作:◆69CR6xsOqM
マストの上にぶら下がり続けてかれこれ5時間が経過していた。
空を彩る闇もかなり薄くなってきてしまっている。
「ああ、わたしは一生をここで終えてしまうのでしょうか……」
流石に悲嘆にくれる淑芳。
そこに良く通る一声が届いた。
「おーい、大丈夫ですかーー」
声をするほうを見やると海岸の崖の上に銀髪の青年が白馬ならぬ白犬を従えて手を振っている。
敵意のあるものがわざわざ声をかけてくることもあるまい…
…などと考える余裕もなく淑芳は慌てて声を張り上げた。
「ど、どなたか存じませんが助けてくださ〜い!」
青年はそれを聞くと犬と顔を見合わせ頷きあい、崖を駆け下りてくる。
傾斜の緩やかな場所を見計らって駆けるその身のこなしに迷いはなく、
青年はその体術においてかなりの実力を持つことが推し量れる。
全く危なげなく、砂浜に降り立つと一足飛びに甲板へと上り、マストの根元に立つ。
ここまで一分と掛かっていない。淑芳ならば崖を降りるだけで一刻は経過していただろう。
少しおくれて白犬も青年の下に到着した。
「どうする気です?カイルロッド」
「ま、見ていろよ」
カイルロッドと呼ばれた青年は太いマストに手をかざし、念を集中する。
「タ・オ・レ・ロ ――――!!」
呼気と共に吐き出した念はその掌から青銀の稲妻となって迸り、マストを直撃した!
「おお!?」
「あ、あれ?」
しかしその電撃の威力が思ったよりも弱かったのか、
それはメインマストの根元をを1/3ほど炭化させただけで終わり、カイルロッドは怪訝な声を上げる。
「なんとなく力が制限されていることは感じていたけど、これほど威力が弱まってるなんて――」
力を制御しきれていなかった当時ならともかく今の自分は完全に力を使いこなしているはずだ。
空を覆うほどの魔物を一瞬で消し飛ばしたこともある自分にとってこれはかなりの衝撃だった。
「くそ!」
思わずマストを蹴り飛ばす。
ボロッ……ミ、ミシミシ、ギギ、ギギギギギギッギーーーーー
すると炭化した部分が崩れ落ち、自重を支えきれなくなったマストが倒れ始めた。
カイルロッドたちのほうへ。
「う、うわあっ!?」
咄嗟に避けるカイルロッド。
「き、きゃいや〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「あ、忘れてた!」
淑芳の悲鳴に自分のすべきことを思い出したカイルロッドは倒れ行くマストに足を掛け
マストの頂点にいる淑芳目掛けて駆け上り始めた。
段々と傾斜が水平に近くなり…淑芳が地面に激突する寸前でカイルロッドは淑芳の襟首を掴み取り、
高々とジャンプする。
そして轟音をたてて砕け散る腐ったメインマスト。
カイルロッドはそれを尻目に空中で淑芳をお姫さま抱っこに抱え上げ、砂浜へと着地した。
淑芳は初めてカイルロッドの顔を真近に見、整った顔立ちとその精悍な表情に
(実際余裕がなかっただけなのだが)頬を赤らめる。
ふう、と一息ついたカイルロッドは淑芳を降ろそうとするが淑芳はカイルロッドの首にしがみついて放さない。
「あ、あの…もう大丈夫だから」
「ああ、はしたない所をお見せしてしまい申し訳ありません…
この身を救っていただいて有難うございます。お名前をお聞かせ願ってよろしいでしょうか?」
「カ、カイルロッド…」
何か変な娘だなぁと思いながらもカイルロッドは正直に答える。
「かいるろっど様とおっしゃるのですね。何て美しい響きでしょう。
申し遅れました。わたくし、これでも神仙のはしくれ、銀仙華児の李淑芳と申します」
淑芳の潤んだ瞳とか弱い声に何故かたじたじとなるカイルロッド。
「しゅ、淑芳か。とにかく、下に降りて落ち着いて話を…」
しかし淑芳はますます強く腕を絡めてくる。
「恥ずかしい……でも、わたしには他に礼をする術が…」
「恥ずかしいのはあなたの脳みそのほうだと思いますが」
顔を紅潮させてカイルロッドに迫っていた淑芳だが、不意に掛けられた声にきょとん、とする。
きょろきょろと辺りを見回し、カイルロッドの足元に座って淑芳を見上げている白犬に気付く。
「い、犬が喋った?」
「なんですか失礼な。喋らない犬もいれば喋る犬もいますよ。
そういう決め付けは世界を狭くすることに他ならないと思いますがね」
「お、おい陸…」
その陸と呼ばれた犬の返答を小癪と感じたのか淑芳は眉を吊り上げる。
「なんて野暮な犬でしょう。こういう時は気を利かせて姿を隠すものですわよ?」
「何故あなたに気を利かせる必要があるのですか。
そんな色気振りまいている暇があったら、この異常な状況を何とかする方法を探すほうが建設的です」
「なんですって――」
「ちょっと待った!ここはいがみ合ってる場合じゃないだろう。
淑芳、確認するが君はこのゲームに乗る気はないんだな?」
淑芳の気が陸に逸れたのを見計らって、すかさず彼女を身体から放したカイルロッドは
無理やり話を変えた。
「そんなのモチコース!ですわ。
こんな腐ったゲーム、麗芳さんや鳳月さんあたりなら パーペキに頭から湯気出して怒り狂ってますわね。
わたしも当然、このような生理的嫌悪感を掻き立てるような企て、許容できるはずもございません」
ぐっと拳を握り締めて力説する淑芳。
「よし、それなら淑芳がよければ一緒に行動したい。
君の仲間や支給品について聞かせてくれないか?」
それを聞いて、再びカイルロッドにしな垂れかかる淑芳。
「ああん、もちろんですわカイルロッド様ぁん♪」
「い、いや。ともかくそうくっつかないでほしんだけど…」
「こういうのを仲間にしても足手まといになるだけだと、思いますけどね…」
陸は溜息をついた。
「とにかく、火をおこして一服しよう」
そういってカイルロッドは淑芳を引き離し、砕けたマストの破片を集め始めた。
手伝おうとする淑芳だったが、ふと自分のデイパックに気付く。
『そういえば、わたしまだ支給品を確認してませんでしたわ』
ごそごそとデイパックの中に手を突っ込む。
そして手に何か固いものが当たり、それを掴んで力任せに取り出した。
ぴ ぎ っ
それを見て石の如く硬直する。
「ん、どうしたんだ淑芳?」
シュバッ
「ななななななな〜んでもありませんわ!オホホホホホホ」
電光石火の早業で取り出したものをデイパックに突っ込み、口に手を当てて笑う淑芳。
「そういえば、あなたの支給品はなんだったのですか?
強力な武器でもあれば、今後楽になると思いますが……」
淑芳はデイパックを後ろ手に背中に隠し、引きつった笑みで答える。
「わ、私の支給品は…は、ハズレ!そう、ハズレだったのです!
通常の配給品以外何も入っていませんでしたわ!ああ、なんて口惜しい!」
そういってどこから取り出したのか淑芳はハンカチを口にくわえて悔しがる。
その淑芳の様子に陸は首をかしげる。
「?しかし先ほど、あなたは何かを取りだ――」
「陸」
カイルロッドは陸の言葉をさえぎり、振り向いた陸に向かって黙って首を振った。
それを見て、カイルロッドを尊重してくれたのか陸はすごすごと引き下がった。
淑芳が何かを隠しているのは明らかだったがカイルロッドはそれを無理に追求したくはなかった。
隠すなら隠すなりの事情があるのだろう、必要になれば話してくれる筈だ。
そう信じて、カイルロッドは再び薪にするためにマストの破片を拾い始めた。
淑芳も黙ってそれを手伝い始める。
『こ、これは誰にも渡してはなりませんわ。
いえ、知られるわけにも参りません。
わ、わたしが隠し続けなければ……なんとしても』
淑芳の支給品。それは淑芳のよく知る恐るべき武宝具。
あたりハズレで言えば大当たりだろう。
これほど強力なアイテムは他にほとんどないだろうと思える。
それは芯の部分がデコボコに波打っている金属製の棒で握りのところに紅い房がついている。
これこそは彼女の師であり天界の重鎮・太上老君の鍛えし『雷霆鞭』だった。
持ち手によって威力が増減するとはいえ、その威力は凄まじく
淑芳程度の者が使用しても大地に大穴を空けることが可能であるのだ。
これがもし、悪しき力を持つ者の手に渡ったら……考えたくもない。
持つ者次第ではこのおよそ一里四方の島など一撃で吹き飛ばしかねない。
威力範囲を絞っても、これで人体を叩くものなら例えどのようなものが相手であろうと必殺だ。
『絶対に、絶対に知られてはなりませんわ……』
彼女は小さく震え、背負ったデイパックのベルトを握り締めた。
【B-8/海岸の崖、その直下の難破船/一日目、05:25】
【李淑芳】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式。雷霆鞭。
[思考]:雷霆鞭の存在を隠し通す/カイルロッドに同行する/麗芳たちを探す
/ゲームからの脱出
【カイルロッド】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式。陸(カイルロッドと行動します)
[思考]:陸と共にシズという男を捜す/イルダーナフ・アリュセ・リリアと合流する
/ゲームからの脱出
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