作:◆E1UswHhuQc
人間は休息なしに生きていくことはできない。
疲労は染み入るように身体を蝕む。体力と置き換わる疲労は筋肉に、骨格に、血管に、神経に回り、体中を支配する。
痛みに耐えるのと同じように、疲れにも耐えることは出来る。
が――人間は無尽蔵の忍耐力など持ち合わせていない。持っているとしたらそれは人間ではない。人間ではないとすれば、それは精霊だ。
「俺はまだ人間か――」
うめいて、ウルペンは地に身体を預けた。
霧の中を進んだせいで、身体は湿っていた。水気を含んだ黒衣が煩わしい。
失った――いや、奪われた左腕に右手を当てる。火球で焼き千切られたそこからは血は流れていない。
疲労が身体に渦巻いていた。身体が重い。自力で立っていることすら億劫なほどに。
(怨念かもしれんな)
ここに来て殺した者の数を考える――三人。
一人目は、左腕を奪っていった少女の姉妹。妙な術を使う、金髪の少女。
リリア。彼女の首を折ったのは右腕だったろうか、左腕だったろうか。多分左腕だろうとウルペンは見当づけた。
(だから奪われたのだろうな)
皮肉げに笑い、二人目の顔を思い出す。
凡庸な少年だった。近くにいるとなぜか心が苛立つような、妙な感じを受けた。
戯言遣い。本名ではないだろうが、その呼び名が一番ふさわしいだろう。彼は確かなものなどないと言った。
(賢明だったな。本当に……賢明だった)
三人目。おそらくあの精霊の新しい契約者であろう男――ハーベイ、といったか?――の、知り合いか何か。
キーリ。彼女は自分の意思だけは確かなもので、信じられるのだと言った。
(俺はそれを奪った――奪っただけだ。俺にはもはや自分の意思すら信じられない)
ここに来てから、三人。
来る前の人数は覚えていない。
怨念などというものに質量があれば、確かに立ってはいられないだろう。
とはいえ――いつまでも座っているわけにはいかない。やることがある。
チサトを殺す。
あの男が信じられる確かなものを、奪う。
チサトだけではない。この島にいる全員の確かなもの――それを奪う。
自分以外のあらゆるすべてに、教えてやりたかった。何かを信じられる者達に。
信じられるものなど、信じるに値するものなど何も無いのだと、それを教えてやりたい。
(それが絶望だ――アマワ。俺は貴様にも絶望を教えてやる)
顔を撫でる。眼帯を失って露出している、義妹に奪われた左眼。
同じく義妹に奪われて正常な数ではない右の手指で、撫でる。
そこには小さな火傷がある。獣精霊の炎が最後に遺した傷が。
「……アマワめ!」
小さく叫び、眼を閉じた。疲労が眠気を誘っている。
どれだけ意思で身体を動かそうとも、それには限界がある。次の放送までここで休もうと、彼は決めた。
(眠るか)
幸いにも霧で視界は閉ざされ、日も沈みかけている。黒衣は闇に紛れ込む。見つかることはそうそうないだろう。
沈んでいく意識の中で、忘れずにあの男の信じる者の名を刻み込む。チサト。姓があったような気がするが、なんだったか。
(ササミ……アザミ……いや、ガザミ、か……?)
ガザミ、というのが一番強そうだったので、彼はその名を心に刻んで意識を沈めた。
【E-5/北端の森/1日目・16:00】
【ウルペン】
[状態]:疲労
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:参加者全員に絶望を。アマワにも絶望を。
[備考]:第二回の放送を冒頭しか聞いていません。
黒幕=アマワを知覚しています。風見の名をガザミ・チサトだと思ってます。
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