)」
と、突然、男がアイラの心を見透かしたように、こう言った
「俺はいつもここにいる…挑戦したかったらいつでも来い」
to be continued・・・
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