作:◆a6GSuxAXWA
洗い場に皿を放り込んで戻る途中、窓の端に何かが見えた。
茂みの陰に、黒い上着――身を翻して、奥の部屋へ。
「誰かいる、起きろっ」
「…………!」
緊迫感に満ちた、しかし静かなその一語に、風見は一気に覚醒した。
油断無く銃を取り、デイパックを背負って身構える。
景もデイパックを背負い、ナイフを手に。
「東方向、外。茂みの陰に黒い上着が見えた」
そんな説明に、風見は頷く。
「東っていうと正面玄関ね。逃げるなら南の店舗か、北の勝手口か……それとも西の窓?」
二人が判断を下す前に、まず音がした。
東側から、硝子の砕ける音。
「窓を破るとは、あまり平和的にも思えないが――どうする?」
思案気に呟く景に、風見は一語で応じる。
「逃げるわよ」
そのやりとりと共に、壁に背を預けて風見が慎重に移動を開始。
向かう先は西の店舗。
雑多な品々が並べられた店ならば、逃げるのにも隠れるのにも便利だろう、と。
景も頷き、後を追う。
家は破砕音の後は静まり返っており、かえって不気味な印象だ。
しぃん、と静まり返ったその家を、無言で移動する。
周囲の安全を確認し、未だ正体不明の客人に注意を払い――
西の店舗に繋がる扉に達した時には、思わず二人の口から安堵の吐息が漏れた。
「さて――」
風見が銃を構えて警戒を続ける中、静かに積み上げた椅子のトラップを降ろす。
景の作業の終了を確認し、風見が扉に手をかける。
「開けたら一気に走り抜けるぞ」
「了解……途中でバテないでよ?」
――そして、扉が勢い良く開いた。
「…………え?」
見えたのは、黒いジャケットを着て、腰をベルトで締めた十代の少年。
その黒い瞳には、紛れも無い殺意が宿っていた。
腰だめに構えられた散弾銃の銃口は、こちらが扉を開ける瞬間を狙っていたらしい。
そして引き金が絞られる様子が、やけにゆっくりと見え――
銃声と共に、扉が砕けた。
しかし、風見は既に扉の前にはいない。
その身は脇に押し倒されていて、
「ぐ……ぁああああああああッ!」
眼前には血染めの景が居た。
また、助けられたらしい。
ぼんやりと頭のどこかが呟くが、身体が動かない。
そんな中、景は獣じみた咆哮と共に右手のナイフを投擲。
その動作によって風見の視界に入った左肩や脇には、大量の硝子や木片が刺さっていた。
そして、景の投げたナイフが散弾銃の銃身に弾かれ、びちゃりと景の血が頬に付着するに至り、風見は正気を取り戻す。
「く――ッ!」
身を起こす。
こちらが銃を構えるのに気付いて物陰に飛び込んだ相手に、数発の威嚇射撃。
先程の椅子を倒し、左手で景の肩を抱えて全力で逃げる。
二発ほど散弾銃のものとは違う銃声がしたが、幸い風見の頬を掠めた程度だ。
風見はマガジン一つの残弾を使い尽くし、後方に盲撃ち。
廊下の角を曲がり、景の歩調に合わせて走り、走り――
東の窓の傍には、硝子片と共に小さな小石が落ちていた。
が、それだけだ――誰も侵入などしていない。
「御免、私のミスよ。いつから見られていたかは分からないけれど……こっちの行動を見越して待ち伏された」
それを見て言いながらも、近くの雨戸を蹴破ってその向こうへ。
「気に、しないで、いい……それより……きみは、だいじょ……ぐ……」
「喋らないで!」
支える風見の左手にも、ぬめった血の感触。
重傷の景を連れては、遠くへは行けない――何処に逃げるかと庭を見渡せば、都合良く地下へのものらしき扉が見えた。
金属製の錆の浮いた扉を開けて、再び閉め、懐中電灯をつけて階段を降る。
恐らく、景の血の痕が点々と残っているだろう。
それを目印にした追撃の可能性を考えて、せめて迎え撃てる場所まではと降り続ける。
階段の最後の一段を降り、周囲を見渡す。
遠く広がる洞窟らしきものと、水を湛えた湖があった――地下水脈、だろうか。
「もう大丈夫――すぐに治療を……」
追って来る気配が無い事を確認して、風見は景を階段脇に横たえる。
「し、ないで、いい――もう、無駄、だろう?」
「…………」
風見は無言。
確かに懐中電灯で照らした景の出血は、救急箱程度ではどうにもならないものだった。
今も、じわじわと景の周囲に赤い血だまりが広がっていく。
「海野さんを、手伝ってあげて、欲しい……あと……甲斐が、馬鹿をしていたら、遠慮は……いらな、い……」
景の瞳が、徐々に光を失っていく。
風見は、景の手を握って頷く。
濃厚な鉄錆の香りも何も、もはや二人の意識には無い。
「緋崎、正介は、危険……だから、近付くな……君は、生き延びる事を、優先して……」
ふと、風見は己の視界の歪みに気付く。
ぽたりと、握った手に液体が落ちた。
「泣い、て……いる、のか……?」
「馬鹿ね。私が泣くわけ、ないじゃないの――アンタみたいな、見ず知らずの他人に、何で……」
風見の言葉に構わず、ありがとう、と景は呟いた。
ぽつり、ぽつりと零れる雫の下で、景はゆっくりと風見を見上げた。
その瞳に映っているのは風見ではない、誰か。
「ぁ……さちゃ……ごめ、ん」
ゆっくりと、景の唇が動く。
右手がゆっくりと、震えながらも恭しく、空を掴むように伸ばされて――
「……なたを……まも、れ……」
景の右手が、力を失った。
それが、魔法使いであり騎士であり語り手であった少年の最後となる。
少女の嗚咽を刻み、懐中電灯の光の向きはゆらゆらと定まらない。
――周囲の影が少年の死を悼むように、ぼぅ、と揺らいだ。
【C−3/商店街(及びその地下の湖)/一日目/09:52】
【物部景(001)死亡】
【残り90人】
【キノ (018)】
[状態]:通常。
[装備]:カノン(残弾無し)、師匠の形見のパチンコ、ベネリM3(残り5発)
ヘイルストーム(出典:オーフェン、残り18発)、折りたたみナイフ
[道具]:支給品一式×4
[思考]:最後まで生き残る。
【風見千里(074)】
[状態]:健康だが血塗れ。景の亡骸が傍らに。精神的にダメージ?
[装備]: グロック19(弾切れ)、予備マガジン一本(弾は十分に)、頑丈な腕時計
[道具]: デイパック&景のリュック(合わせて支給品一式、缶詰四個、ロープ、救急箱、朝食入りのタッパー、弾薬セット)
[思考]: 1.安全な所まで逃走。 2.景を埋葬。 3.仲間と合流。
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