作:◆fg7nWwVgUc
「これからいくつか質問をする。貴様らはただそれに答えればいい。
まずは――」
そう言って彼、ウルペンは無事な右手を漠然と四人の方に指し示す。
「ひとつ。お前達の中にチサトはいるか」
淡々とした口調に、宮野が答えた。
「知り合い…というわけでもなさそうだな。いきなり攻撃をしてきたところを見ると決して好意的でもない。
ならたとえ知っていたとしてもお前などに教える――」
「やめとけ」
語る宮野を遮ったのはオーフェンだ。見やると少々息を荒くしながらも既に立ちあがっていた。
「やめとけ、無駄だ。こいつは…」
「ほう。俺を知っていると?」
あくまでも冷静、いや、それを通り越して無気味でさえある口調でウルペンが呟く。と、同時に思念の糸が宮野に絡んだ。今度は誰もがその様をはっきりと認識した。
ドサッと音をたてて先ほどのオーフェンをまねるかのように倒れる。
「班長ッ!!?」
立ち竦むしずくをおいて駆け寄りながら茉衣子は叫んでいた。
「下がりたまえ… 茉衣子くん」
ためらう茉衣子にオーフェンが声をかける。
「いや、彼を連れて遠くに逃げてくれ。こいつの相手は俺がする」
「でも…!」
とっさに反駁する茉衣子に、
「目的があるんだろ! もとより別れるはずだったんだから、いけよ!」
目の前の男を見据えて、オーフェンが吠える。
「そうさせてもらおうか、茉衣子くん、しずくくん」
そんなオーフェンを見つめて、宮野が他の二人に促した。
「そんな…」と、女性二人が唱和する。
「なにやら彼には思うところがありそうだ。ここは彼にまかそうじゃないか」
「ああ…そうしてくれ。俺の事なら心配ない」
安心させるように手をひらひらと振ってみせる。そしてそのまま、
「我は紡ぐ光輪の鎧!」
網状の障壁がウルペンとオーフェン、そして宮野、茉衣子、しずくの間を隔てた。
「いこう」走り出す宮野と茉衣子。
しずくもしばらく躊躇して
「あの…気をつけて下さいね!どうかご無事で」
と言い残して二人を追って走り出した。
(さて、どうしたもんかな…)
消えゆく障壁と人影を見送って、オーフェンは独りごちた。
体調は決して万全ではない。酷く、喉が渇いていた。体がふらつく。
左手を後ろに回しているためにバランスがとりにくい。
だが同時に、相手の状態を見るに自分の方がまだ軽傷である事も確かである。
(絶望的てわけじゃあ、ないな)
負傷からして接近戦は挑んでこないはずだ。遠距離から魔術で片を付ける、それが最良だ。自分とて動けないのは大差がない。
相手の能力は先ほどの糸――念糸?が主だろう。人体に作用する技のようだが、こちらの攻撃を向こうにするような作用を持ってないとはいいきれない。
ならば…防御を無効にする技を放つまでだ。このコンディションで意味消滅を制御する自身はないが。
そういえば先ほど小うるさいのがなにかを言ってはいなかったか?
問いただしてみようか、いや…
「ところで思案中悪いのだが、決闘か?黒ずくめ対黒ずくめ。
生き別れの兄弟なら親の形見について争わなきゃならん。
それにしても余り似ていないようだが。
いや、余所の家庭事情に口出しすべきじゃないってのは分かっている」
「問答の続きだ。…質問をかえよう。俺の事を知っているのか?その精霊にでも聞いたか」
応じたのはオーフェンではない。佇んでいたウルペンが口を開く。
「精霊ってこれか?こいつが何を言ったところで分かるもんかよ」
先ほどの逡巡の理由を説明する心地で応じる。
「ただな、俺はあんたみてえな奴を知ってるんでな。
ほっとけねーつうかなんつうか…。
そうだな、要はあれだ。むかつくんだよ、お前」
だってまるで今にも絶望を語りそうな顔してるじゃないか。そうは声に出さなかったが。
誓った、など大仰なものではないが、自分はすでに決意したのだ。絶望などしないと。たとえ神がいなくとも、滅びに瀕していようとも。
そして金髪の少女。彼女が今この場にいたなら、きっとこう言った事だろう。
(分かったような顔して絶望してる人ほどきっと何にも分かってないのよ。
前を見ないと、見えるものも見えないじゃない)
誰のものでもない、彼女自身の意志の言葉。彼女はきっと目前の男の絶望に応えるのだろう。
(クリーオウのせいってわけじゃない。それでも…俺はこいつの相手をしないとな)
男の纏う気配は、彼の出会い別れた様々な人を思い出させた。多くの顔が浮かんでは消えていく。その、誰か一人がかけても今の自分はいなかった…
ざっ――
音をたてて、ウルペンが一歩近寄った。それでもまだ遠い。中距離戦闘の効果内である。
「精霊を――理解する事は難しい。彼らは常に隔たれた場所に存在している。
俺にはそれがそこにいるのかさえ定かではないな」
オーフェンの言葉の前半にのみ応える形でウルペン。
「うむ、俺様ミステリアス。ところでいつも思う事だがそれ扱いについて抗議してもいいか?」
「フリウ・ハリスコー。彼女の居場所を知らないか?」
意に介さず続けるウルペンだが、その言葉は人精霊に向けられたようでもある。
「さっきはチサトを探してるとか言ってなかったか?随分と気が多いな」
「小娘の居場所なんかいちいち気にしてたら日が暮れちまう。いや、一応気にしてはいるんだぞ?そんな薄情者を見る顔をしないでくれ。
頭の片隅で。なんていうか7%くらい」
どちらの答えもウルペンにとっては要領を得ないものだったが、気にせず次の質問に移る。
「アマワ…アマワは知っているか」
この男なら、という一縷の思惑がそこにはあった。何故か、この男の空気にはひっかかるところがある。
「それも女か?」
「なぜだろうな、聞いた事がある気がする。8%くらい。いや、小娘より多いと言う突っ込みはいらないぞ、ありがとう」
何一つ、この問いかけで得られた事はないように思える。ならば――
「なら用はない。死ね」
同時に念糸が黒衣から剥離する。が、それを視認するよりも早く、オーフェンも唱えていた。
「我は踊る天の楼閣!」
左手を突き出して叫ぶ。疑似転移の魔術。魔法とは違い、飽くまで疑似的な転移。実際には空間を高速で移動しているに過ぎず、障害物があれば即死は避けられない。
が、今転移するのは自分ではない。
手の中にあった、獅子のマント留め。
こぼれた荷物から立ち上がる時に拾い上げていたのだ。
豪奢な金属の重みが手のひらから消える。しかし、
(くっ…構成が…)
制限のためか、脱水症状のためか、狙いがわずかに逸れているのを自覚する。
銀の糸はすでに目前に迫り、今にも自分に絡み付きそうだ。
もたらされる症状を予期して歯を食いしばる。一撃を食らったなら、反撃を試みるより逃げなくてはならない。
が、渇きに襲われる前に閃光が目を焼いた。ついで大音響、地面が揺れる。
遠く――ダメージを受けるほどではないが。念糸も消滅した。
爆発は彼のものではないのか。見やると、ウルペンも訝しげに後方を振り返っている。オーフェンとウルペンを結ぶ線分の延長線上、板金のレリーフが転移した先。
続けざまに今度は紅蓮の炎が出現した。火柱は一瞬にしてその形状を変え、獅子の姿が浮かび上がり…そして消えた。
(なんだ、今のは…?あのマント留めが?)
「獣…精霊!」ウルペンの声。彼の瞳にはなにか焦がれるような色が浮かんでいた。彼の妻、そして彼女そっくりの義妹。その獣は彼女らと共にあり、共に戦い、守ってきた。二人とも、既にこの世にない。獣精霊だけが彼の愛したものの形見であり、象徴である。
失われていた感情をかき立てられ、身を翻すと獣の消えた方に駆け出した。
「なんか知らないが… よかった、のか?」
一人取り残されたオーフェンのつぶやきだけが風に乗り、人精霊以外聞くものもなかった。
疲弊し、負傷した体が森の中を疾駆する。
彼、ウルペンを突き動かすのはある種の慕情――ひょっとするなら愛とも呼べる類いの――であった。
彼の目前で多くのものが消えていった。
確かだと思うものすら、消えていったのだ。
自分の命すら失い、気付けばこの狂気の島。
もう、何も信じられない。確かなものなど、何もない。
そう感じたからこそ、彼自身もここで命を奪い、奪おうとしている、いや、していた。
だが、先ほどの確かな炎はどうだ!
あの、鮮明で、鮮烈な力の輝きを!!
常に絶対的な力とともにあった獣精霊、ギーアと再びまみえたあの瞬間、彼の中で確かに何かが変わった。
あの精霊ならば、絶対ではないのか?
確かな存在として彼とともにある事ができるのではないか?
しかし…またこうも考える。
自分の思いなど、文字どおり精霊は歯牙にもかけないかもしれない。
深紅の炎を纏ったかぎ爪が己の胴を両断する様を思い描く。
(それもまたいい)
悔いはない。美しい力の前にひれ伏すのなら、それは喜ばしい事ではないか。
実際、彼はミズーに倒された事に関して今も不思議と、憎しみを感じてはいない。
華々しくもなく、互いに疲弊しあった人間同士――そう、彼女は獣ではなかった――の戦い。
それでも彼女の力は美しかった。その時は何故だかわからなかったが。
今ならそれが分かる。
意志の力。
意識を無意識に喰わせた獣の瞬間ではなく、自分で決意し、戦い、選びとって進んでいこうとする力。
(俺にも――あの力が手に入るのだろうか)
姉妹を愛した精霊に、姉妹が愛した精霊に、触れる事ができたなら。
妻を失い、帝都も失った世界を再び愛する事ができるだろうか?
「それ」は動揺していた。「それ」に感情などはないと、「それ」自身も知っていたがそれでも。
「それ」の望みを根本から無為にしかねないイレギュラーが発生したのだ。
イレギュラー、それは排除しなくてはならない。
「それ」は静かに動き出す…
はた、と意識が現実に戻り、足を止める。
何故か、ここが目的地であると感じたのだ。
彼は知る由もなかったが、禁止区域との境目のほど近く。
視線が自然と境界上の大木の手前、そこの虚空に定まる。
そこにひとひらの炎が見えた。
と、思った瞬間それは一気に増大し、紅蓮の炎を纏った獅子の姿を形成した。
まだ距離は遠いが炎熱が皮膚を焦す錯覚に襲われる。
「獣精霊!」
叫び、彼は一息に駆け寄った。
足を踏み出す毎に気温が上がるのが分かる。
あと数歩。数歩で致命的な熱波の圏内に入る。
その数歩のうちに自分は死ぬだろう。精霊に触れる事もなく。
いや、炎そのものが精霊であるとするなら自分はあの獅子に抱かれて死ぬのかもしれない。
一歩。また一歩。
ふと彼は違和感を覚えた。
あれほどまで激しかった熱気が…消えている?
足を止めて見上げると、獣の深紅の瞳がそこにあった。
そっと右腕をのばす。その時
『若き獅子、そしてあらたな獅子の子よ、お前を認めよう』
脳裏に低く振動するような声。
直感的に、それが目前の精霊のものであると知る。
若き獅子。彼もまた、ある意味あの姉妹を守ってきた。
敵としてなんどとまみえたミズーにたいしてさえ、彼は常にある種の愛情を感じてきたのだ。
獅子の子。今、彼は決意という力を手にしようとしている。
『獅子の子らを守る、それが獅子の務め』
それだけ残して、精霊は鬣を振り上げ、きびすを返した。
のばした右腕には触れさせない。それを許すのは優しさではなく甘さだから。
それを知ってか知らずか、彼は腕をおろした。
精霊が、どこに、何をしにいくのか彼には分かっていた。
獅子の子らを守る。
この狂気を…終わらせる気なのだ。
ゴォオオッ!
と音をたてて精霊の前方の雨に湿った生木が一瞬にして燃え上がる。
まるで戦の前の篝火のようでもある。
訓練された精霊は、戦闘に余計な時間はかけない。
が、それでもこれは精霊の、いや、獅子の意志の現れであった。
力強い後ろ足が大地を蹴る。その一瞬だけで平穏を保っていた地面が赤熱する。
空気が膨張したのか、鐘の音にも似た低音が響き渡る。
それでも炎は彼を焼かない。
その炎はといえば視界の全てを埋め尽くすかのように広がり…
そして消えた。
「…っ!?」
胸の奥が締め付けられるような感情。真実への予感。
光に焼かれた隻眼の視力が回復した時、彼は確かに見た。
儚く舞い散る火の粉の中で、揺れ動く、人を醜悪に模したような奇妙な影。
「アマワァァッァァァアアアアア!」
いったんおろしていた腕を再度振り上げる。
失う事には慣れていた。
しかし、やっと掴んだ、確実なもの、それすら失い感情が崩れ落ちる。
再び甦る想い。
結局は信じるに足るものなど何もなかった!!
影は消える。
火の粉も消える。
だが、一片の火の粉が傷付いた眼の上――妻を見つめ、義妹に奪われた眼――
に小さな火傷を遺した。
まるで、消滅した精霊の形見のように。
【E-7/西端の森/1日目・15:00】
【ウルペン】
[状態]:一度立ち直りかけるが再度暴走。精神的疲労濃し。
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:アマワを倒す。参加者に絶望を
[備考]:第二回の放送を冒頭しか聞いていません。黒幕=アマワを知覚しました。
【E-7/絶壁/1日目・14:50】
【オーフェン】
[状態]:脱水症状。
[装備]:牙の塔の紋章×2
[道具]:給品一式(ペットボトル残り1本、パンが更に減っている)、スィリー
[思考]:宮野達と別れた。クリーオウの捜索。ゲームからの脱出。
【E-8/絶壁/1日目・14:50】
『ザ・孤島を出ようの美姫試験』
【しずく】
[状態]:右腕半壊中。激しい動きをしなければ数時間で自動修復。
アクティブ・パッシブセンサーの機能低下。 メインフレームに異常は無し。 服が湿ってる。
オーフェンを心配。
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:デイパック一式。
[思考]:火乃香・BBの詮索。かなめを救える人を探す。
【宮野秀策】
[状態]:好調。 オーフェンを心配。
[装備]:エンブリオ
[道具]:デイパック一式。
[思考]:刻印を破る能力者、あるいは素質を持つ者を探し、エンブリオを使用させる。
美姫に会い、エンブリオを使うに相応しいか見定める。この空間からの脱出。
【光明寺茉衣子】
[状態]:好調。 オーフェンを心配。
[装備]:ラジオの兵長。
[道具]:デイパック一式。
[思考]:刻印を破る能力者、あるいは素質を持つ者を探し、エンブリオを使用させる。
美姫に会い、エンブリオを使うに相応しいか見定める。この空間からの脱出。
(雨が降っています)
(E-7の森の木がなぎ倒されています。 閃光と大きな音がしました)
(雨の中E-7の木が燃えていました。数十秒ですが誰かが見た可能性あり)
2005/11/30 修正スレ184
2005/11/30 修正スレ190
2006/02/24 本スレ6の追加部分を反映(上記修正スレを再確認)
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