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第310話:危地へ

作:◆a6GSuxAXWA

「あのビルの狙撃手より身を隠しつつ、街へ行くのは――」
「やっぱり難しい、かな?」
 佐山と詠子が、森の影で言葉を交わす。
 二人は甲斐と別れた後に、やや東寄りに移動していた。
 その傍らにはペットボトルがあり、片手にはパン。
 軽い食事と共に、今後の方針を練り直しているのだ。
「手段は幾つか考えられるが……やはり、そうだろうね」
 二人は地図を広げて検討を行い、結局4つの試案を出した。
 1つ目は平野に身を晒す事になるが、来た道を戻っていったん南下し、町の南端へ回り込む。
 2つ目はできるだけ物陰を選んでそのまま西へ進む。
 3つ目は石段を上って町の東北部へ向かう。
 4つ目は街へ行く事を諦め、森を基点に他を捜索、というものだ。
「まず論外なのは2の案。南部への狙撃が行われた直後だ、狙撃手もそちらには注意を向けているはずだからね」
「同じ理由で1の案もやっぱり危ないかな。それに同じ道は、何だか通りたくなくて」
 詠子の目的は異界の発生。できるだけ広い地域に『物語』を浸透させたい。
 その意図からの言葉だったが、佐山は件の魔法じみた直観かと判断。
「さて……」
 残るは3と4。
 はむ、とパンに口をつける詠子を見るともなしに見つつ、佐山は黙考。
 3の案では風見の目撃情報があり、恐らく最も人が集中するであろう市街を探れる。
 4の案では港やC−8やC−6の小市街を探れるが、詠子の体力が気がかりだ。
 ――決断を下す。

「折衷案としようか。このまま北東に進んでC−6を経由。そのまま湖から地下へ入れるかを調査する」
 水脈の地図は、湖にも確かにそれが通っている事を示している。
「無理な状況であれば、海岸沿いに市街へ向かおう」
 途中に身を隠す森が豊富であり、休息も取りやすい。
 しかも状況によっては灯台や港町に向かう事も可能だ。
「ふむ、やはり私は素晴らしい。おお快なり!」
「無視して言うけれど、いつまで休むのかな?」
 時計の針は、既に10:30を指している。
「11時前後には行動して、C−6へ向かおう。放送は落ち着いた環境で聞きたいのでね」
 食事が終わると、30分ほど寝かせて欲しいと申し出て、佐山は木に凭れて眠りに落ちる。
 詠子はその肩に自分の上着を掛けて、楽しげにその寝顔を眺めている。
 ――多少異様だったが、それは確かに平和な光景だった。


 突如、轟音。


 佐山が跳ね起き、Eマグを構える。
 詠子もゆっくりと周囲に目を配るが――
『皆さん聞いてください、愚かな争いはやめましょう、そしてみんなで生き残る方法を考えよう』
 放送ではない。
「参加者の誰かが、拡声器のようなものを入手したらしい。――危険だ」
 既にゲームに乗っている者が居る事を、この眼で確認しているだけに明白だった。
 肩に掛かった上着に気付き、佐山が詠子にそれを返す。
「うーん、どこからの声だろう?」
 詠子が首を傾げつつ、いつでも移動が可能なようにと荷物をまとめる。
 既にこの状況に、かなり順応している。
 その間にも呼びかけは続き――

 銃声。
 騒乱。
 悲鳴。
 そして、沈黙。
「銃声がメガホンを通したものと通常のもの、二重に重なって聞こえた。音源は恐らくC−6の小市街だ」
「うん、私にも同じように聞こえた。……殺人者さんもいるはずだけど、どうする?」
 黙祷を終えると、方針を変更するべきかとの詠子の問いに、佐山を首を横に振る。
「間近にいる殺人者を放置してはおけない」
「それは、正義感かな? それとも……」
「佐山の姓は悪役を任ずる――それだけの事だよ、詠子君」
 悪に対して、更なる悪でそれを潰す。
 それが祖父より受け継いだ己のスタンスだ。
「傍らに居なくとも分かる。新庄君は恐らく、この状況に私が飛び込む事を良しとしないだろう」
「凄いね、法典君は――正しく間違いを犯すために、命を危険に晒せるの?」
 佐山が答えずとも分かる、晒せるのだろう。そう確信させる何かが、彼にはある。
 魂のカタチが本当に強固だ――破格と言っても良い。
「それでは暫しのお別れだね。危険なので、詠子君は隠れていたまえ」
 と、その言葉に詠子は苦笑し、首を左右に振る。
 さては別れを惜しんでいるのだろうか、と佐山は思う。
 このような状況で一人になるのは、やはり心細いのだろう。
「さあ、私の胸に飛び込んできたまえ!」
「もういちど無視して言うけれど、私は法典君についていくよ?」
 荷を背負い、黒檀の柄の施された短剣――アセイミを手にした詠子に、佐山は問う。
「本気で言っているのかね?」
 頷く詠子と、視線が交錯する。

【Missing Chronicle】
【D-5/森の中/1日目・11:04】

【佐山御言】
[状態]:健康。
[装備]:Eマグ、閃光手榴弾一個、メス
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)、地下水脈の地図
[思考]:1.殺人者(パイフウ)をどうにかしなければ。 2.仲間と合流したい。 3.地下が気になる。

【十叶詠子】
[状態]:健康
[装備]:魔女の短剣、『物語』を記した幾枚かの紙片
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)
[思考]:1.佐山に付いて行く。 2.物語を記した紙を随所に配置し、世界をさかしまの異界に。

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