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第471話:用意するものは、狙撃手とガスボンベです

作:◆Sf10UnKI5A

「――到着よ。あの学校が目的地」
 商店街を離れたマージョリーが足を止めたのは、学校から百メートル強ほど離れた民家の軒先だった。
「目的地って、じゃあ何故ここで止まるんだい?」
「今からあそこを襲撃するからよ」
「……つまり、あの学校に君のターゲットがいる?」
「可能性があるのよ。それを確認したいんだけど、元よりまともに話せる相手じゃないわ。
だからアンタにも働いてもらう」
「具体的には? 俺、肉体労働は不向きなんだけど」
「簡単な仕事よ。――その銃で、あの窓を撃ってちょうだい」
 臨也の反応は、無言だった。それに対しマージョリーは、
「あの端から三番目の部屋の窓ならどれでもいいわ。今ならあそこに四人集まってるから。
そうね、タイミングは……」
「おいおい、ちょっと待ってくれよ」
 慌てて――といった風には見えないが――臨也は口を挟んだ。
「さっきも言ったけど、俺は一度も銃を撃ったことが無い。命中率は壊滅的だ。
そもそもその狙撃にどんな意味があるのか判らない」
 マージョリーは、はぁっ、と溜め息をついて、
「何、一から十まで全部説明しろっての?」
「説明も何も、銃声っていうデメリットがあって、しかも当たるはずがないのに撃てって言うのが問題だ」
「この近辺で誰かいるのはあの学校、あの部屋にいる四人だけよ。
心配せずぶっ放しなさい。フォローは私がするから」
「ヒーヒヒヒッ! こんな奴と手を組んでご愁傷様だブッ」
「お黙りバカマルコ」


 臨也は呆れつつ、しかしどこか楽しそうに、
「何にしても、具体的な計画を教えてもらわないと不安が残るんだけど」
「アンタが窓撃って連中の気が逸れたところで私が突入」
 マージョリーはそれっきり何も言わなかった。
「……どう考えてもこっちのリスクが大きいな。
そもそも、君が学校内の連中と手を組んでる可能性も――」
「あのねえ」
 マージョリーが不機嫌をあらわにした顔で臨也の言葉を断ち切った。
「今更なぁにをグダグダ言ってんの?
男だったら細かいこと気にしないで、ドーンと一発ぶちかましてみなさいよ」
「この島でそんなこと言われて、本気にする奴はいないと思うよ」
「だがよイザヤ、どうせお前さんはもう逃げられねえぜ?
撃たずにこの場から逃げるようなら、こいつのターゲットは向こうの連中から
お前さんに変わっちまうわけだからなぁ、ヒャハハハハッ!」
「そういうこと。じゃあ、今から10分後に撃ちなさい。それを合図に私が動くから。
二発目以降は自分で決めなさい。もし裏切ったらタダじゃおかないわよ」
 マージョリーはもう一度時計を見て、
「――3時40分、いいわね? 上手くいったら戻って祝杯でも挙げましょ。それじゃ」
「ヒャハハハ! せいぜい頑張れよイザヤぁ!」
 グリモア片手のマージョリーは、先ほど示した窓を避けるようにして駆けて行った。


 一人になった臨也は、その場に腰を下ろし、肩の狙撃銃も下ろした。
「まいったなあ……。随分予定外の事態になってきた」
 本来臨也の性質は、『指し手』であって『駒』ではない。
 しかしこのゲームは参加者全てに駒であることを強いたいらしい。
(マージョリーにしたって、自分の意思で勝ち残りを目指しても
ゲーム主催者の掌の上で踊っていることに変わりは無い。
あの態度が全部演技だったら大したものだけど、流石にそれは無いかな。
子荻ちゃんが生きていれば、ここまで面倒にはならなかったんだろうけどねえ)
 指し手は駒を動かすことは出来るが、自身が駒の力を持っているわけではない。
 強制的に盤上に上げられた指し手は、駒に比べて圧倒的に無力だ。
「多少は動かざるをえない状況ってわけか……」
 とんでもない奴と手を組んでしまったな、と臨也は改めて思った。
(まあ、敵地に無理矢理突っ込まされるよりはマシか。囮には変わりないけど……)
 時計を見ると、丁度38分を指していた。
 臨也は銃を手に取ると、目標の窓から見えにくそうな所を選び膝立ちになった。
 マンション屋上で見た子荻の狙撃姿勢を思い出し、構える。
(狙う部屋の窓が多いから、照準が横にブレたとしても問題は無し。
縦方向の角度に気を配れば、この近距離でこの的の大きさなら当てることは不可能ではない、っと)
 臨也は数時間前、萩原子荻に狙撃のコツについて尋ねていた。すると彼女は、
『コツと言うほどのことではありません。自分で決定した『策』に殉じるだけです。
敢えて言うならば、『策』に殉じるべく精神を集中させること、ですね』
 こともなげに言ってくれたが、臨也は今なら理解出来る気がした。
 臨也は一度構えを解くと、再び時計を確認した。
 時間は3時39分を少しだけ過ぎている。60秒後に撃つと決めて、臨也は射撃姿勢を取った。
 本職と比べれば不恰好に過ぎる姿だが、しかし臨也は置物にでもなったかのようにぴくりとも動かない。
(毒食らわば皿まで、か。手を組んだ以上は精々利用させてもらうさ。俺も利用されていると判っていてもだ)


 ――そして、臨也は引き金を引いた。


 臨也と別れたマージョリーは、数分後に校舎内に入った。
 多少時間がかかったのは、校舎裏である物を調達するためである。
 あまりにも人数の多いグループを残しておくと後々面倒。
 そう思って再び学校の様子を窺いに来たのだが、
「存在の力が一番デカい奴が消えてるってのは、好都合だったわね」
「しっかし、自在法が使えないからってそんなモンに頼るのかぁ?」
 マージョリーは、そんなモン――右手に抱えたガスボンベを見て、
「使えるものは猫でも使えって言うでしょ」
 その言葉を最後に、二人は口を閉じた。
 目的の部屋からすこし距離を置いて、マージョリーは立ち止まる。
(部屋の中に大きな動きは無し。後はイザヤが動けば――)


 そしてしばしの間を置いて、銃声が聞こえてきた。


「さあて、こっからはこっちの仕事よマルコシアス!」
「アイアイサーってなあ! 我が壮絶なる破壊師、マージョリー・ドー!」
 横倒しにしたガスボンベを、足で押して保健室の方へと転がしてやる。
 部屋の前で爆発させよう、――そう思っていると、先に中から人が出てきた。少年が一人に少女が一人。
 少年の方と目が合ったので、マージョリーはにっこりと笑い、


「ハァーイ、正義の味方が助けに来てやったわよ。――嘘だけどッ!!」


 そして指をパチンとならし、ボンベに仕込んだ自在式を発動させた。
 単にボンベの内側で爆発を起こすだけの、ごく簡単な自在式を。


「さぁーて、次はどう来るのかしら?」
 臨也の二発目の狙撃音は聞こえてこない。
 が、マージョリーは特にそれを気にしなかった。
「あの野郎でも、流石に窓から出るようなら撃つでしょうし。……ん?」
 保健室の中から、デイパックが一つ投げ出され、


「――行け! 地獄天使(ヘルズエンジェル)号!!」


 その声を合図とするかのように、デイパックから“それ”は現れた。
 質量保存の法則を完璧に無視し、超重量級の猛牛、地獄天使号が姿を現す。
 長時間デイパック(内の謎の空間)に閉じ込められていたことで、
地獄天使号のフラストレーションは最大級に達している。
 突進の予備動作として、彼は身を低く沈め――


「ブモオオオオォォォォオォォオオォォオォォッッッッ!!!!」


 恐ろしい勢いで突進してくる巨躯を、しかしマージョリーは恐れずに、
「……マルコシアス、先に謝っとくわ」
「あぁ? 何を――」
 と、マルコシアスの返事を受けつつマージョリーは『グリモア』を振りかぶり、


「――っはあああぁぁぁぁっっ!!!!」


 気合一閃、どんぴしゃりのタイミングで地獄天使号の額に叩きつけた。


 超重量の突撃を、マージョリーはその場から一歩も動かずに受け止めた。
 地獄天使号はといえば、マージョリーの膂力とグリモアの強固さ、
そして自らの突進力を額の一点に受け、意識を失いかけていた。
「ぶもっ! ぶもおおおっっ!!」
 それでもなお前へ進もうとする地獄天使号に対し、マージョリーは、
「黙りなさい食肉風情がッ!!」
 グリモアを持つ右手は緩めず、左手に炎を生み、――それを叩きつけた。
 さらにダメ押しとばかりに、地獄天使号の八方に炎を生み、それで彼を包み込む。


「ブモオオオオォォォォオォォォォオォォォオォッッッッッ!!!!!!」


 辺りに断末魔が響き渡り、そして生肉の焼ける匂いも漂い始めた。
 ふぅ、と一息ついてから前を見ると、先ほどは見なかった少女が剣を片手に立ち塞がっている。
 その背後、階段へと消える三人の姿をマージョリーは確認した。
(……ま、目の前のコイツを倒してから追えば良いわね。血が残ってるし)
 そう思い、マージョリーは別の方向に怒りを向ける。
「ったく、こんな隠し玉持ってるならそう言いなさいよね」
 そう言って、丸焼きと化した地獄天使号に一発蹴りを入れた。
「ヒャハハッ! 牛同士仲良くやれって言いてぇブゴッ!」
「私のどこが牛なのよ。――さて、そこの嬢ちゃん」
 前方に立つ少女には、緊張こそあれど恐怖の色は見当たらない。
 そんな様子に、生意気なガキばっかりね、とマージョリーは思う。
「自らの身を挺して傷ついた仲間を逃がそうってワケ? 泣かせてくれるわね。
でも、容赦はしないわよ」
 そしてマージョリーは、自らの最強の武器、群青の炎『トーガ』を身に纏った。


「キャハハハハ、ぶっ飛びなぁッ!」
「ギャハハハハ、ぶっ潰れなぁッ!!」
 共鳴する声をバックに、マージョリーは炎の拳を繰り出したが、大振りのそれは簡単に避けられた。
 そこまではマージョリーも構わなかった。――が、次が問題だった。
「……あぁン?」
 無音で斬り落とされた炎の右腕を見、マージョリーは怪訝をあらわにする。
「ヒー、ハー!! 『トーガ』の右腕を切るたぁ、ソイツもただの剣じゃあねぇな!?」
(ただの剣、どころか、……使い手に問題アリよ!)
「ならっ、……これはどうかしらっ!?」
 廊下を埋め尽くす群青の炎は、割れた窓から吹き込む雨、――否、それを操る少女の術で防がれた。
「ッあーもーしぶといガキねえ!」
「ヒャーッ、ハッハ!! 殺しがいがありそうで結構じゃねぇか! せいぜい抵抗してみろよ、嬢ちゃん!!」
 斬られた右腕は既に再生してある。こちらはまだまだイケる状態。
(そして、雨を利用するコイツの次の一手は……)
 考える中、下らぬ雑談を持ちかけてきたのでマージョリーはそれを流した。
 と、その直後に少女は窓から外へと飛び出た。
「逃がさないわよ!!」
 マージョリーも瞬間的にトーガを解除し、細身の体を外へと躍らせる。
 そしてまたトーガを身に纏い、
(マルコシアス! 決めに行くから合わせなさい!!)
(あいあいよーッとォ!!)
 ただの雨では、自在法で作られた炎は消えやしない。
 少女を校舎から離さないように、マージョリーは攻撃を放つ。
 獲物を罠に追い込むように、じっくりと確実に。


 そして、目的の場所が目に入った。
「鬼ごっこは終わりよチビジャリ2号!」
 マージョリーは口を動かし、自在法を紡ぎ出す。


「かえるの兄さん結婚するよッ!」
「やれやれやれよと囃し立て、ハァッ!!」


 “屠殺の即興詩”。
 マージョリー・ドーが自在法を操る時に詠う、文字通りの即興の詩。
 それを合図に群青色の炎弾が生まれ、少女を飛び越し目的地へとさらに飛ぶ。
 ガスボンベの密集するそこへ、炎弾の蛙は一斉に向かっている。
 そしてマージョリーとマルコシアスは、シメの一発を決めにかかった。
 
「かえるの兄さん、お終いさァ!!」
「一、二、三と、ハイ!!」


『それまで、よッ!!』


「……暇だなあ」
 一仕事終えた臨也は、大した時間も経っていないのにそんな言葉を口にしていた。
 最低限の仕事で良いと言ったのはマージョリーの方なのだから、
その通りにするのが賢いやり方だ、と臨也はもちろん理解している。
 しかしその理解を揺らがせる事件が起きた。
 自分が狙われたのか、と錯覚するような巨大な爆発音が辺りに響いたのだ。
(凄い爆発――っと、あれか?)
 こんな豪雨だというのに、学校の方から黒煙が上がっているのが見えた。
 臨也は銃のスコープを覗き、狙っていた部屋とその周りを確認する。
(人影は全く無し。行くにしても逃げるにしても、今しかないか)
 マージョリーの言葉を信じるなら、今この近辺にいるのは、学校から逃げた連中を除けば自分だけだ。
(あの爆発を起こしたのがマージョリーだとしたら、もうしばらくはその戦闘力が頼りになる、か)
 数十秒。それだけの時間を思索に費やし、そして臨也は学校へと駆け出した。


「っと、こりゃ随分酷いな」
 狙撃した教室――保健室の内部には、生々しい血の跡があり、また生肉の焼ける臭いが漂っていた。
(…………って、本当に生肉かよ。しかも牛じゃん)
 思わずツッコミを入れながら。臨也は血の跡を辿ってみた。
 するとそれは階段へと続いていた。しかも下り階段である。
(地下室? ……いや、マージョリーのやり方を見て、袋小路に逃げる人間がいるわけがない)
 つまり、この下には秘密の通路でも隠されているのかもしれない。
(と言っても、逃げてる連中も血を残してるのには気づいてるだろうし、簡単には追えないよねえ。
この血の量じゃ結構な深手なんだろうけど)
 それとも、まずはマージョリーの状態を確認するか。
 どうせ向こうはこちらの動きに気づいているはずだ。
 あの爆発でやられでもしていなければ、だが。


「さあて、どうしようかなあ……」



【D-2/学校裏手/1日目・15:55】
【サラ・バーリン】
[状態]: 物語感染済。
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子、魔杖剣<断罪者ヨルガ>(簡易修復済み)
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図)、高位咒式弾×2
     『AM3:00にG-8』と書かれた紙と鍵、危険人物がメモされた紙。刻印に関する実験結果のメモ
[思考]: 刻印の解除方法を捜す。まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。クエロを警戒。
     クエロがどの程度まで、疑われている事に気づいているかは判らない。


【マージョリー・ドー】
[状態]:全身に打撲有り(普通の行動に支障は無し)
[装備]:神器『グリモア』
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1300ml) 、酒瓶(数本)
[思考]:ゲームに乗って最後の一人になる。
    臨也と共闘。興味深い奴だと思っている。
    シャナに会ったら状況次第で口説いてみる。
[備考]:臨也の装備品をナイフとライフルだけだと思っています。
    (もし何か隠していても問題無いと思っている)


[共通備考]:爆発後の詳細は、二人とも不明です。


【D-2/学校、階段前/1日目・15:55】
【折原臨也】
[状態]:上機嫌。 脇腹打撲。肩口・顔に軽い火傷。右腕に浅い切り傷。(全て処理済み)
[装備]:ライフル(弾丸29発)、ナイフ、光の剣(柄のみ)、銀の短剣
[道具]:探知機、ジッポーライター、禁止エリア解除機、救急箱、スピリタス(1本)
    デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:地下へ向かうかマージョリーを探すか、考え中。
    セルティを捜す。人間観察(あくまで保身優先)。
    ゲームからの脱出(利用できるものは利用、邪魔なものは排除)。残り人数が少なくなったら勝ち残りを目指す
[備考]:ジャケット下の服に血が付着+肩口の部分が少し焦げている。 ベリアルの本名を知りません。

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第453話 折原臨也 第465話
第470話 マージョリー 第465話
第470話 サラ・バーリン 第461話