作:◆MXjjRBLcoQ
「おまえは俺の敵だ!」
紫の男が吼えた。
(違うな)
ヘイズはそう一人ごちする。
ヘイズはいつも絶望と戦ってきたと自負している。
決して致命傷を与えられない『砕破の領域』、ただを告げるだけの予測演算、使えば終りの切り札。
能力は完全にサポート向き。だから敵を打ち破るのも、敵の攻撃をかわすのも、全てヘイズ自身がしなければならない。
当然彼の戦記に楽勝なんてものはない。常に綱渡り、常に紙一重。
耐えて、凌いで、待つ。ただひたすらにワンチャンスを追い求め。確実にそれを掴む。
自分との戦い。ヘイズは、そんな不器用な戦いしかできなかった。
暗澹たる絶望がヘイズの心を蝕む。その上で、彼はワンチャンスへの道を作り続けてきた。
ヴァーミリオン・CD・ヘイズはこの男の敵。それは間違い。相手のミス。
そこに、へイズはワンチャンスを見た。
<I−ブレインの動作効率を120%に再設定>
同時に紫の男が吼える。
「宣言する! 俺は俺の全力の一撃を以ってお前を叩き潰す」
広げた罅が閉塞される。
数十回目の光景。
所狭しと並べられたファンシーグッズが、その衝撃波に煽られる。
笑顔を振りまくグッズたちを踏み越えて、フォルテッシモは赤髪を追った。
戦闘は続いている、土産物屋で。
何故こんなところに、と眉をひそめたフォルテッシモだったが……。
棚の向こうに回り込む赤髪、直接は狙わない。進路上にある棚をなぎ倒す一撃を放つ。
乾いた指音とともに消える亀裂。数十プラス1回目の光景。
見えてなくとも、向こうは確実にそれを打ち消してくる。
舌打ち一つ。そのまま彼を追って回り込み、ぎりぎりで次の棚に回りこむ奴を視線で捕らえる。
フェイントをかけてその隣の列に先回り。しかし赤髪はこちらを見ることもなく棚の間を走り抜けて行った。
進路を塞ぐよう放つ一撃はあるいは同様にかき消され、あるいは見越して迂回しそれを避ける。
ジグザグに走っているからこそ射程内に捕らえてはいるが、徐々に距離が開いているのにフォルテッシモは気づかされる。
答えは明白だった。
「はは、俺の行動を完全に読んでるな!」
高い運動能力、そして予知にも近い先読み能力だった。
「逃げてると思ってたぜ……。撤回しよう、お前は俺と戦っている」
まさしく強敵。フォルテッシモはにやりとに笑った、不敵に。
「おまえは俺の敵だ! 宣言する! 俺は俺の全力の一撃を以ってお前を叩き潰す」
叫んで、フォルテッシモは赤髪と棚を挟んで横並びになり、立て続けに二本の亀裂を走らせた。
一つが進路を、棚をなぎ倒して塞ぎ、一つは奴を直接狙う。
どちらも掻き消されることはなかった。今までの比でない空間破砕が巻き起こる、進路を塞ぐ一撃は見事その役割を果たす。
一瞬遅れて本命が、空振りした。
直前、赤髪が二人を挟む棚に体当たりをかけた。衝撃波にも後押しされ、叩きつけるような勢いで倒れてくる。
空間の罅を広げ防御しようとし、はっ、と気づいてフォルテッシモは横に飛びのいた。
防御するはずの断裂が、乾いた指音とともに消える。直前まで彼のいた空間を棚がそのまま叩き潰す。
転がるように避け、ひざを突くフォルテッシモ。棚の上にあった品々が少し遅れて降り注ぐ。
「あー、今のを余裕で避けるのかよ」
少し離れて、赤髪がぼやきが聞こえた。
フォルテッシモは、久しく感じなかった戦慄に心を奪われた。
フォルテッシモでさえ今のはまさしく間一髪で、そしてこれは同時に度し難いスキだった。
立ち上がって詰め寄る、それは時間にして3秒弱。その間赤髪が、彼の攻撃範囲から離脱する。
後悔に顔をゆがめ、断裂による衝撃波を放ち、距離を詰めに駆けるフォルテッシモは、赤髪の手を凝視する。
衝撃波に叩かれる赤髪、今までとより明らかに長い準備期間、その指が、くっと矯めて、ぱちんと弾いた。
激痛。
歴戦のフォルテッシモも、呼吸を忘れる痛みが脳内を駆け回った。
「っがああああぁぁぁ!」
一拍遅れて上がる自分のものとは思えない悲鳴。右足が一瞬でぼろ屑と成り果てた。
靴が、服が、皮膚が、等しくずたずたに裂かれ、融合したように張り付いていた。
空間断裂に裂かれ、散らばった数々の破片が、容赦なく足に突き刺さっていた。
血が一瞬にして沸きあがり、あるべき姿を思い出して、その皮膚を汚していた。
走るどころか、立つことすら侭ならない。赤髪との距離を縮められない。
フォルテッシモは初めて、戦いの最中に自身の敗北を確信した。
「これが本来の使い方か!」
距離を置いて構える赤髪に、フォルテッシモは痛みを忘れんがために吼えた。
「いや、どっちかっていうと今までが本来の使い道。こいつは人体に効きが弱いんでな」
赤髪はそれだけ言うと、たっぷり時間をかけて指を弾いた。
左足も同じ運命をたどる。フォルテッシモには、もはや悲鳴すらかなわなかった。
「ま、それなら俺達を追うことは出来ねえだろ」
フォルテッシモは、ぎり、と歯噛みする。
もうこいつは自分と戦う気がない。その事実がひたすらに感情を逆なでする。
気だるそうにその真紅の髪を掻き、赤髪はフォルテッシモに背を向けた。
徐々に遠くなるズタボロの背中に、
「――待て!」
フォルテッシモはまたも叫んだ。
このままでは納得がいかなかった。ダメージ量では圧倒的こちらが勝っている。向かってさえ来ればまだ戦える。
封じられていた挑戦者としての己が、痛みより強くフォルテッシモの胸を焦がした。
それでも去っていく赤髪。
フォルテッシモは三度叫んだ。
「貴様の名前は!」
赤髪はやはり振り向くことはなかった。ただ一言、
「人喰い鳩――Hunter Pigeon」
それだけを残し、ブチ破られた壁を抜けて、赤髪はフォルテッシモの前から姿を消した。
漏電でもしたのか、売り物のライターから失火でもしたのか、徐々に煙が回り火の粉が舞う。
両足のそれは致命傷ではない、すでに痛みも引きつつある、しかし戦線から取り残されるには十分な傷だった。
初めての敗北のときと重ね、フォルテッシモは、
「馬鹿馬鹿しい」
吐き捨てた。
立ち上がろうとして失敗し、尻餅をついて笑う。
初めは己を嘲る様に、しかしその笑みは次第に晴れ晴れとしたものへ変わる。
「生き残れ。俺がお前の挑戦者と……」
そこでフォルテッシモは言葉を止めた。体がぶるりと震える。
気がつけば、火の粉が群青色に染まっていた。
空気が、空間すら震える殺気で染まっていた。
視線をめぐらせその元を探るが、殺気は四方八方から等しく注がれていた。
思考が無意識に臨戦態勢へと移行する。
「誰だ」
フォルテッシモの苛立たしげな誰何の声に、物陰からずんぐりムックリの獣達が取り囲むように姿を見せる。
その数7匹。それらがいっせいに口を開け、女と男の声がひどく軽薄な死刑宣告をステレオで告げた。
「はじめに言っとくわ。あたしはあんたを負かしたあいつを追わなきゃいけないのよ、だから速やかに殺されなさい」
「ま、そー言うこったッ! 楽しませてくれる必要はねえ。ヒッアハァー!」
フォルテッシモの本能に火がついた。
じりじりとにじり寄る、ひどく滑稽な死の表現。フォルテッシモは口元をゆがめ、前方の三匹を無警告で薙ぎ掃った。
「ハ・ズ・レ!」
三匹の獣は亀裂に裂かれた。真っ二つになったそれらが、次を狙う彼の目前で嘲笑とともに爆発する。
次の瞬間、吹き荒れる火の粉から顔を庇うフォルテッシモめがけて、残る四匹の獣達が殺到した!
舌打ちどころではなかった。油断なく張っていた全周囲の空間断裂で完全に外部と遮断。
一旦阻まれた獣達が、その周りを踊るようにぐるぐると回りだす。
獣の中央、口とおぼしき裂け目がガクガク揺れる。
笑っているのだろうが、断裂にさえぎられフォルテッシモにはその声が聞こえない。
「とんだメリーゴーランドだ、くそったれッ!」
獣の数はいつの間にか七匹に戻っている。フォルテッシモの頬を汗が伝った。熱気ではなく、焦りで。
いまだ回復しない足、完全に押し込まれた状況。現状を打開するため、フォルテッシモは敵の狙いを思考する。
煌く群青の火の粉がその目に留まる。閉鎖空間、燃える炎。
「酸欠か!」
応じて動く獣の口、ハ・ズ・レ、と。空間断裂の内側で、より最悪な事態が展開された。
火の粉が収束する。紛れもない群青に火の玉に。
「!」
空間を操作する間もなく、火の玉はフォルテッシモの眼前で炸裂した。
今度は悲鳴もなかった。喉を、肺を、目を焼かれ、空間断裂が解除される。
飛びかかってくる獣のような女の声。耳障りな、悲鳴にも似た笑い声。最期は全身を砕く一撃。
眠りよりも深く、気絶よりも迅速に、フォルテッシモの意識は闇へと消えた。
【049 フォルテッシモ 死亡】
【残り 75人】
【E-1/海洋遊園地/1日目・12:20】
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:左肩負傷、全身に擦過傷すぐにでも治療が必要、疲労困憊 I−ブレイン3時間使用不可
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:有機コード
[思考]:1、火乃香達のところへ 2、刻印解除構成式の完成。
[備考]:刻印の性能に気付いています。
【マージョリー・ドー】
[状態]:健康
[装備]:神器『グリモア』
[道具]:デイバッグ(支給品) 、酒瓶(数本)
[思考]:赤髪を追う。 ゲームに乗って最後の一人になる
2005/07/16 修正スレ147
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