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第340話:アイネスト・メッセージ(伝える言葉)

作:◆E1UswHhuQc

 部屋だった。そこは。
 何もない、石造りの部屋。灯りのない、凍った暗闇。
 音として聞こえるのは聞き慣れた鐘の音だけだった。もう聞くこともないと思っていたイムァシアの弔鐘。赤く貫かれた空隙から漏れ出す音。
「――君は死ぬのかな?」
「……わたしは、死ぬんでしょうね」
 忌々しい響きに舌打ちしながら、ミズーは呟いた。
 石の床を黒ずんだ赤が染めていく。それは血だった。
「判断は正しいよ。幼稚な獣が君につけた傷は深い」
「新庄はもう、死んだのでしょうね」
 反響すらしない闇の停滞が、呟きを呑み込む。
 新庄・運切は死んだだろう。彼女を佐山・御言に会わせてあげることができなかった。
 見えない蛇のように、悔恨が身体に巻きついてくる。
 じわじわと蝕んでくるそれに身を任せ、自分の生んだ血溜まりの中に倒れこむ。
 赤い体液が衣服に染みてくる。そのことに不快感を覚えながら、ミズーは呟きを続けた。
「それで――君はそこで終わるつもりなのかな? ミズー・ビアンカ」
「わたしはここで終わる……けれど」
 暗闇がある。空気がなく、動くこともできない。
 そこに誰かがいる。どこにいるのかは分からないが、誰かがいる。
「君にはぼくの囁きが聞こえない。だけど……なぜだろうね。ぼくには君の呟きが聞こえる」
「――伝えなければ」

 伸ばした手が、石の床を引っ掻く。
 暗闇の中で光を求めるように手が動き、這いながら出口を求める。
 出口などないと理解しながら、それを求めて動く半死人。傍から眺めれば滑稽ではあった。
「それは多分、君の遺す言葉を聞くためだ。君のやり残したことをするためだ」
「佐山・御言に。新庄・運切のことを伝えなければ」
 口から出る呟きの一つ一つすら、暗闇は呑み込んでいく。
 反響すら許さず、ただ鐘の音だけが狂ったように響きを伝えていた。
「君の言葉はぼくが伝える。だから泣かずに逝っていい……ミズー・ビアンカ」
「伝え……なければっ!」
 最期の叫びだけは、暗闇を響かせた。


 その刹那、佐山は猛烈な軋みを感じた。
「っ……!!」
 身を貫く痛みに膝を付き、胸に指を立てる。身体を軋ませる痛みは、これまでで最大のものだ。
 何故だ、と佐山は痛みに問いかけた。
 痛みを生むようなことを考えてはいなかったはずだ。

 ……ならば何故――

 思った瞬間、軋みが終わった。
 痛みの残滓をこらえつつ、体勢を戻す。
「……大丈夫?」
「心配は不要だよ。少々、疲れが出たようだ」
 気遣うように声をかけてくる詠子に手を振って答える。
 見ると、彼女は訝しげな表情を浮かべていた。その視線の先はこちらの顔だ。
「なにかね? 私に見惚れているようだが……唐突に惚れでもしたのなら、残念だが断ろう。私には新庄君がいる」
「欠けちゃったね」
 “魔女”の言葉が、嫌に身に染みた。
 震えを押し隠し、佐山は問う。
「何が……欠けたと?」
 詠子は答えず、こちらの顔に手を伸ばした。
 目元に伸びる指に反射的に警戒するが、指は何かを拭うように頬を撫でただけだった。
「うん。……教えてくれてありがとう、“吊られ男”さん」
 “魔女”の視線は、佐山の背後を見ている。振り返るが、なにもない。
 彼女だけに見える何かだろう、と結論し、詠子の撫でたあたりを指でなぞる。
 水分がついていた。舌先で舐めると、血にも似た塩の味がする。
 涙だ。

 それを知り、佐山は表情を引き締めて、
「私は、――泣いていたのか」
 何故だろう、という問いは生まれなかった。
 何故か、新庄のことを考えていた。

 ……新庄君。

 声には出さずに、佐山は呟いた。
 その呟きを、“吊られ男”は届ける。

【C-6/小市街/1日目・11:51】
『Missing Chronicle』
【佐山御言】
[状態]:健康
[装備]:Eマグ、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)、地下水脈の地図
[思考]:1.新庄はどうしているのだろうか。 2.仲間と合流したい。 3.地下が気になる。
【十叶詠子】
[状態]:健康
[装備]:魔女の短剣、『物語』を記した幾枚かの紙片
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)
[思考]:1.佐山に付いて行く。 2.物語を記した紙を随所に配置し、世界をさかしまの異界に。

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