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第343話:・――意志は壁を穿つ。

作:◆J0mAROIq3E

 ――072新庄・運切――
 その名は何の感慨もなく、無機質な声で頭に響いた。

 予め、感じてはいた
 詠子の言葉と得体の知れない胸の痛み。
 予め、考えてはいた。
 傷つけることを躊躇う新庄の正しさが、このゲームでは裏目に出ることを。
 ただ一つ。
 心臓を抉られるようなこの痛みだけは、予測できなかった。

「くっ……ぅ……」
 悲しみは脳へ到達する前に胸で激痛へと置換された。
 たまらず地へと崩れ落ち、アスファルトに強く五指を立てる。
 顔色は死人に等しく、滴る汗が路面を濡らす。
「大丈夫?」
 ――なに心配は無用だ。君の知人は息災かね?
 そう言おうと開いた口からは、引きつれた息だけが漏れた。
 認めてしまおう。
 元よりこの女性に心を隠すことはできない。
 ましてや心に亜(に)たものしか持たない役――悪役たる自分が何を隠せるものか。
「詠子君……申し訳ないが、少しばかり周囲を見回ってきてはいただけないだろうか」
 何も言わず、聞かず、詠子は頷いた。

 新庄・運切。
 その名から思い出される数々の言葉と光景。
 悪役の対極に立つ人。おかしく、有り難い人。共に在りたい人。
 初めての出会い。聖歌・清しこの夜。
 運と切。二つの体。両親を求める記憶喪失の子供。
 根性シューター。人を撃てない優しさ。人を殺せない正しさ。
 長い黒髪。胸から尻、腿の丸さとその手触り。
 照れた頬、はにかむ唇、触れる指先、自分へ紡がれる無数の言葉と想い。

「すまない新庄君。……君の死を、防げなかった」
 意志に反して流れる涙を指で拭う。
 ああ、決して忘れまい。忘れるものか。
 あらゆる瞬間の新庄を。今のこの感情を。これまでの想いを。
 だが、今立ち止まることは許されない。
 新庄が死んでもこの狂ったゲームは少しも変わらない。だから。
「――止めてみせよう」
 嘆きも後悔も、全ては後だ。
 持てる力の全てを以て、自分以外の全ての人間の力を以て。
 脅し利用し騙すことさえ厭わず、この島の歪みを変形するほどに矯正して。
 この馬鹿げた篩を壊し、黒幕連中に教訓を与えよう。
 悪役として。しかし、新庄の望んだであろう形で。
 それが出来なければ、自分に悪役を名乗る資格などありはしない。
 それだけが――今の自分が送れる、最大の手向けなのだから。 

「……もう、いいかな?」
 立ち上がる背中に詠子の声がかかる。
「ああ。私は前へ進む。何もかもを切り捨てず、進撃する。
 私は人を傷つけることを厭わず、しかし誰も殺さず、主催者さえ殺さずにこのゲームを止める」
 決意の表れを口にする。流す涙は既にない。
 全てを終えるまで意志を貫き通すと、その声が告げている。
「差し当たって、先ほどの放送の内容を教えてもらえるかね?
 恥ずかしながら聞き逃してしまったのでね」
 顔色は悪いままに、言葉はもはや落ち着いている。
「……やっぱり凄いね、『裏返しの法典』君は。自分の優しさと弱さにさえ容赦しないんだから」
 呆れたような称賛するような言葉をこぼし、詠子はマークした名簿と地図を見せた。

「オドー大佐まで、か。聞こえてはいたがにわかには信じられなかったよ。
 生身で機竜の編隊と渡り合える超人が、とはね」
 彼は己の正義に殉じられただろうか、と答えのない問いを想う。
「それじゃあ、そこまでの力を持たない私たちは諦めるのかな?」
 試すような詠子の問いを、佐山は首の一振りで否定。
「断じて否、だ。愚問だね詠子君。私は殺人者も主催者も殺す気はなく、しかし許さず容赦もしない。
 諦めなどその辺にかなぐり捨て、余剰スペースに前進の意志を込めたまえ。
 私はこれより全力で動き始める。同行の危険は今までより大きいかもしれないが……ついてくるかね?」
「それもまた愚問だね。私はあなたが気に入ったの。
 欠けて傷ついて、それでも折れず破れないあなたの魂を私は尊敬するよ。
 あなたは生き続ける限り物語であり続ける。だから、私は最後まで法典君の味方だよ」
 誰にも理解できない理由で、魔女は契約の言葉を口にした。

 詠子の言葉に力強く頷き、佐山は懐から一枚の紙片を取り出す。
『ついては君の“魔女”としての力を借りたい。
 君の企んでいること隠していること、全て吐きたまえ。利用させてもらう』
 確信に満ちた笑みを詠子は否定しなかった。
「……ばれちゃってたんだねぇ」
 微かに恥ずかしそうに小首を傾げ、魔女は目だけで満面の笑みを浮かべた。

【C-6/小市街/1日目・12:10】

『Missing Chronicle』
【佐山御言】
[状態]:精神的打撃(親族の話に加え、新庄の話で狭心症が起こる可能性あり)
[装備]:Eマグ、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)、地下水脈の地図
[思考]:1.風見、出雲と合流。2.詠子の能力を最大限に利用。3.地下が気になる。
【十叶詠子】
[状態]:健康
[装備]:魔女の短剣、『物語』を記した幾枚かの紙片
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)
[思考]:1.佐山に異界の説明(ただし常人に理解可能な説明ができるかは不明)
     2.物語を記した紙を随所に配置し、世界をさかしまの異界に。

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