remove
powerd by nog twitter

第470話:新たなる魔女の襲来

作:◆Sf10UnKI5A

 場所は、学校の保健室。
「――あっ、サラ起きたの? もうしばらく寝てても良いのに」
 夢幻の如き異界から強制的に返されたサラは、まず始めにクリーオウの声を聞いた。
「……クリーオウ、紙とペンを取ってくれ。ちょっと予想外の事件が起きた」
「予想外の事件?」
 クリーオウは声と表情で、空目は無言の眼差しでサラに疑問符を投げかけるが、
それを一旦無視してサラはあの異界――“無名の庵”での出来事を記し始めた。
 真剣な表情で筆記すること五分強。わずかな時間で要点を整理し書き記したサラは、それを空目に渡した。
 横から覗き込んで読むクリーオウは、単純に内容の突飛さに驚いているように見える。
 一方空目は、わずかに眉根を寄せた険しい表情になっていた。
「……事実か?」
「正直な話、わたしの夢だと言ってしまいたいが、だがそうもいくまい。
クエロを起こして、少し早めに城へ移動した方が良いかもしれない。
もうこんな時間だ。ピロテースもせつらも直接あっちの方に向かうだろう、と思いたい」
「で、でもサラ、このアマ――」
 ワって、と続けようとしたクリーオウの口は、サラの手で塞がれた。
 そしてサラは新たな紙を提示する。
『この情報は、管理者、薔薇十字騎士団には伝わっていない可能性がある。
感想は全員揃ってからにしてくれ』
 サラがゆっくり手を離すと、クリーオウは固く口を閉じたまま首を上下に振った。
「さて、それでは荷物をまとめようか。クエロも起こさないとな」


 サラがそう言ってから、約一分後。
 豪雨を切り裂くかのように銃声が響き、窓ガラスの一枚が派手に割れた。


「――伏せろッ!!」
 四人の内、最も早く反応したのはサラだった。
 近くにいた空目とクリーオウを押し倒すようにして床に伏せさせる。
 クエロもとっさに身を伏せると、床を転がって<贖罪者マグナス>を確保した。
「まずいな。どうやら撃った奴はわたしたちが狙いのようだ。
流れ弾ならば銃声が一発ということはあるまい」
「でも、私達を狙ったとしても何故一発……まさか、狙撃!?」
 クエロの悲鳴のような声に、目を閉じ一瞬で周囲の様子を探ったサラは、
「近くには人影が無い。どうやら狙撃で正解らしいが、相手の正確な位置を探るには今のわたしでは時間が掛かる。
だが幸いなことに、その彼の腕はどうやらイマイチらしい」
 サラが指し示した先は、ガラスが無くなった窓の先の壁だった。
 銃弾が撃ち込まれているのが見て取れたが、その位置は天井近くと無駄に高い位置だ。
「わたしが“目くらまし”をするから、三人は先に廊下へ」
「判ったわ。私がドアを開けるから、空目とクリーオウが先に」
 三人が低い姿勢でドアに近寄ったのを確認すると、
サラは割れた窓から補修済みの<断罪者ヨルガ>の切っ先だけを外に出し、引き金を引いた。
 外の雨に接したサラの魔術は一瞬で伝播し、保健室周辺の水滴がわずかな時間霧へと変化した。
 室内で煙幕を使えば、こちらの行動も阻害されると考えての判断だ。
「行けっ!!」
 サラの声に促されるよりも早く、クエロがドアを開けた。
 低い姿勢を保ったまま廊下へと飛び出した空目とクリーオウ。
 だが、その時四人は奇妙な音を聞いた。
 ゴロゴロゴロ、と重い物の転がる音。
 空目とクリーオウが音の方をを向けば、何故かガスボンベが廊下をこちらへと転がってくる。
 そして、ボンベの向こう、廊下の先には何故か長身で金髪の女性が――――


「ハァーイ、正義の味方が助けに来てやったわよ。――嘘だけどッ!!」


 パチン、と女が指を鳴らすと、転がってきたガスボンベが内側から爆発した。


(狙撃が陽動!? 内に潜んでいた方が本命か!!)
 外に意識を向けたばかりに、学校内のチェックを怠るとは。
 サラはぎっ、と下唇を噛み、ドアの方に目を向けた。
 ドアを盾にしたクエロはほぼ無傷。ドア越しの衝撃に吹き飛ばされただけだ。
 一方、空目とクリーオウは、
「いやああぁぁぁっ!! 恭一、恭一ぃっ!!!」
 仰向けに押し倒されたクリーオウの上で、傷だらけの空目が気を失っていた。
 その体にはボンベの破片が無数に刺さり、また爆風を受けた面の服と肌が焼けている。
 破片は顔から足まで、大きいのから小さいまで無数に刺さっている。
 首や心臓こそ避けて刺さっているものの、火傷と出血多量の合わせ技は相当なダメージのはずだ。
 また、守られたクリーオウも無傷とは行かず、右手に火傷を負っている。
 だがクリーオウは、その痛みよりも空目の状態の方がよほどショックらしい。
 それらを確認したサラは、瞬時の判断でデイパックの内一つを引っ掴み、そして廊下へ向かって投げた。そして叫ぶ。
「――行け! 地獄天使(ヘルズエンジェル)号!!」
 地響きと轟音と、更に何か悲鳴が聞こえた気がしたが、それを無視して廊下の窓を叩き割った。
 そして振り向き、
「クエロ! 空目とクリーオウを連れて行ってくれ!」
「無茶言ってくれるわね。――クリーオウ、走りなさい!」
 空目を強引に背負ったクエロが、クリーオウを叱咤しつつ階段へと向かう。
 侵入者が地下への階段と逆方向にいたのは、もはや僥倖としか言いようがなかった。
 と、校内に『ブモオオオォォォォ―――――ッッッ!!!』という断末魔が響いた。
 サラが廊下の向こうを見ると、牛の丸焼きと化した地獄天使号がその身を横たえている。
 丸焼きの横を通り過ぎて、こちらに向かってくる女性は、
「ったく、ンな隠し玉持ってるならそう言いなさいよね」
「ヒャハハッ! 牛同士仲良くやれって言いてぇブゴッ!」
「私のどこが牛なのよ。――さて、そこの嬢ちゃん」


 今更本が喋った所で、サラは驚くようなタマではない。
 だとしても、目の前の一人と一冊からは異様な圧力を感じていた。
「自らの身を挺して傷ついた仲間を逃がそうってワケ? 泣かせてくれるわね。
でも、容赦はしないわよ」
 女の周りを群青色の火の粉が舞い、その数と勢いが段々と増して、――そして全身が炎に包まれた。
(これは魔術なのか? にしては、あまりにも異様な…………!?)
 数秒後、女を包んだ群青の炎は一つの形として定着した。
 それは、着ぐるみじみた形の、巨大な炎の獣。
 天井に頭が届きそうな大きさの獣は、キャハハハという女声とギャハハハという低い声を同時に出している。
 そして、大きく振りかぶった右手をサラへと打ち下ろしてきた。
 だが、どれほど速いパンチでも、予備動作に時間を掛けては意味が無い。
 サラはパンチを難なくかわすと、吹き込む雨をヨルガに纏わせ炎の腕へと振り下ろした。
 轟音と共に獣の拳が床に喰い込み、そして音も無く獣の右腕が切断された。
 だが獣には慌てた様子も無く、
「ヒー、ハー!! 『トーガ』の右腕を切るたぁ、ソイツもただの剣じゃあねぇな!?」
「ならっ、……これはどうかしらっ!?」
 獣は一瞬のタメを作り、そして口から廊下を埋め尽くす炎を吐き出した。
「くっ! 何ともデタラメな人だ……!!」
 かろうじて術の発動が間に合い、水の障壁が群青の炎を遮った。
(豪雨に助けられるとは思わなかったな……)
「ッあーもーしぶといガキねえ!」
「ヒャーッ、ハッハ!! 殺しがいがありそうで結構じゃねぇか! せいぜい抵抗してみろよ、嬢ちゃん!!」
 がなり声を上げる獣には、斬った筈の右腕が復活している。
(成程、炎だから水と同じ様に再構成が可能なのか)
「非常に残念だ。その姿になる前の貴方は、お姉様と慕いたくなるほどにわたしの好みなのだが。
おそらく鎖骨美人でもあるのだろう?」
「はぁ? っざけたこと抜かすんじゃないわよガキが。まあ、それでもあのチビジャリよりはマシかしらね」
「見た目の方も手応えの方もってかぁ!? ヒャハハハッ!!」


 ジョークに獣が乗っってくれたお陰で、サラは呼吸を整えるだけの時間が確保出来た。
(水と炎。本来なら水が圧倒的に優位だが、どうやら地力が違うらしい。
このまま戦えば力負けする可能性が高い。ならば――)
 サラは、すうっと息を吸い、――横っ飛びに窓から脱出した。
「ッ、こンのガキ、逃がさないわよ!!」
 外へ飛び出たサラは、前回りに一回転してそのまま走り出す。
(彼女を殺す必要は無い。あの炎を消して無力化すれば充分だ。
ならば、この豪雨を制御して直接叩きつければ事足りるはず。)
 サラは今、断続的な攻撃を避けつつ校舎の裏手を疾走していた。
(万全を期すには、奴がまた炎を攻撃に転じた瞬間、必ず獣に綻びが出来るはずだ。そこを突いて勝負を決める)
 地獄天使号の仇も取らないといけないしな、と心中で付け足す。
 そんなことを考えながらサラが走っていると、後ろから奇妙な節の歌が聞こえてきた。


「かえるの兄さん結婚するよッ!」
「やれやれやれよと囃し立て、ハァッ!!」


 サラが後ろを向くと、蛙――に見えなくも無い炎の群れが跳ね回っていた。
 跳ね回るといっても、獣より数段上の速度で、だ。
「まだこんな隠し玉を……!」
 サラが雨を制御し消し去ろうとすると、炎は一斉に高く飛び上がった。
 飛び上がった炎は走るサラの頭上を軽々と越え、その先にある屋根付きの、
(あれは、先程の――――)


「かえるの兄さん、お終いさァ!!」
「一、二、三と、ハイ!!」


 異形の声が、終幕の合図を唱和する。


『それまで、よッ!!』


 炎は、小さな屋根に覆われたガスボンベの保管場所に突入し、そして――――


【D-2/学校裏手/1日目・16:50】
【サラ・バーリン】
[状態]: 戦闘中。物語感染済。
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子、魔杖剣<断罪者ヨルガ>(簡易修復済み)
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図)、高位咒式弾×2
     『AM3:00にG-8』と書かれた紙と鍵、危険人物がメモされた紙。刻印に関する実験結果のメモ
[思考]: 獣(マージョリー)の力を封じる。
     刻印の解除方法を捜す。まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。クエロを警戒。
     クエロがどの程度まで、疑われている事に気づいているかは判らない。


【マージョリー・ドー】
[状態]:戦闘中。
    全身に打撲有り(普通の行動に支障は無し)
[装備]:神器『グリモア』
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1300ml) 、酒瓶(数本)
[思考]:まずは目の前のガキ(サラ)を殺す。
    ゲームに乗って最後の一人になる。
    臨也と共闘。興味深い奴だと思っている。
    シャナに会ったら状況次第で口説いてみる。
[備考]:臨也の装備品をナイフとライフルだけだと思っています。
    (もし何か隠していても問題無いと思っている)


【D-2/学校地下/1日目・16:50】
【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]: 右腕負傷。
[装備]: 強臓式拳銃『魔弾の射手』
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図。ペットボトル残り1と1/3。パンが少し減っている)。
     缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)。議事録
[思考]: みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい


【空目恭一】
[状態]: 気絶中。
     全身を火傷。ガスボンベの破片が刺さっている。物語感染済。
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式。
     “無名の庵”での情報が書かれた紙。
[思考]: 刻印の解除。生存し、脱出する。
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。
     クエロによるゼルガディス殺害をほぼ確信。
[行動]: クリーオウと共に起きておき、誰か来たら警戒。


【クエロ・ラディーン】
[状態]: 打撲あり(通常の行動に支障無し)
[装備]: 魔杖剣<贖罪者マグナス>
[道具]: 支給品一式、高位咒式弾×2
[思考]: 集団を形成して、出来るだけ信頼を得る。
     魔杖剣<内なるナリシア>を探す→後で裏切るかどうか決める(邪魔な人間は殺す)
[備考]: サラの目的に疑問を抱く。
     空目とサラに犯行に気づかれたと気づいているが、少し自信無し。



[チーム備考]:学校地下へと避難中。各人の詳細な思考は不明。

2005/06/13 15時を16時に置換

←BACK 目次へ (詳細版) NEXT→
第469話 第470話 第471話
第430話 空目恭一 第473話
第430話 クエロ 第473話
第453話 マージョリー 第471話
第430話 クリーオウ 第473話
第430話 サラ・バーリン 第471話