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第311話:少年少女VS暗殺者

作:◆a6GSuxAXWA

 返り血を拭い、パイフウは移動を開始していた。
 まずは森に潜み、先程の銃声に正義感に燃えた愚か者や他のマーダーが引き寄せられないか、待ち伏せるのだ。
 ……もう、ややこしい事は考えない。
 考えても無駄だ。
 とにかく、どう殺すかだけを機械のように考える。
 そう、昔のように――
「君は先程の騒ぎから逃げてきたのかね?」
 と、声が聞こえた。
 迂闊だった。迷いを鎮めるために周囲への警戒が疎かになるとは――
 慌てて視線を飛ばし、木々の影に佇む少年に声を返す。
 鋭い眼に、数房の白髪が印象的な少年だ。大口径のリボルバーを手に提げている。
「そうよ。あなたは?」
 距離は6mほど。
 木々があるため、一気に接近は出来ないだろう。
「私は佐山御言という。このゲームを終わらせるために動いている者だ」
「……パイフウ。目的も同じよ」
 上手い言い方だ。
 参加者全員を殺戮しようと、管理者と主催者を殺戮しようと、ゲームが終わる事に違いは無い。
 さっと髪をかきあげ、1歩を踏み出す。
「ところで君は、本当に逃げてきたのかね?」
 向こうも1歩を、詰める。
 互いの火力は同程度。銃火を交えれば勝てるだろうが、下手をすれば怪我を負う上、音も響く。
 となれば、格闘で仕留めた方が良いだろう。
「何故そう思うのかしら?」
 更に1歩。あと3歩もあれば肉弾戦の間合いだ。
 少年もそれなりに心得はあるようだが、自分と比べれば可愛いものだ。
「先程からずっと、走る君は振り返らなかった。危険から背を向けて逃げたならば、背後は確認したいものだろう?」
 1歩。佐山と言う少年が踏み出し、言葉を続ける。
「背後にはもう何もないと、殺してきた後だと。そう知っているからこそ振り返らなかった……違うかね?」
 更に、1歩。
 パイフウがあと一歩の間合いを詰めようと――

「こんにちは、“生き人形”さん」

 新たな声……ウェポンシステムを握らない右手の側からだ。
 気が散っていた所に佐山が現れ、そちらに注意が集中し過ぎていた。
 素人でもしないようなミスを連発する自分に、歯噛みしたくなる。
 人形――先程自分を操り人形に喩えた。
 殺人機械と評された事もある。
 そんな自分には、相応しい評価かも知れない。
 しかし、なぜ初対面の少女がその事を――?
「あ、そうそう……あなたは“動けない”し、“戦えない”よ」
 少年まであと半歩の距離で、がくりと身体が重くなる。
 咄嗟に腹腔から全身に気を巡らせ、重圧を弾こうとするが――
「簡単には無理だよ。魔女の言葉は“軛”だもの……耳を貸したら、捕まっちゃう」
 身体が硬直する。恐らく深層心理に働きかける類の催眠技術。
 頭では理解できるが、身体の対処が追いつかない。
「――っは。くぅ!」
 気の循環と整息で身体の自由を取り戻した時には、鳩尾を狙った佐山の鋭い前蹴りが迫っていた。
 回避が間に合わずに右腕で蹴りをいなす。
 右腕に走る鋭い痛みと共に、翻った蹴り足が足刀で膝を狙い――
 飛び退いて回避。
 と、足に注意が向いた隙を突いてメスを投擲された。
 怪我を覚悟で咄嗟に右手で掴み取り、続く銃撃を木の陰に飛び込んでやり過ごした瞬間、
「あなたは“撃てない”し、”走れない”よ」
 またあの言葉だ。
 今回は予め気を巡らせ、耳を貸さぬよう気をつけていたつもりだったが、それでも動きが鈍る。

「殺しはしない。ただ人を傷つけられぬよう、拘束させて頂こう」
 木の向こうから、確かに少年の声がした。
 振り向きざまに銃撃を加えようとするが、。
「な……ッ!?」
 どこにもいない。
 少年の姿が見えない。
 足音も無く、気配も無い。――いや、気付いているのに気付いていないもどかしい感覚。
 認識がずれている?
 ならば、と少女に銃を向けた瞬間、左の鎖骨の辺りで木の枝を叩き折るような音。
 激痛が走る……銃把を叩きつけられた?
 思わず取り落としかけたウェポン・システムを右手に握り替え、身を翻して駆ける。
 機先を制された時点でこちらの不利は確定的だった。
 あの時点で逃走を選択していれば――!
「“逃げられない”よ?」
 耳を貸さない。気を用いて防御。
 牽制に背後に向けて銃弾を乱射し、一心に走る。
 ――まだ、自分は殺さなくてはならないのだ。


「パイフウ君が動揺していて命拾いをした。……下手をすれば我々二人ともが失われていたところだ」
「うん。でも、逃げて行っちゃったね――追う?」
 佐山はかぶりを振った。
「深追いは危険だ。手傷を与えた以上、暫くは無茶も出来ないだろう」
 詠子は頷き、佐山に尋ねる。
 これからどうするべきか、と。
「とりあえず小市街の方へ向かおう。パイフウ君は南へ行ったようだからね」
 ひとまずの勝利に微笑みを交わし、二人は歩き出す。 

【D-6/森の中/1日目・11:13】
【パイフウ】
 [状態]右掌に浅い裂傷(未処置)、左鎖骨骨折(未処置)
 [装備]ウェポン・システム(スコープは付いていない) 、メス
 [道具]デイバック(支給品)×2
 [思考]1.不利を悟り南へ逃走 2.主催側の犬として殺戮を 3.火乃香を捜す

『Missing Chronicle』
【佐山御言】
[状態]:健康
[装備]:Eマグ、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)、地下水脈の地図
[思考]:1.いったん北の小市街へ。 2.仲間と合流したい。 3.地下が気になる。

【十叶詠子】
[状態]:健康
[装備]:魔女の短剣、『物語』を記した幾枚かの紙片
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)
[思考]:1.佐山に付いて行く。 2.物語を記した紙を随所に配置し、世界をさかしまの異界に。

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