作:◆5KqBC89beU
九連内朱巳は思考する。
今ここで裏切りたくなるような利点が相手にないということ、それを彼女は信じる。
ついさっき会ったばかりの相手の、あるかどうか判らない良心を信じるつもりなど、
彼女にはない。
朱巳は視線を巡らせる。
神社で休憩していた三人には、なんとなく悪人ではないような印象があった。
善人を演じているのかもしれない。本物の善人なのかもしれない。善人を演じている
なら、故意にそうしているのかもしれないし、無自覚にそうしているのかもしれない。
三人の間には信頼関係があるように見える。お互いの裏切りを少しも疑っていない
ような雰囲気がある。もしも演じているのだとすれば、かなりの演技力だ。
短時間での見極めは不可能だと結論し、朱巳は判断を保留した。
とりあえず、今はまだ三人とも危険そうには見えない。それだけ判れば充分だった。
朱巳に利用価値がある限り、この三人は朱巳の敵にはならない。
無論、利害が一致しなくなれば、すぐに敵同士へと逆戻りだが。
朱巳は視線を連れに向ける。
ヒースロゥ・クリストフは“罪なき者”を守らずにはいられない。演じているのでは
なく彼は本当にそういう性分をしている、と朱巳は推測する。
朱巳が“罪なき者”であり続ける限り、ヒースロゥは朱巳を守ろうとするだろう。
ひょっとすると朱巳が足手まといになってヒースロゥは死ぬかもしれないわけだが、
朱巳の助言がなければ彼は休憩しないで他の参加者を探し回っていたかもしれないし、
その結果、万全とは言い難い状態で誰かと戦って殺されていたかもしれない。
対等かどうかはともかく、持ちつ持たれつの関係ではある。
ヒースロゥの言動からは、義理堅い性格が垣間見えていた。
恩を売っておけば、きっと彼は恩返しをしてくれるだろう。
ヒースロゥに「ここは任せて」と言い、朱巳は三人に向かって話す。
「こっちがそっちに投降したわけだから、まずはこっちの情報から教える。あたしの
名前は、九連内朱巳。こいつがヒースロゥ・クリストフだってのは、さっき本人が
言ってた通り」
既に主導権を握られているのだから、まずは従順な態度を見せて油断させておこう、
という作戦だった。
三人も、それぞれ自分の名前を告げた。それを記憶し、朱巳は語り始める。
「あたしが送られた場所は海岸沿いの崖だった。座標で言うなら――」
嘘は必要なときに必要なだけつくべきだ。故に、朱巳は必要以上の嘘をつかない。
話し始めてすぐに、ヘイズが何かをメモに書いて朱巳に渡した。
『そのまま続けてくれ。だが、話の内容には気をつけろ。呪いの刻印には盗聴機能が
ある。反応はするな。筆談してるとバレちまう。「奴らに聞かれると困ること」が
書いてあるメモを渡すから、読んでみてくれ』
平然と話しながら朱巳は頷き、そのメモをヒースロゥに渡す。彼は目を見開いたが、
すぐに落ち着いた様子で首肯してみせた。
屍刑四郎に同行してヒースロゥと会ったところまで朱巳は語り、ヒースロゥに視線で
合図する。今度は彼が、朱巳や屍と遭遇する以前の出来事を語り始めた。
その間に朱巳は渡されていたメモを熟読し、返事を書く。
『刻印に盗聴機能があっても、それ以外に監視手段がないという証拠にはならない。
すごい技術で作られた豆粒くらいの監視装置があちこちに仕掛けられてたりするかも
しれないし、すごい魔法か何かで常に見張られているのかもしれない。考えすぎかも
しれないから筆談は続けるけど、「筆談すれば大丈夫だ」なんて思わない方がいい』
朱巳からメモを受け取った三人は、それぞれ苦い顔をした。
参加者たちは全員、無理矢理『ゲーム』に参加させられて、“主催者の気が変われば
今すぐ即死させられても不思議ではない”という状態にまで追い詰められている。
この島に連れてこられている時点で、既に一度、主催者側に完敗したも同然だ。
ちょっとやそっとで主催者側を出し抜けるはずがないし、そう簡単に『ゲーム』から
脱出できるはずもない。
さらに朱巳はメモを渡す。
『奴らは「プレイヤー間でのやりとりに反則はない」なんて言うような連中だから、
この筆談がバレても今すぐどうにかされる危険性は低いはず。本当に危なくなるのは
あんたたちが刻印を解除できるようになってからでしょうね。残念ながら、あたしも
ヒースロゥも刻印解除の手掛かりになるような情報は知らないから、まだ先の話よ』
手掛かりを知らない程度のことで朱巳たちを見限れるほどの余裕など、今の三人には
ない。ここは正直に手札を晒すべきところだ、と朱巳は状況を分析する。
「ずいぶん冷静なんだね」
「慌てるだけで事態が好転するなら、いくらでも慌ててみせるよ」
火乃香が言い、朱巳が応じる。
『誰がどんな切り札を隠していたとしても、今さら驚いたりしない』
言い添えるように差し出されたメモを読み、火乃香は興味深げに朱巳を観察した。
「A-3で、紫色の服を着た男に戦いを挑まれた。そいつはフォルテッシモと――」
「あいつに会ったのか?」
ヒースロゥの説明をヘイズが遮った。五者五様に皆が驚く。
「空間を裂いて攻撃してくる野郎だろ? だったら間違いない」
「知っているのか!?」
反射的に尋ねたヒースロゥに、感情を抑えた声音でヘイズは語る。
「海洋遊園地で戦った。あいつに仲間が一人殺されたよ。必死で両足に傷を負わせて、
さっさと退散しようとしたら、あいつを残してきた方から別の襲撃者が現れた」
「な……では、フォルテッシモは――」
「さぁな。生きてるのか死んでるのかオレは知らねぇが、どうせもうすぐ放送で判る」
一瞬、皆が口を閉ざす。ただし、それぞれ沈黙の意味は違う。
「本当なの?」
「ああ、歯車様に誓って嘘じゃない」
「もしも嘘だったとしたら、嘘でした、なんて正直に答えるはずねぇだろうけどな」
「本当だよ」
朱巳の問いにコミクロンが答え、ヘイズと火乃香が続く。
ヒースロゥと朱巳は「……歯車様?」と異口同音につぶやきつつ、困惑している。
「ま、それはさておき、続きを話してくれるか」
ヘイズの言葉に、呆然とした表情でヒースロゥは頷いた。
朱巳や屍と会ったところまでヒースロゥが語り終え、再び朱巳が語り手になる。
「ヒースロゥの探してる十字架っていうのは――」
朱巳は要点だけを手短にまとめて話していく。
「で、あたしたちが休憩してたら、そこへ無駄に整った顔立ちの剣士が現れたわけよ。
屍の支給品だった椅子がその剣士の宝物だったらしくて、なんか勝手に誤解した末に
問答無用で襲いかかってきたんだけど、あたしが説得してどうにか丸くおさめた。
最終的には椅子を持って嬉しそうに去っていったわ、その剣士。名前は、ええと……
ギギナ・ジャーなんとかっていう感じで、とにかくやたらと長かったのは憶えてる。
……作り話に聞こえるでしょうけど、本当だからね」
しゃべりながら朱巳は肩をすくめてみせる。ヒースロゥも「本当だ」と主張する。
あからさまに嘘くさい嘘を今つきたくなるような理由など、朱巳たちにはない。
この三人は疑いながらも一応信じるだろう、と朱巳は予想していた。
「……ギギナにまで会ってたのか」
「……まさか、あんたたちも?」
こんな展開は、さすがの朱巳でも予想外だったが。
「俺の右腕が動かないのは、あの野蛮人に斬られたからだ。正直、死ぬかと思ったぞ。
しかし、あんなの説得できるのか? それに、椅子があいつの宝物だと?」
首をかしげるコミクロンを、ヘイズと火乃香が同時に見た。
「そういう嗜好をした奴がいても、別におかしくはねぇな」
「世の中には、いろんな人がいるよね」
「ちょっと待て、お前ら、どうして俺を見て納得する!? この大天才を、椅子好きの
人斬りなんて奇々怪々なシロモノと同列に扱うとは何事だ!」
騒々しく叫ぶ自称大天才を無視して、ヘイズと火乃香は朱巳に問う。
「で、どうやって言いくるめたんだ?」
「降伏して戦う気をなくさせた、とか?」
唇の前に人差し指を立て、朱巳は言った。
「内緒」
「……そーか」
「……ま、いいけど」
ヘイズも火乃香も、結局それ以上は問い詰めなかった。
朱巳とヒースロゥがほとんどの情報を話し終えた頃、三人が朱巳に言った。
「ところで、あんたの支給品は何だったの?」
「そーだな、それに関しては何も聞かせてもらってねぇな」
「まだ確認してないとか言ったら、指さして笑うぞ」
ヒースロゥは無言で様子を窺っている。
12時間に36名も死んでいる現状では、初対面の相手を警戒したくなって当然だ。
この状況下で嘘をつくなと怒るほどヒースロゥは狭量ではない、と朱巳は判断する。
四人の視線が向く先で、朱巳は笑って嘘をつく。
「これが、あたしの支給品」
朱巳がデイパックから取り出して床に置いたのは――霧間凪の遺品である鋏だった。
「馬鹿と鋏は使いようって言うけれど、役に立つと思う?」
さっき朱巳が「森で回収できた道具は鉄パイプだけだった」と言ったときと同じく、
ヒースロゥは朱巳の嘘を否定しなかった。
「その鋏に説明書は付いてなかった?」
「説明書? へぇ、そんなものが付いてる支給品もあるんだ? それは知らなかった。
あたしの鋏にもヒースロゥの木刀にも屍の椅子にも、説明書は付いてなかったよ。
誰が見ても一目瞭然だから、付いてなかったのかもね」
火乃香が尋ね、朱巳が答えた。今度は朱巳が三人に訊く。
「この鋏があたしの支給品だってこと、信じてくれた?」
「ああ。オレが引き当てたトイレの消臭剤に比べれば、まともな支給品だしな」
ヘイズが言い、火乃香やコミクロンも朱巳に頷いてみせる。
三人の反応を朱巳は盲信しない。三人が朱巳の話を信じたということだけではなく、
ヘイズの支給品がトイレの消臭剤であるということに関しても、彼女は半信半疑だ。
味方を巻き込みかねないとか、たった一度だけしか使えないとか、そういう武器を
ヘイズが隠し持っている可能性もある、と朱巳は思う。そして、三人は朱巳に対して
同じような印象を持っただろう、と計算する。お互いが手札を伏せている限り、手札の
優劣はお互いに判らない。伏せられた手札は、互角の影響力を双方に与える。
手札が本当はどんなにつまらないものであっても、伏せていれば相手には判らない。
「だったら……お互いにデイパックの中身を全部出してみせたりする必要はないね。
なんか“そうでもしないと信じられない”って感じがして嫌でしょう?」
朱巳の提案に、三人は顔を見合わせ、やがて代表するように火乃香が言う。
「そうだね。お互いに自己申告だけで充分」
下手に雰囲気を悪くするよりは現状を維持した方がいい、と判断した結果だろう。
妥当な答えだ、と朱巳は胸中で評する。
刻印解除の可能性がある限り、朱巳たちが三人を裏切る利点はないに等しい。
裏切られる危険が少ない以上、三人としては共闘を選ぶべきだ。隠し事をしている
程度のことで朱巳たちを見限れるほどの余裕など、今の三人にはない。
あたしは三人に疑われている、と朱巳は思う。
だからこそ、上手くいった、と朱巳は感じる。
疑心暗鬼で曇った目には、朱巳の隠しているものがさぞかし恐ろしげに映るだろう。
隠しているパーティーゲーム一式を見せたとき、それが単なる玩具だと見破られても、
「はったりを見破られたような演技をしてみせているだけで、こいつはまだ何か隠して
いるんじゃないのか?」という疑念は消えまい。そこに朱巳のつけいる隙がある。
三人に「こいつらを裏切ったら何をされるか判らない」という印象を与えられれば、
いざというとき、捨て駒にされる心配をあまりせずに朱巳は行動できる。
朱巳はサバイバルナイフも隠し持っているが、それも嘘をつくための布石だった。
例えば、隠していたサバイバルナイフで攻撃すると見せかけて『鍵をかけて』やれば
詐術の説得力が補強される。隠してあった刃物は切り札に見え、それを囮にした『鍵を
かける能力』は真の切り札に見えるだろう。ただ『鍵をかけて』みせるよりも確実に、
相手は朱巳に騙される。念入りに隠せば隠すほど、すごいものが隠されているように
錯覚させやすくなる。その分だけ、詐術こそが真の切り札だとバレにくくなるはずだ。
「さて、放送が終わったら、今度はそっちの情報を教えてもらいましょうか」
朱巳は不敵に笑って言う。欺くために、朱巳は笑う。
【H-1/神社・社務所の応接室前/1日目・18:00】
『嘘つき姫とその護衛』
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1300ml)、パーティーゲーム一式、缶詰3つ、針、糸
[思考]:パーティーゲームのはったりネタを考える。いざという時のためにナイフを隠す。
エンブリオ、EDの捜索。ゲームからの脱出。戦慄舞闘団との交渉。
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ、10面ダイス×2、20面ダイス×2、ドンジャラ他
【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳について行く。相手を警戒しながら戦慄舞闘団との交渉。
エンブリオ、EDの捜索。朱巳を守る。マーダーを討つ。
[備考]:朱巳の支給品が何なのか知りません。
[チーム備考]:鋏が朱巳の足元に、鉄パイプがヒースロゥの近くに転がっています。
『戦慄舞闘団』
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:やや貧血。
[装備]:
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:刻印の性能に気付いています。
【火乃香】
[状態]:やや貧血。
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。能力制限の事でへこみ気味。
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)、刻印解除構成式のメモ数枚
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。へこんでいるが表に出さない。
[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
行動予定:嘘つき姫とその護衛との交渉。
騎士剣・陰とエドゲイン君が足元に転がっています。
朱巳の支給品は鋏だと聞かされています。
朱巳たちが森で回収できた道具は鉄パイプだけだと聞かされています。
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