作:◆1UKGMaw/Nc
ギシギシと、木造の廊下を歩く足音が二つ。
秋せつら、ピロテースの二人である。
血の匂いを辿って進み、案の定無残な死体を発見した二人は、そこで足音を殺すのをやめた。
この学校内にいる何者かがやる気になっているなら、足音を聞いて不意打ちを仕掛けてくるだろう。
逆に、それでも話し合いを望んで来るならば、ゲームに乗っていない可能性が高くなる。
身の危険は増すが、相手を知る上で手っ取り早いと考えたのだ。
足音が止まった。
(そこだな)
二人の視線の先――教室一つ分先の突き当たりに扉が見える。
その横のプレートには、『図書室』と書かれていた(ピロテースは読めなかったが)。
そして、扉の向こうには人の気配。それも複数とせつらは読んだ。
そろりと、示し合わせたかのように左右の壁際に寄る。
せつらは掌の中の鋼線と懐の銃を確かめ、ピロテースはいつでも精霊を呼べるよう精神を研ぎ澄ませる。
(さて……鬼が出るか蛇が出るか)
足音が止まった。
(俺達に気付いたな)
ゼルガディスはちらりと視線を背後に移す。
クリーオウ、サラは本棚の影でこちらに注目している。サラは衣服の中で何かを握っているようだ。
空目は堂々と読書したまま。
そしてクエロは、援護するつもりなのか少し離れた位置で身構えている。
(……さすがに、この局面で妙な真似はしないか)
来訪者の実力はおろか、敵か味方かすらも分からないのだ。
ここで事を起こせば、最悪全員を敵に回すことになる。そんなリスクを敢えて負うほど、この女は馬鹿ではあるまい。
あごをしゃくって目配せし、ゼルガディスは引き戸の脇に寄った。
クエロも意図を理解し、ゼルガディスとは反対側に寄る。
(さて……呼びかけてみるか)
「こちらには戦闘の意思はない。今から扉を開ける。ゆっくり入ってきてもらおう」
「僕達には争う気はない。そちらに行ってもいいかな?」
互いのセリフは同時だった。
「これはまた、大所帯で」
図書室に入ったせつらの第一声がそれであった。
正直、男女合わせて五人もの人間がいるとは思っていなかった。
(まあ、これなら騙し討ちの線も薄いかな)
室内に入るまでは奇襲を警戒していたのだが、杞憂だったようだ。
一人二人ならまだしも、これだけの人数が集まっていて全員やる気とは思えない。
牙を隠している者がいるとしても、そうそう滅多なことは出来ないだろう。
(それに、こんな怖い人がいるのではね)
扉のすぐ脇で待ち構えていた、岩のような肌をした男。
その左手は、腰の剣に添えられている。
妙な真似をすれば、一気に斬りかかって来る腹積りだろう。
「戦う気はないと言いながら、随分と物々しいことだ」
こちらも油断なく目を光らせているクエロを目を細めて見返し、ピロテースがそう漏らす。
その視線に、クエロは申し訳なさそうに僅かに目を伏せた。
「ごめんなさい。けど、あなた達が信用できるか分からなかったから……出来る限り仲間を危険な目に合わせたくないの」
ピロテースは、真意を探るようにクエロの表情を伺う。
実際は、無論これも演技である。
クエロにしてみれば、まずは集団を纏め上げ、主催者に対抗しうる勢力を作り上げることが必要なのだ。
こんな序盤で六人もの、しかも総じてゲームに乗っていないと思われる者達と遭遇するなど僥倖と言うしかないが、ゼルガディスには疑われている状況だ。
早いうちに出来るだけ皆の信頼を勝ち取っておきたかった。
パン、パン、と手を叩く音がして、皆がそちらに注目する。
サラとクリーオウが歩み寄って来るところだった。
「いや、すまないお客人。何分こんな状況だ。自衛策を講じなければならないことを考慮してもらえるとありがたい。
先ほど彼が言った通り、我々は殺し合いに乗らないという点で意見が一致している」
「そうなの。クエロもゼルガディスも本気でやってるわけじゃないから!
……もういいでしょ? 二人とも。こんなんじゃ信じてもらうなんて無理だよ」
その言葉を皮切りに、クエロは構えを解いた。
「……そうね、クリーオウ。ごめんなさい、ちょっと過敏になりすぎていたみたい」
「いや」
ピロテースも幾分警戒を緩めたようだ。
他の者はともかく、どう見てもこのクリーオウという娘が殺人を許容するようには思えない。
ピロテースの態度が軟化したのはクエロにも分かった。
(意外と役に立つじゃない。クリーオウ)
これで、ゼルガディスに続いて目の前の女もだ。
相手の気勢を削ぎ、信用させやすくするという一点において、この娘は非常に使える。
(やっぱり、単純に戦闘能力の高い者を集めればいいというわけでもないわね)
「やれやれ、一応お互いを信用するということでいいのかな?」
「そのようだ。不快な思いをさせたな」
「いいさ。立場が逆なら僕だってそうする」
せつらとゼルガディスの緊迫した空気も霧消していた。
クリーオウがほっと息をつく。
サラがその場を取り仕切るように口を開いた。
「さて、では互いの情報交換といかないかね。そちらも殺し合うつもりがないなら、我々は協力し合えると思うのだが。
よいだろうか、色男殿」
「秋せつらだ。そういうことなら、心の垣根を取り除く素敵アイテムを僕は持っている」
言ってせんべいの袋を取り出し、
「新宿一のせんべい屋、秋せんべい店のせんべい。皆でこれでも食べながら話し合うとしようか」
毒入りでないことを示すように、自らパリッと食んで見せた。
「――なるほど。そうすると、ここに集った者の大半の共通意思は人捜しか」
サラは皆の話に出てきた内容をまとめ、口を開いた。
クリーオウとクエロは、オーフェン。
ゼルガディスは、リナとアメリアという人物をそれぞれ探している。
そして、今出会ったせつらとピロテースは、アシュラムという人物を捜しているという。
(そういえば、殿下はどうしているだろうか)
友人であり、同じ師に学んだ兄弟弟子であり、帝国の皇女でもある女性――ダナティアのことを思い浮かべる。
まず間違いなく、ゲームには乗っていまい。
それどころか、現状打破のためにすでに自ら行動を開始しているだろうとサラは見ていた。
(そういう方だ。殿下は)
恐らく自分とダナティアの進む道は同じ。
ならばいずれ交わるだろう。
今無理に捜さなくとも、生きていれば必ず出会える。
(むしろ、互いに勢力を形成し、その後で合流すべきだな。それよりも今は――)
再びサラは目の前の話し合いに注意を向けた。
「じゃあ、皆で手分けしてその全員を捜せば早く見つけられるよね」
「そうね。私もそう思うけど……」
クエロはクリーオウのその意見に賛成し周りを見渡すが、他の者の反応は今ひとつのようだ。
情報交換のため同じ席に着いてはいても、皆、完全に互いを信用したわけではない。
ゼルガディスとピロテースに至っては、そもそも群れる気もなかったのだ。
自らの探し人の容貌を他人に教えるのは、やはり抵抗があった。
仕方のないことではあるのだが――
「できれば、僕は協力し合いたいと思うな」
秋せつらはクリーオウの意見に賛成であった。
「お前……」
ピロテースが睨みつけてくるが、どうどうとそれを手で制しせつらは続ける。
「アシュラムさんを捜すにしても、ピロテースさんと僕だけでは正直言って困難ですよ。なにせ島の広さが広さだ。
人数が多いほうが格段に発見率が高くなる。そして、それは他の皆さんにも言えることだ」
「確かに……あんたの言うことも分かるがな」
と、ゼルガディス。
彼の懸念は、自分と別れたこの中の誰かが心変わりし、リナやアメリアを殺害することだ。
自分の名前を出されたら、どうしても警戒が緩むだろう。
「君の懸念も分かるがね。ピロテースさんも、恐らく同じかな?」
「多分。この中の誰かが将軍の命を狙わないとも限らない」
皆が思っていても言わなかったことを口に出す。
「そんな! だってここにいる皆はこんな殺し合いには乗ってないって……!」
「お前はそうだろうが、本心を隠している者がいないと言い切れるか?
それに、一階にあった死体。あれもこの中の誰かの仕業でないと言い切れるか?」
激昂するクリーオウにぴしゃりと言い放った。
(まずい流れだ)
空目恭一は思った。
先ほどから発言を控えてせんべいをかじっているだけだったが、話を聞いていなかったわけではない。
クリーオウはこの中で一番素直で人畜無害だと皆に認識されている。
その上、必死に人を信じ、ここに集った者達を繋ぎ止めようとしているのだ。
そのクリーオウがここで言い澱んだりしたら、メンバー内に決定的な亀裂が入りかねない。
基本的にどうなろうとあまり関心はないが、クリーオウがまた落ち込む姿は何故だか見たくなかった。
だから、空目は先に発言した。
「言い切れはしない。初対面の者ばかりだからな」
沈黙を守っていた空目の発言に、皆が注目した。
最悪の事態は免れたことを確認し、空目は先を続ける。
「だが、それでもここは協力すべきだろう。探し人が見つかった後、君等は一体どうするつもりでいるんだ」
ピロテース、ゼルガディスの顔を順に見ながら問いかける。
「見つかった後、だと」
ピロテースは訝しげに空目を見返したが、二の句を告げることが出来ず、押し黙った。
正直に言えば、考えていなかった。
とにかく、アシュラムの元に馳せ参じる。今まで、それだけを考えて行動していたのだから。
「俺は……この世界からの脱出方法を探す」
絶句したピロテースに代わって、ゼルガディスが答えた。
空目はその言葉に頷くと、さらに先を続ける。
「では、それ以後に他の人物、集団と出会ったらどうする」
「敵対するなら戦うだろうな。同じ目的を持っているなら……」
そこで言い澱む。
正直な話、他の参加者と馴れ合う気はないのだが、リナと……特にアメリアはそうはいくまい。
「協力する、だろうな」
「つまり、ここで協力関係を結ぶのと結局変わらない。だが、そうして作られた集団には派閥が出来る」
「派閥……?」
クリーオウがおうむ返しに聞き返す。
「ああ。知り合いと合流した後では、どうしてもその連中で寄り集まる。意識しなくても、自然とそうなる。
クリーオウ、そのオーフェンと合流した後にクエロやゼルガディスと出会っていたら、君は誰を頼りにする?」
「あ……」
それは、オーフェンだ。
一人でどうしようもない状況でクエロと出会い、ゼルガディスと出会い、クリーオウは二人を信頼するに至った。
だが、先にオーフェンと出会っていたら、その信頼感は生まれただろうか。
「派閥が生まれれば、それは亀裂の元となり得るか。……なるほど、私は空目の言いたいことが読めた気がする」
「私も。本気で脱出や反抗を考えるなら一枚岩になる必要がある。でも集団と集団が寄り集まると派閥が出来る。だから……」
サラに続いて発言したクエロは、ここで一拍置いた。
「ここにいる七人で一つの集団を作り出す。個々の探し人は、それに肉付けする形で加わってもらう。そういうこと?」
空目はその言葉に無表情に頷いた。
「……しかし、裏切りの確率は……」
「変わりませんね。ですが、僕はここにいる人達は信用してもいいと思いますよ」
なおも反論するピロテースに、せつらは諭すように話しかける。
「合流して終わりではなく、むしろそこからが本番ですしね。そこまで考えれば、彼の言葉通り今協力したほうがいい。
それに、合流できる確率も考えてください。そもそも合流できずに終わるよりはずっといいと思いませんか」
その言葉に、ピロテースは難しい顔をして考え込んだ。
今までの話を頭の中で整理して、自分なりの答えを導き出す。そして――
「……いいだろう。ただし、私のその後の行動は将軍次第だ」
ついにピロテースは折れた。
クリーオウの顔に笑みが浮かぶ。
残りの反対派は一人。必然的に、その人物に視線が集中する。
「さて、あとは君か。えぇと……ゼルディガス君」
「せつら君、間違えているぞ。ゼガルディスだ」
「ゼルガディスだ……みなまでいうな」
根負けしたかのように一つ溜息をつき、手を上げる。
「分かった。俺も賛成する」
ぱあぁ、という擬音が聞こえそうなほどクリーオウの顔が明るくなった。
「ありがとう、ゼルガディスー!」
「分かったから引っ付くな」
どこで選択を誤ったのだろうと思いながらクリーオウを引き剥がす。
と、こちらを見るクエロと目が合った。
(……こいつの同行を許した時、だな)
この女だけはどうにも信用ならない。
完全に信用しないという点では全員同じだが、こいつは別格だ。
この後のチーム分けで、こいつはどうするべきだろうか。
(同行して俺が目を光らせたほうがいいか? それとも……)
考えにふけるゼルガディスをよそに、会議は進行していく。
「うむ、晴れてめでたく運命共同体結成だ。では次の議題に移ろう」
幾分空気が軽くなった図書室に、サラの声が朗々と響き渡った。
【七人の反抗者】
【D−2(学校内3階図書室)/1日目・06:50】
【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式
[思考]:みんなと協力して脱出する/オーフェンに会いたい
【空目恭一】
[状態]: 健康
[装備]: 図書室の本(読書中)
[道具]: 支給品一式/原子爆弾と書いてある?(詳細真偽共に不明)
[思考]: 書物を読み続ける/ゲームの仕組みを解明しても良い
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。
【クエロ・ラディーン】
[状態]: 健康
[装備]: ナイフ
[道具]: 高位咒式弾、支給品一式
[思考]: 集団を形成して、出来るだけ信頼を得る。
+自分の魔杖剣を探す→後で裏切るかどうか決める(邪魔な人間は殺す)
【ゼルガディス・グレイワーズ】
[状態]:健康、クエロを結構疑っている
[装備]:光の剣
[道具]:支給品一式
[思考]:リナとアメリアを探す
【サラ・バーリン】
[状態]: 健康
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子
[道具]: 支給品一式/巨大ロボット?(詳細真偽共に不明)
[思考]: 刻印の解除方法を捜す/まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。刻印はサラ一人では解除不能。
※刻印についての情報を話したかどうかは不明
【秋せつら】
[状態]:健康
[装備]:強臓式拳銃『魔弾の射手』/鋼線(20メートル)
[道具]:デイパック(支給品一式/せんべい詰め合わせ)
[思考]:ピロテースをアシュラムに会わせる/依頼達成後は脱出方法を探す
【ピロテース】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:アシュラムに会う/邪魔する者は殺す/再会後の行動はアシュラムに依存
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