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第398話:Harmony is mangled

作:◆7Xmruv2jXQ

 島の西端にある海洋遊園地、その観覧車の一室にて。
 一人の男が泰然と腰を下ろしていた。
 男は少年といっていい年齢でありながら、そう呼ぶことを躊躇わせる雰囲気を持っていた。
 どこから調達したのだろうか。
 男はピーチコンボのクレープを、特にうまそうな様子もなく食べている。
「これはどういうことだろうな? 
 あの保胤という男……確かに致命傷だったはず。
 そこから生き延びるなにかを奴は持っているということか?」
 最強・フォルテッシモはクレープを齧り、モゴモゴと呟く。
 二回目の放送の中には保胤の名はなく、それは彼の生存を意味している。
 咄嗟に仲間をかばった勇気と胆力、そして隠されているだろう実力。
 自分と対等の存在を求めるフォルテッシモとって、強敵は歓迎すべきものだ。
 そういう意味ではこの島は都合がいい舞台といえた。
 フォルテッシモが思考していると、観覧車は頂点に達し、海洋遊園地全体を見下ろせるようになった。
 そして。
「ん? アレは……」
 フォルテッシモの優れた視力が、入り口のゲートをくぐる四人組の姿を捉える。
 その内の一人の赤い髪が印象的だった。
 獲物が網にかかった。
 そもそも彼が観覧車に乗っている理由のは敵の発見のためだったのだ。
「ヒースロゥに慶滋保胤。ユージンの奴こそ駄目だったが、この島には骨のある奴が多い……」
 果たして、あの四人はどこまでできるだろうか。
 フォルテッシモの手の中から、食べかけのクレープが消える。
 瞳の奥に暗く光を宿し、最強は観覧車が地上へ着くのを待った。


「凄い、こんなのあたしの世界にはなかったよ」
「オレも記録映像で見ただけだ……」
 周囲に広がるアトラクションの群れを眺めながら、火乃香とヘイズは驚きに目を丸くした。
 コミクロンにいたっては歯車様がどうたらと叫んで興奮状態だ。
 放っておくと何処かへ走り去りそうなので、ヘイズが襟首を掴んで引きずっている。
 四人の中でシャーネだけはアトラクションには目もくれず、探し人を求めてするすると進んでいく。
「で、だ。クレアだったか? シャーネの探し人は」
「そ。ついでにあんた達も探してたのはすごい偶然だよね。勘で選んだにしてはさ」
「まあ、そうだな。しずくは火乃香の知り合いだし、おまけに騎士剣にも巡り会えたしな」
「ふっ、この天才の閃きをぐえっ! おい、ヴァーミリオン! 襟を引っ張るな!」
 コミクロンは無視し、一行はシャーネを先頭に遊園地を進んでいく。
 シャーネは目指すところがあるようで、足取りに迷いがない。
「この際聞いとくが、しずくとクレアってのはどういう奴なんだ?」
「しずくは……説明しにくい。
 あの子がどういう状態なのかわからないからはっきり言えないけど、この島じゃ狙われる方だと思う」
 しずくの現在の姿、戦術戦闘電子偵察機を思い出しながら火乃香は告げた。
 偵察機のまま参加しているということはないだろうから、機械知性体の体と考えるのが妥当だろう。
 ならばしずくに戦闘力はないに等しい。
「クレアは?」
 ヘイズがシャーネに問いかける。
 その問いにシャーネは頬を染めて目を伏せた。
 白い耳まで薄桃色に染まり、目を伏せても瞳がうれしそうなのがわかる。
 喋れないシャーネに明確な答えを期待したわけではないが、この反応を見れば関係は一目瞭然だった。
「まあ、そういう関係みたいだね」
「なるほど」
 正直、この刃物娘の恋人というからにはかなり危険人物な気がするが、
 ――どう考えても言わないほうがいいよな。
 己の賢明さを称えつつ、コミクロンを引きずりながら、ヘイズはあたりを見回した。

 この海洋遊園地、建物が密集しており死角が多い。
 誰かが潜んでいても気づくのは難しいだろう。
 禁止エリアになる予定はないのでその点では安心だが……。
「シャーネもなかなかわかっているじゃないか。
 迷わず歯車様に向かうとは、科学者としての才能がなきにしもあらずにもなき」
「結局どっちなんだよ。って歯車様?」
「うむ。あれだ」
 ずりずりと引きずられたまま、コミクロンが指差した先には巨大な観覧車がそびえている。
 シャーネも観覧車を目指しているようで、早く来いとばかりにヘイズたちを見た。
「あれか」
「なんなの、あれ?」
「オレも知らないな」
「ふっ、無知の極みだな。アレこそはすべての科学ぐへ! ちょ、おいヴァーミリオン!」
 ヘイズが襟を強めに引っ張り、コミクロンが悲鳴を上げたとき。
 火乃香がヘイズの袖を引き、顎で前方を指し示した。
 海洋遊園地の中央、入り口ゲートと観覧車の中間地点。
 メリーゴーランドのすぐ傍に、薄紫の服に身を包んだ男が立っていた。
 隠れる様子は微塵もなく堂々と姿を晒している。
 男はポケットに手を突っ込んだまま、物色するように四人を睥睨して、
「まずは一対一、次は一対二、そして一対四か。悪くはないな」
 男の言葉に火乃香とシャーネが迷いなく獲物を抜いた。
 ヘイズもコミクロンの襟を放して視線を鋭くする。
 男の体から滲みでているのは戦意だった。
 話し合う余地など存在しない、あきれくらい明快な戦意だ。 
 男は――――最強と怖れられるフォルテッシモは、心底面白そうに笑った。
「さて、お前たちは俺と対等足りえるのか?」

 火乃香が、シャーネが、ヘイズが動くよりも速く。
「コンビネーション2−5−3!」
 いつの間に起き上がったのか、口火を切ったのはコミクロンだった。
 突き出した左手の先から白い光芒が放たれる。
 熱衝撃波は石畳の地面を溶かしながら疾走、フォルテッシモを飲み込んで辺りを眩く染め上げた。
「ふっ、いきなり出てきて偉そうに。この天才にかかれば礼儀知らずの愚か者など――――」
「終わってないぞ、コミクロン!」   
 ヘイズが叫ぶと同時、膨れ上がった光と熱が消滅した。
 破壊そのものが折り畳まれたかのような一瞬の出来事。
 そして傷一つ負っていないフォルテッシモが、無造作に間合いを一歩詰める。
 フォルテッシモの顔にあるのはただ打ち倒すという意志一つ。
 四人に走る動揺を意に介さず、最強は間合いを侵略していく。
 コミクロンの魔術を無効化した能力は何なのか。
 その答えはわからないが後手に回れば容易く全滅するだろう。
 幾つもの死線を越え培われた直感に逆らうことなく、二つの刃が同時に前進した。
 右にシャーネが、左に火乃香が回り込み、わずかにタイミングをずらして剣を振り抜く。
「……っ!!」
「……斬!!」
 腕を狙って斬り上げられたシャーネの斬撃。
 足を狙って振り下ろされた火乃香の斬撃。
 一流のナイフ使いと一流の剣士の連携は、それ自体が完成された演舞だった。
 速く、鋭く、強く。
 二つの斬撃が最強を斬り捨てようと迫り……

 ……それでも、届かない。

 騎士剣の刀身が歪み、魔杖剣の刀身が半ばから消えた。
 間髪入れずに二人の少女が切り刻まれて、付属する衝撃波に弾き飛ばされた。

ゆっくりと、わずかな時間滞空して。
 言葉を失うヘイズとコミクロンの足元に、二人の体が転がる。
 肉が打ちつけられる鈍い音。
 石畳の溝に沿って、赤いラインが広がっていく。
 時間が静止したような錯覚。
「今のはなかなかだった。純粋な剣技で比べるならイナズマといい勝負だ。
 もう少し速ければ、さすがの俺も防げなかっただろうな」
 本心から出た言葉なのだろう。
 フォルテッシモは感心したように何度も頷き、視線を残りの二人へ向けた。
 次はお前たちの番だ、とでもいいたげな表情で、ヘイズたちに歩み寄る。
 金縛りから解かれたように、二人は急速に動き始めた。
「くそったれ、コミクロン!」
「わかってる!」
 コミクロンの声を背後に、デイバックを捨ててヘイズは前へ出た。
 半身の体勢で片腕を突き出す。
(システム起動。稼働率を90パーセントに設定)
 焦燥を帯びたヘイズの表情に、フォルテッシモは目を細める。
「お前のその表情から察するに、俺を足止めするつもりか」
「決まってるだろうが。あいつらの所へは、一歩だって近づけさせねぇ」
 治癒の時間だけでなく、三人が離脱する時間も稼がなければならない。
 魔法と魔術は互いに干渉しあって効果を弱めてしまう。
 それでは二人を治癒しきれない。
 ヘイズは無理やりに口元を吊り上げた。
「手品の種は割れてるんだ。油断して噛み付かれねえように気をつけろ!」
「おもしろい。……来い!」
 ヘイズが叫び、フォルテッシモが吼え、

(予測演算成功。『破砕の領域』展開準備完了)

 指を鳴らす乾いた音が、空間の断裂と激突した。

 戦いが始まり破砕音が響き始めるが、コミクロンに気にしている余裕ははなかった。
 まずはこの場所から離れなければならない。
 左腕一本で二人を運ぶのに要する時間を考えて眩暈を覚える。
 それでも、今は考えている時間すら惜しかった。
 デイバックを捨ててシャーネを左腕で抱き上げる。
 少女の細い体は見た目以上に軽かったが、片腕で扱うのは重労働だ。
 白衣が瞬く間に赤く染まっていく。
 ほとんど引きずるような形だが仕方がない。
 コミクロンは歯を食いしばって歩き出そうとし……裾を掴まれて立ち止まった。
 火乃香だった。
「おい、無理は――――」
「あたしは大丈夫。咄嗟に飛んだから、まだ動けるよ」
 これのおかげでね、と言って火乃香はバンダナをむしり取った。
 額の中央で第三の眼が、弱々しく蒼光を放つ。
 コミクロンが息を呑むのに苦笑しながら、火乃香は自分の力だけで立ち上がった。
 本人の言葉に嘘はなく、咄嗟に横に飛んだのだろう。
 全身を切り裂かれたシャーネに対して火乃香は傷が左半身に点在するにとどまっていた。
「といっても、今のままじゃ足でまといか。……どっちへ行くの?」
 火乃香はシャーネの片腕を肩に回して横から支えた。
 これならコミクロンの負担は軽減されるが……
「怪我を治せるのはあんたしかいないんだ。へばってもらっちゃ困るしね」
 険しいコミクロンの視線に、火乃香は軽く片目を閉じて応えた。
 火乃香の顔色は青ざめ、肩は大きく上下している。
 決して余裕はない。隠しているが、左のわき腹、背に近い部分はシャーネ以上の重傷だ。
 ここで無理をすれば傷は間違いなく悪化する。
 下手をすれば治癒できる範囲を超えるかもしれない。
 だが、それでも、この状況で、二人を救おうと思うのなら。
 ――これは賭けだ。
 状況を正確に把握し、コミクロンは、わずかな躊躇を噛み殺して頷いた。
「……こっちだ」

 メリーゴーランドを背景に、赤と紫がぶつかりあう。
 流れる甘ったるいBGMがヘイズにとっては邪魔で仕様がなかった。
 ――くそったれ、演算がややこしくなるんだよ!
 宣言どおり、ヘイズはフォルテッシモの攻撃を見抜いていた。
 ほんの些細なものではあるが、空間構造が書き換わり生じた変位をIブレインは見逃さなかったのだ。
 フォルテッシモが裂いた空間が盾となって斬撃を防ぎ、剣となって使い手を切り伏せた。
 騎士剣が折れなかったのは刀身に刻まれた論理回路のおかげだろう。
 そこから得られる一つの事実が、ヘイズにとって唯一の武器だった。
 ――論理回路は、奴の空間操作に対抗できる。
 ひたすらに演算を繰り返し、未来を予測し、音を刻み、回路を作り、空間の変位を解体する。
 低下した演算能力に苦しみながら、それでもヘイズは途切れることなく踊り続けた。
「……しかし、お前のような男が存在するとはな。
 俺の能力を知覚し、打ち消す能力の持ち主。この島は、俺を退屈させないな!」
 フォルテッシモが笑い、即座に間合いを詰めた。
 二人の間の距離はわずか二メートル。
 制限を受けたフォルテッシモでも、十分に射程範囲だ。
 フォルテッシモが罅割れを広げ、それより速くヘイズが踵を地面に打ちつける。
 罅割れが元通り塞がれる様を視界におさめ、フォルテッシモの戦意が加速する。
 ヘイズが距離を離そうとするがフォルテッシモが追いすがる。
 ヘイズが指を掲げ、同時に顔を歪めた。
 予測演算の結果――――論理回路の生成が間に合わない。
 今度はフォルテッシモが速かったのだ。
 構わず指を弾き、論理回路が空間の歪みを一部消去。
「が、ぐっ!」
 肩口を大きく裂かれ、衝撃波に薙ぎ払われ、ヘイズが苦痛に声を上げる。
 それでも、倒れることなくステップを踏み、続く攻撃を消し飛ばす。
 ――このままじゃジリ貧だな。
 熱が狂ったように脳を駆け、発せられる電気信号が棘となって神経を貫く。
 どこまでも続く激しい舞踏。
 壊れたように踊りながら、ヘイズは暗澹たる絶望を感じていた。

ベンチに白衣を敷いてその上にシャーネを横たえる。
「シャーネを先に。あたしは気を循環させれば多少はもつから」
 火乃香のその言葉を聞いて、コミクロンはなにか言いたげな顔をした。
 しかし、結局コミクロンは何も言わず、呪文を唱えシャーネの治療を始めた。
 火乃香は隣のベンチに腰掛けて、治療を見守ることにした。
 ヘイズたちとはそれなりの距離を離れたらしく、戦闘音は聞こえない。
 足止めをかってでた仲間は心配だが、それより自分のほうをなんとかするのが先だった。
 強がってはみせたが火乃香の傷も浅くはない。
 左のわき腹、背に近い部分は深く切り裂かれていて、その部分だけならシャーネより重傷だろう。
 バンダナを使って止血を試みたが、どうしてか血は止まることはなかった。
 力を失ったシャーネの体重も、火乃香にずっしりと食い込んでいる。
 血を流したせいか寒気がひどく意識がぼんやりとし始めていた。
「……コミクロン、どう?」
 集中を妨げるとはわかっていたが、半ば自分の意識を保つために火乃香を口を開いた。
 対して、コミクロンは小さく首を振る。
「もう少し待ってくれ。あと十分……いや、五分でいい」
「わかった。それじゃあ、あたしももうちょいがんばりますか」
 火乃香の気楽な口調は、空元気以外のなにものでもなかった。
 圧倒的な眠気に、徐々に瞼が下がり始める。
 ――シャーネ、こんなとこで死ぬんじゃないよ。
 血まみれで横たわる少女に微笑んだのを最後に、火乃香は暗闇に沈んだ。
 その瞬間まで、無言に隠されたコミクロンの真意には気づかなかった。

 目を開いたとき、傷はあらかたふさがっていた。
 眠っている間にコミクロンが治療したらしい。
 血が足りないのでくらくらするが、そこまで望むのは贅沢だろう。
 隣を見れば、当のコミクロンがぐったりとベンチに沈んでいた。
 肩を揺すると、コミクロンが人形のように首を回した。
 二人の視線が合う。

「サンキュー。おかげで命拾いしたよ」
「うむ、まあこの天才にかかればこんなもんだ」
 火乃香が礼を言うと、幾分覇気がないが、コミクロンは不遜な軽口を叩いた。
 自然と火乃香に笑みが浮かぶ。
「そういや、あたしどれくらい寝てた?」
「十五分程度」
「あれ、そんなもんか」
「まぁな。……ヴァーミリオンは、どうなったかわからん」
「そっか。行かないといけないね」
「言っておくが、治りたてで激しい運動はやめろよ。天才の手をこれ以上煩わさないでくれ」
「疲れてても偉そうだよね、あんた」
「うむ」
 軽い応酬を交わし、沈黙する。 
 そして、コミクロンが疲れたように切り出した。
「……天才、か。俺の力なんてたかが知れていた」
「……え?」
「俺では、先生みたいにはできなかった」
 コミクロンがかぶりを振った。
 意味がわからず、火乃香は沈黙するしかない。
「俺は賭けに出たんだ。
 わき腹の傷には気づいてたから、気を失ってすぐ、火乃香の治療を始めた。
 シャーネは後に回した。ぎりぎりで、間に合うと思ったんだ」
 火乃香が弾かれたように隣のベンチを見る。 
 そこには少女が眠っていた。
 金に瞳は瞼に閉ざされ、体温は失われつつある。
 傷口こそふさがってはいたが、そこに生気は存在しない。
 火乃香の顔が白く色を失くす。 
 白衣を失った小柄な背中が、目を背けたい現実を、搾り出すように言葉にした。

「シャーネは、死んだ」

【042 シャーネ 死亡】
【残り 76人】
【E-1/海洋遊園地/1日目・12:20】
【フォルテッシモ】
[状態]:ご機嫌
[装備]:ラジオ
[道具]:荷物ワンセット
[思考]:戦闘に熱中。早く強くなれ風の騎士。生きてて良かった保胤。


【戦慄舞闘団−1】

【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:左肩負傷・悪化、子分化、疲労困憊
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:有機コード
[思考]:1、戦闘中。ピンチ 2、刻印解除構成式の完成。
[備考]:刻印の性能に気付いています。


【火乃香】
[状態]:貧血。しばらく激しい運動は禁止。
[装備]:
[道具]:
[思考]:…………。


【コミクロン】
[状態]:疲労、軽傷(傷自体は塞いだが、右腕が動かない)、子分化
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)
[道具]: 
[思考]:1、無力さを痛感 2、刻印解除構成式の完成。3、クレア、いーちゃん、しずくを探す。
[備考]:白衣はシャーネの下。

[チーム備考]:全員が『物語』を聞いています。
       騎士剣・陽(刀身歪んでる)、魔杖剣「内なるナリシア」(刀身半ばで折れてる)、
       全員分のデイバック含むエドゲイン君が海洋遊園地中央に放置されてます。

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第397話 第398話 第399話
第386話 ヘイズ 第400話
第386話 火乃香 第407話
第386話 シャーネ 第406話
第269話 ff 第400話
第386話 コミクロン 第407話