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第530話:ロイヤルストレートフラッシュ(王者の往く道)

作:◆eUaeu3dols

残酷なゲーム。
無惨な殺し合い。
疑心は消える事無く、争いは終わらず、憎悪は広がり続ける。
誰しも闇夜に惑わされる。
絆を隠され、想いを惑わされ、擦れ違い、ぶつかり合って殺し合う。
彼女は殆ど風が流れない曇天を見上げ、続き暗闇に覆われた地上を見下ろした。
どちらにあるのもただ漆黒の闇だけだ。
希望の光は何処にも見えない。
見えないから信じられない。
信じられずに殺し合う。
それが今、このゲームを支配しているルール。
このルールを打ち破らなければ文字通り明日は無い。
……今、この島の何処かで一人の少女が全てを失い、そして奪ってしまったように。
「『ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない』、ね。
 それはつまり、あたくし達を縛るものは思ったほど多くはないのよ」
自嘲するように彼女は呟き、そして宣言する。

「世界には光が必要だわ」

その為に彼女はここに立った。
背後に、協力を頼んだ二人だけが居ることを確認する。
今から行う事はとても危険な綱渡りだから、無駄の無い重要な要素だけを積み重ねた。
頭の中でもう一度だけ手順を再確認して、それから彼女はスイッチを入れた。
時計の針は丁度9時半を指した。
雲は所々に切れ目を作りながらも未だに島の空を覆い隠し、光無き夜が島を包んでいた。
彼女の言葉が島に響いたのは、そんな時だった。
「この愚かしいゲームに連れてこられた者達よ」

朗々とよく澄んだ声が響いた。

「忌まわしき未知の問い掛けに弄ばれる者達よ」

力強い声が響く。

「聞きなさい。あたくしの名はダナティア・アリール・アンクルージュ」

その言葉は絶大なる自信と共に響きわたる。

「今よりあなた達に告げる者の名です」

彼女は自らの存在を宣言した。
――光無き夜に。

     * * *

「あたくしはこのゲームに宣戦を布告します」

世界の中心を自認する佐山御言はそれを聞いていた。
(私と彼女はその点においては同じだ。だから往く道を定めなければならない)
決めるために、考えるために、知るために、彼は言葉の続きに耳を傾けた。

「手伝えとは言いません。逆らうなとは言いません。
 それはあなた達が決める事でしょう」

相良宗介と寄り添って、千鳥かなめは聞いていた。
(それじゃあなたは何をするの。テッサを失い失わせて、それでもあなたは何処に進むの?)
続く言葉がその疑問に応えた。

「あたくしはただ、二つのルールを定めるだけ。一つの事実を告げるだけ」

この時間、とある場所、とある状態で。ウルペンはそれを聞いていた。
「おまえの言葉は確かな物か?」
続く言葉はただ高らかに存在を叫ぶ。

「喪った者として告げましょう。奪うな、喪うな、そして過つなと」

全てを喪って、自分以外全てが正しくあるために自分が過った李淑芳はそれを聞いていた。
(わたしとは正反対の道を往きますのね。それでも、目的は同じですの?)
――――そして。

「奪う事は憎しみを繋ぎ、喪う事は悲しみを繋ぎ、そして過ちは過ちを繋ぎます。
 あたくしはそれを許さない」

そして、シャナはそれを聞いていた。
最初に思ったのは絶望だった。
ああ、私はもう何をやっても赦される事は無いのだと。
だけど。

「過ちを犯した者として告げましょう。悔い改めて進みなさい」

(ダナティアも誰かを……そう、テッサと、それとサラを喪って。
 そして過ちを犯したんだ)
シャナは不思議だった。
ダナティアはどうしてまだ立っていられるのだろう。
赦されない罪を犯して、どうしてまだ前に進めるのだろう。
「喪われた者達の想いから目を逸らしてはいけません。
 彼らはあなたや誰かを赦さないかもしれません。
 最早、何も考え想う事は無いかもしれません。
 それでも尚、道を見失う事は愚かです」

言葉は刃となって突き刺さる。
シャナの喪ったものが、奪ったものが問い掛ける。
坂井悠二が、彼女に問うた。
『シャナはそれで良いのかい?』
(……良くなんか、ないよ)

「そして――」

続けようとして。
――銃声が鳴り響いた。



「ダナティア!!」

少年の焦りを含んだ叫びが響きわたる。
この時に何人が思っただろう。

『――ああ、またか』

期待は裏切られた。
皆がそう思い――

「そして、進む者として告げましょう」

――強い言葉が絶望を裏切る。


「ダナティア、やめろよ! あんたまで殺されちまう!
 ――茉理ちゃんの時みたいに!!」
何処からともなく飛来した銃弾はすぐ近くのフェンスに当たって外れた。
だが第二射もすぐに来る。
終は焦る。どうしてこんな時に皆が居ないのか。
狙撃の時に被害を減らす為なのか? 彼女を犠牲にして!?
「焦らなくてもいいわ、あたくしは大丈夫」
不遜な笑みを崩す事無く、ダナティアは断言する。
同時に彼女の周囲に風が逆巻く。
――第二射は見当違いの場所に逸れた。
「あそこよ、行きなさい」
ダナティアは言葉少なに闇の先を指差した。それは隣のマンションの屋上。
――第三射は風の隙間を貫き彼女の髪を数本散らした。
「〜〜っ。くそ……絶対だからな! もう、あんなに大きな悲鳴なんて聞きたくない!」
終は駆け出した。

幾秒かのやりとりの最中もその後も、間断無く銃声が響きわたる。
その全ては島中に響きわたっていた。
銃声は止まらない。
――第四射が風で逸れるもすぐ近くのフェンスを穿って火花を散らし。
――第五射が言葉が掻き消されないよう最小限に留めた風の壁を貫き掠めても。
それでも、告げる言葉は止まらない。

「あたくしは進撃します」

ダナティアは告げた。
――第六射は目と鼻の先を通り過ぎた。銃弾が風を裂く音が拡声器に乗って響きわたる。

「あたくしは怒りに身を任せない」

それでも怯む事すらなく言葉を紡ぐ。
――第七射は胴体を直撃。防護服で止まるも少しよろめき、僅かな呻き声が響く。

「あたくしは諦めに心を委ねない」

それでも言葉の力は失われない。
――第八射は暴風に平伏して足下を穿った。コンクリートが砕ける音がした。

「あたくしを動かすのは……」

その言葉と同時にダナティアは手を振り上げ。
第九射が放たれようとするその間際。

「……決意だけよ!!」

――号令は為された。

     * * *

それは島の何処からでも見えた。
マンションの屋上から曇天の夜空へと赤い柱がそそり立っていた。
煌々、轟々と迸る閃光は上空の雲を貫いていた。
その下に在る何者かを誇るかのように。
やがて閃光は消え。

「刻みなさい。あたくしの名はダナティア・アリール・アンクルージュ」

再び朗々たる言葉が響き渡る。
赤い閃光が消えた夜空には一筋の光が射し込んでいた。
上空の曇天を貫いた閃光は強い風を生んでいた。

「あなた達に告げた者の名です」

風が雲に生んだ小さな空の切れ目。
そこから差し込む月光の中、一つの人影が空に浮かびあがった。
いまや闇夜に姿を隠す事すらせずに、堂々とその姿をさらけ出す。
銃声は止んでいた。きっと少年が狙撃手を抑えたのだろう。

「あたくしはこのゲームに宣戦を布告しました」

その言葉を合図に、彼女の眼下のマンションの全ての部屋から光が漏れた。
夜闇に煌々とマンションが浮き上がる。
――我、此処に在り。
誰でも撃ちたいならば撃てばいい。私は殺されなどしない。

「手伝えとは言いません。逆らうなとも言いません。
 頭を垂れるなら庇護してあげてもよろしい。
 けれど、それはあなた達が決める事でしょう」

如何なる行為も強制しない。
たとえ他の参加者全てが敵に回っても好きにすればいい。
それでもやる事は同じ事。

「あたくしは12の仲間達と共に生きて進撃しましょう。
 あたくしはあなた達の道を縛りはしません。
 あたくしがあなた達に求めた事はたった一つ」

彼女はただ告げただけだ。

「――あたくしのルールに従いなさい」

奪うな、喪うな、そして過つな。
もしも過ちを犯したならば、たとえ赦されずとも悔い改めて進め。
それが彼女が定めたルール。
たったそれだけのシンプルなルール。
もしそれでも道がぶつかるならば。
――彼女は“進撃”するだろう。
たとえ犠牲を払っても。たとえ誰かを踏み躙ってでも。
そして、放送を聞いた者達は彼女の告げるもう一つの言葉を感じとる。
言葉に出さず、明確な態度で示したもう一つのルール。
“決して絶望してはならない”
それが彼女の要求する第三のルール。
その意志を告げて、参加者による二度目の放送は終わった。
9時半丁度から、たったの三分。
それだけの、しかし限りなく濃密な時間が――――終わった。

     * * *

シャナはそれを聞いた。
想いを感じ取った。
余韻を何度も噛み締めた。
9時34分。
だけど、思ってしまう。
「でも、ダナティア。悠二。アラストール、ベルガー。みんな。
 正しい道は、どっちに行けばいいの……?」
開始直後に出会った女を殺さなかった。
だけどそれでもその女はすぐに死んで、その前に一人の男を道連れにした。
自分があの女を殺していれば、男は少なくともそこで死なずには済んだ。
シャナが悠二に出合う機会は幾つも有ったのに、そのどれもを間違えてしまった。
そして……平和島静雄を殺してしまった。
あの掛け替えの無い人達の一人、セルティの親友を殺してしまった。
彼女が道を過ち、間違えたせいで。
9時34分30秒。
「私にはもう、正しい道なんて判らない!」
痛切な悲鳴を上げる。
シャナの心は痛みに塗り潰されて、誇りは失われ、正しい道までも失われた。
ダナティアの言葉は致命的なまでに遅かった。
シャナの心はあまりにも深く傷付いて、全てを失い、歪められ、壊されてしまっていた。
9時34分50秒。
ダナティアの放送はあまりにも遅すぎた。
シャナの心を救うには。
9時35分。

折原臨也の禁止エリア解除装置により解除されていたC−8の禁止エリアが再起動する。
刻印が発動する。
ヤン・ウェンリーの死体も、御剣涼子の死体も、発動した刻印に砕かれる。
既に失われた命が、肉体が冒涜され、魂さえも失われる。
そして――

――シャナの刻印は、発動しなかった。

シャナはC−7エリアに立っていた。
ダナティアの放送を聞いて、それをよく見るため、よく聞くために近づいた。
たったそれだけの数十メートル。
それを果たしたのは一つの約束だ。
かつてアラストールはダナティアに問い、そして彼女は答えた。
「…………皇女はかつて、あの子を生かすと言った。だが、まだあの子を……」
「当然よ、アラストール。少なくとも命と魂は救うわ。例えそれが残酷な事でも」
その約束が果たされたのは偶然だ。
だがその約束と偶然は、決定的な距離となってシャナの命と魂を救っていた。

     * * *

彼女のところにはシャナとアラストールを除いても尚10名もが集っていた。
ダナティア・アリール・アンクルージュは演説する。女王のように。
竜堂終は鳥羽茉理の様な悲劇を防ごうと必死になる。騎士のように。
リナ・インバースはその最大の魔術、竜破斬を放つ。魔王の力が天を裂く。
「それがこの演説の為に用意されたカードってわけだ。最後の一枚はなんだと思う?」
ダウゲ・ベルガーの問いに竜堂終は困惑する。
「オレ、トランプは詳しくないぜ」
「……ポーカーくらい知っておくと、役に立つ」
ダウゲ・ベルガーは降参とばかりに“銃を持った両手を上げて”、笑みを浮かべた。
「格好付けるネタにはなるからな」

10のカード。ジャック、クイーン、キングの絵札。
そしてエース。
この5枚のカードを一つのスート(柄)に揃えた手札はポーカーで最強の役とされる。

その役の名は――ロイヤル・ストレート・フラッシュ。

【C-7/平地/1日目・21:35】
【シャナ】
[状態]:吸血鬼(身体能力向上)/ダメージ軽微/依然精神的にボロボロ
[装備]:贄殿遮那 /神鉄如意
[道具]:支給品一式(パン6食分・水2000ml)
    /悠二の血に濡れたメロンパン4個&保存食2食分/濡れていない保存食2食分/眠気覚ましガム
    /悠二のレポートその2(大雑把な日記形式)/タリスマン
[思考]:もう誰も殺さないよう一人でいる/覚悟が出来たら、セルティに謝りたい
[備考]:体内に散弾片が残っている。
    手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
    ただし吸血鬼の再生能力と相まって高速で再生する。
     18時に放送された禁止エリアを覚えていない。
     C-8は、禁止エリアではないと思っている。


【C-6/マンション/1日目・21:35】
【大集団】
【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:コキュートス/UCAT戦闘服(胸元破損、メフィストの針金で修復)
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン4食分・水1000ml)/半ペットボトルのシャベル/メガホン
[思考]:救いが必要な者達を救う/集団を維持する/ゲーム破壊

【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:健康
[装備]:強臓式武剣”運命”、精燃槽一式、鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
    PSG−1/弾薬(メフィストから委譲)
    悠二のレポートその1(異界化について)
    悠二のレポートその3(黒幕関連の情報(未読))
[思考]:シャナを助けたいが……
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。

【竜堂終】
[状態]:健康
[装備]:コンバットナイフ
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒し祐巳を助ける

【リナ・インバース】
[状態]:精神的に動揺/疲労困憊。しばらく魔法はほぼ使えない。
[装備]:騎士剣“紅蓮”
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存/管理者を殺害する/刻印解読作業
[備考]:美姫に苦手意識(姉の面影を重ねています)

【各地/1日目・21:35】
【佐山御言】
【千鳥かなめ】
【ウルペン】
【李淑芳】
[状態]:状況、状態、装備など一切不明。

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