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第287話:奇人と変人、そして狂犬

作:◆a6GSuxAXWA

「あ……」
 木の根に足が引っかかり、転びかけた。
 と、左手側から回りこんだ腕が詠子を支えた。
「大丈夫かね?」
 問いかける佐山に、詠子は微かな苦笑を返す。
「ごめんね。こんなに森を歩くのには、やっぱり慣れていないから……」
「気にする事はない。私も慎重に行こうと思っていたところだ」
 森の外縁部。
 平野部に対して視界を確保し、何かあれば森側へと逃げ込める位置を確保しながら、二人はE−5まで歩いて来ていた。
「小休止としよう。我々都会人には辛いものがある道行きだからね」
 そうは言うものの、佐山が山林を歩く事に慣れていること程度は、詠子にも分かる。
 詠子の体力に心を配り、しかしそれを表に出すことなく、何やかやと小休止を取ってくれる。
 ……やっぱり“裏返しの法典”君と一緒にいて良かったな。
 彼ならば異界でもそう簡単には壊れないだろう。多分、“シチュー”ではなく“魔女”になれる。
 ……嬉しいなあ。やっぱり“できそこない”になっちゃうのは可哀想だもの。
「ありがとう。それじゃあ、私に何かする事はある?」
「書き置きをお願いしたい。オーフェン君へ、そうだね……
 『魔女と世界の中心は例の場所へ向かう。“二本目の刀子”君にも、その気があるならば同行を許可しよう。
 なお、マジク・リンは第一回の放送の死亡者リストに含まれていた。』
 というような文章を筆記して紙縒りにし、目立つ木の枝に巻きつけて頂きたい」
 運が良いな、と詠子は思う。
 これでまた、物語を紡ぐことが出来ると。

「うん、分かったよ。――法典君は?」
「少し周囲を調べてくる事にするよ。ああ、この後は一気に街まで歩ききるつもりなので、花摘みの類は今のうちに済ませておいてくれたまえ」
 こくりと頷き、別行動を開始。
 佐山の背中を見送ると茂みの陰に隠れ、筆記具を取り出す。
「ええと、法典君の言っていた文章に……物語、と」
 さらさらと文字を連ねると周囲を見回し、目立つと思われる枝に紙縒りで紙を結びつける。
 そうして茂みの影に戻ると、木に背中を預けて一休み。
 いかに精神的に常軌を逸していても、身体は普通の女子高校生。夜通し行動すれば眠気もある。
「小人さん、危ない人が来たら教えてね」
 陽気な笑みを浮かべて頷く石斧を持った小人を確認し、瞼を閉じ――


「詠子君。起きたまえ」
「ふぁ……ん……おはよう、法典君」
 肩を揺さぶられて目を覚ます。
 時計を確認すれば、既に九時半。
 一時間半ほど眠っていたようだ。
「眠気は取れたかね?」
 そう言う佐山の手には拳銃。
 どうやら、眠っている自分の傍らで周囲を警戒してくれていたらしい。
「うん、ありがとう。――法典君は眠らなくても大丈夫? 私、見張るよ?」
 小人さんにも小さくお礼の会釈。
「三日程度ならば徹夜は可能だ。以前に祖父と、眠ったら相手を殴っても良いというルールで一週間ほど修行したことがある」
 あの山猿が目を開けて会話しながら眠っていると気付けば、もっと殴れたものを、と胸を押さえながら呟く佐山。
 その悔しげな様子に、詠子は微笑み、
「ひょっとして、今その奥義状態で寝ているの?」
 尋ねると、ふと佐山は懐かしそうな目をして、唐突に詠子を抱き締めた。
「え?」

 そのまま茂みの奥へと押し倒され――同時、遠くで何かが破裂するような音がした。
 ……銃声、かな?
 佐山はその鋭い瞳で、油断無く周囲を見回している。
 それは近隣エリアでの、哀川潤に対する萩原子荻の狙撃音なのだが、二人はそこまで知りはしない。
「静かに。どうやら誰かが狙撃を受けているらしい――我々も狙撃手の射程に入っている可能性がある。森に逃げよう」
 そのまま詠子を抱き上げると身を屈め、佐山は森の奥へと駆ける。
 人一人背負っているにしては、かなり速い。
 枝の間をすり抜け、障害物を踏み抜き、躍動する獣を思わせる動作で森の奥へ――
 と、かなりの距離を稼いだ所で、その足が止まった。
「おい、そこのお前。――お前らはこのゲームに乗ったクチか?」
「唐突に何かねそこのヤンキー。人にものを聞く前に、まずは名乗りたまえ」
 詠子を抱えたままで、佐山は言葉を発する。
 体勢の関係で、詠子は佐山の会話の相手が見えない。
「……ん」
 く、と佐山の腕の中で身を捩ると――そこに居たのは、鋲の打たれた革のジャケットを着込んだ人影。
 鉄条を束ねたような、精悍な印象の男だ。
「ったく。またコレか……俺はこの島で変人奇人にしか会えねぇ運命なのか? それともこの島に集められたのが俺以外変人奇人なのか?」
 まあいい、と男は呟く。
「俺は甲斐氷太。お前らは?」
「簡潔に言おう。私は宇宙の中心、佐山御言だ。こちらは十叶詠子君……ああ、二人ともゲームには乗っていない」
 佐山が答える様子を見て、詠子も一瞬黙考。
「“欠けた牙”さん、かな。豪胆だけどどこか怜悧で――欠けた部分を埋めたくて、常に何かに噛み付こうとする」
「あン? 何だその女は……見透かすような事を」
 甲斐が一瞬、容易ならぬ敵と対峙するような気迫を垣間見せる。
 それに対して、占いのようなものだと佐山が返し、距離を取ったまま甲斐を見据える。
「さて、我々は人を探している。できれば情報交換といきたいのだが……君は、ゲームに乗っているのかね?」
 佐山の問いかけが、木漏れ日の中に響いた。


【D-5/森の中/1日目・9:43】

【佐山御言】
[状態]:健康。疾走でそれなりの疲労。
[装備]:Eマグ、閃光手榴弾一個、メス
[道具]:デイパック(支給品一式)、地下水脈の地図
[思考]:1.仲間の捜索。2.地下空間が気になるが、街付近の狙撃手を警戒。

【十叶詠子】
[状態]:健康
[装備]:魔女の短剣、『物語』を記した幾枚かの紙片
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:1.元の世界に戻るため佐山に同行。2.物語を記した紙を随所に配置し、世界をさかしまの異界に

【甲斐氷太】
[状態]:左肩に切り傷(軽傷。動かすと僅かに痛みが走る程度。処置済み)
[装備]:カプセル(ポケットに数錠)
[道具]:煙草(残り14本)、カプセル(大量)、支給品一式
[思考]:1.眼前の変人たちをどうするか。 2.ウィザードと戦いたい。海野をどうするべきか。ゲームに乗る?

2005/05/05 修正スレ80-82

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