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第205話:剣の咆哮

作:◆3LcF9KyPfA

「面白くないな……」
つい今しがた佐山達と別れたギギナは、不機嫌を隠そうともしない仏頂面で歩いていた。
「既に23人も死んでいるというのに、未だ強き者と戦えんとは……」
ぶつぶつと呟きつつ、あまりにも不機嫌が煮詰まり、
いっそ見晴らしのいい平野へ出てみようかとギギナが考えたその時。
南東の方角から、話し声が聞こえた。こちらへと向かいつつ。

「だからだな、この世紀の大天才にして智略家のコミクロン様としては、
やはり商店街や学校なんかよりも城へ向かうべきではないかと思うのだが」
「大天才にして科学者なんじゃなかったのかよ……」
「些細な問題だな。なにしろ大天才だし」
言って、コミクロンは自信満々に腕組みをする。
「……まぁいい。だが城は駄目だ。あまりにもあからさま過ぎて、逆に危ない奴が集まってるかもしれん」
「しかしだな……学校というのはその……
いや、決して学校に良い思い出がないからとかそういう訳でないぞ、念のため」
「良い思い出だろうが最悪な思い出だろうが、とにかく北西だ。
食料はともかく、飲み水を確保できる場所は見つけておかなきゃならんしな」
「くっ……まるでキリランシェロと話してる気分だ……」
「……あぁ、オレもそのキリランシェロとやらに同情するぜ……」
「ちょっと待て、それはどういう――っ!?」
言いかけて、コミクロンが不意に立ち止まる。
ヘイズも同様。進行方向正面を凝視し、微動だにしない。
その視線の先にあるのは――
「貴様等は、強き者か?」
銀髪の美丈夫が、漆黒の剣を携えて立っていた。


「さぁ、な。そいつはお前さん次第だろうよ」
ギギナが声をかけた二人のうち、赤髪の方が答えてくる。
(良い傾向だ。視認より先に直感で感じたか。
そして臆してもいない。良いな、実に良い)
ギギナはそう判断すると剣を構え、名乗りを上げる。
「我は誇り高きドラッケン族の戦士、
ギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフ。貴様等の名を聞こう」
わずかの沈黙。ギギナとの話し合いが成立しそうにないと判断したのか、二人が名を告げる。
「欠陥品の魔法士、ヴァーミリオン・CD・ヘイズ」
「牙の塔、チャイルドマン教室の大天才にして科学者、コミクロン」
「ではいくぞ、強き者よ」
歓喜の笑みをその美貌に張り付かせ、ギギナは疾走する。

――迅い!?
零から瞬時にトップスピードへと移るギギナを見て、ヘイズは焦る。
(I−ブレインの動作効率を60%から95%に再設定!
くそっ、演算間に合うか!?)
上手くギギナを切り抜けても、また別の殺人者に遭うかもしれないと温存を考えていたヘイズだが、
そんな悠長な事を言っていられる相手でもなさそうだった。
それでも動作効率を95%より上げないのは、せめてもの譲歩だろうか。
……だが、おかしい。何かがヘイズの焦りを後押ししている。
と、考えている内にもギギナとの間合いが詰まっていく。現在3メートル。
とてもではないが、手に持った石の破片程度では一時凌ぎにもなりそうにない。
(演算まだかっ!?)
<予測演算成功。『破砕の領域』展開準備完了>
「――ハァッ!!」
ヘイズの焦りとI−ブレインの演算完了とギギナの踏み込み、その全てが同時に放たれた瞬間――
世界が、壊れた。


「コンビネーション4−4−1!」
ギギナの剣がヘイズに届こうとした瞬間、コミクロンの魔術が炸裂する。
――空間爆砕。
一定範囲の空間そのものを歪ませ、その圧力と、
空間が元に戻ろうとする反作用のエネルギーで対象を吹き飛ばす力技。だが……
(ちっ! こーいうのはアザリーやキリランシェロの専門だろうが!)
コミクロンの視線の先、一見して大した外傷も無く、ただ爆圧に圧されて吹き飛ぶギギナが見えた。
能力の制限に加え、元々あまり得意でない構成だったために、思っていた程の効果は発揮されなかった。
そして、
「おい、コミクロン! もっとスマートな技はないのか!?」
余波を受けて飛ばされたヘイズが叫んでくるが、無視。更に追い討ちの構成を編もうとして――
「うそだろ、おい!?」
コミクロンが、戦慄の声を上げた。

コミクロンに不満を叫んだ直後、ヘイズは自分の焦りの原因を悟った。
「……やべぇ」
ヘイズの目には、空中で身を捻り、激突するはずだった木を足場にして、
コミクロンへと向かい加速するギギナの姿が映っていた。
そして、I−ブレインからは恐るべき内容の演算結果が送られてくる。
(奴の周囲にある空気分子の動きがおかしい……この結果を信じるなら、
オレと同じような体格で体重が三倍以上ある計算になるぞ……
一体どんな細胞密度してやがんだ、くそっ!)
「コンビネーション2−5−2!」
考える間にも、コミクロンが魔術を放つ。が、ギギナは疾走状態から更に身を低くし加速すると、
コミクロンの放った光熱波を紙一重で避ける。


(戦闘技術……いや、戦闘経験も洒落になってないな。二足歩行する、知能を持った猛獣ってとこか……?)
四の五の言ってる場合ではなくなった。I−ブレインの過負荷を考えていたらこの場の命も危うい。
<I−ブレインの動作効率を120%に再設定。『虚無の領域』展開には演算速度が足りません>
最大の武器が使えないが構わない。
この場を切り抜けても、I−ブレインが過負荷でシャットダウンしてしまうがそれも構わない。
とにかく、全力でギギナを退けなければならない。
I−ブレインを全開にすると、コミクロンを援護するべくギギナへと疾走を開始する。

「「――オォォォォォォ!!」」
コミクロンとギギナの声が重なる。
ギギナは、疾走の勢いを殺さないままに身を捻り、加速度と遠心力と己の筋力の全てを剣に乗せ、真横に一閃。
コミクロンは気合を魔術の媒体とし、光の網で作り上げた盾をギギナの剣閃にぶつけると、後ろへと跳ぶ。
ギチ、と嫌な音を立てギギナの剣が一瞬止まるが――
「オオオアァァァァァァ――!!」
構成の練り込みが足りなかった。
裂迫の気合と同時、ギギナの剣が盾を抜け、コミクロンへと牙を突きたてる。
「――ァァァァ!!」
ギギナが放った気合の残滓の中、コミクロンの目に斬り飛ばされる右腕が見えた。
だが、それはただ飛んで行く右腕が見えたというだけ。コミクロンの認識が追いつかない。
そして――
「っぐあ!? あ……あぁ……うぅ」
コミクロンの中で、何かが弾けた。心が壊れる。精神が喰い破られる。
一拍置いてコミクロンが右腕の痛みを自覚した時には、膝から力が抜けていた。

(ちっ! 間に合わなかった!)
眼前、腕を斬り飛ばされたコミクロンを見つつ、ギギナの方へと腕を伸ばし――
<予測演算成功。『破砕の領域』展開準備完了>
ヘイズが、指を鳴らす。

パチンッという小気味良い音が広がり、音の波が論理回路を形成していく。
そして理論回路が完成すると同時、コミクロンに止めを刺そうとしていた剣が弾かれ、
ギギナ自身も苦悶の声を上げて片膝をつく。
「貴……様、何をした……」
ギギナの声は無視。コミクロンと右腕を拾い、肩に担いで逃げ出す。
腕と一緒に飛ばされたコミクロンのデイバッグまで拾っている余裕はなかった。
脱兎の勢いで、ヘイズはその場を後にする。


「ふふ……ははは、最後に逃げ出したことはいただけないが、強き者だったな。
奴等がまともな武器を手にすれば、次はドラッケンの誇りを賭けるに相応しい闘争が望めるかもしれん」
ヘイズ達が視界から消え、ようやく身体の痺れが完全に抜けたギギナが呟く。
「……いいだろう、今は時間をくれてやる。精々良い武器を探すがいい」
ギギナは魂砕きを拾うと、その場を後にした。


「……コンビネーション1−1−9」
ギギナから逃れ、ようやく精神的なダメージから復帰したコミクロンが、魔術で腕を繋げる。
傷口が塞がり、腕には古傷のような引き攣れが残るだけになったが……
「駄目だな、これは。右腕はもう動かないだろう……くそっ! なんなんだアイツは!?
一体どこの怪人だ畜生!」
コミクロンが叫ぶ。右腕を全力で動かそうとしてみるが、指先が僅かに動く程度で、鉛筆すら掴めそうになかった。
こと医療関係の構成にかけては、予定ではなく大陸一を自負していたコミクロンだったが、
それでも腕を繋ぎ傷口を塞ぐだけで精一杯だった。
「それにあの剣、情報硬度が異常に高かった……俗に言う“魔剣”ってやつか?」
ヘイズも呟く。最後の最後、I−ブレインの凍結と引き換えに放った全力の『破砕の領域』だったが、
ギギナは勿論、その武器さえも壊すことが出来ずにいた。
「なんにせよ、オレ達はこれで戦闘能力が殆ど無くなったな……」
「あぁ、流石の大天才も、もうこれ以上の戦闘はできん。どうする、ヴァーミリオン?」
「……とりあえず、デイバッグを拾いに戻るのは却下だな……」
ギギナが追ってこないとも限らないので、二人は更に移動する。

【F-5/森の中/一日目06:40】

【ギギナ】
[状態]:軽傷(戦闘行動に支障はない)
[装備]:魂砕き
[道具]:支給品一式
[思考]:更なる強き者を探し、放浪

【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:やや疲労、I−ブレインが休眠(約三時間)
[装備]:無し
[道具]:支給品一式
[思考]:少しでも遠くまでギギナから逃げる
[備考]:刻印の性能に気付いています。現在I−ブレインが使えません。

【コミクロン】
[状態]:かなり疲労、軽傷(傷自体は塞いだが、右腕が動かない)
[装備]:無し
[道具]:無し
[思考]:少しでも遠くまでギギナから逃げる
[備考]:出血多量につき、激しい運動をすると貧血を起こす可能性があります。
魂砕きによる精神的ダメージが完全に抜けていないので、大規模魔術が使えません。
服が赤く染まっています。

【F-5の森の中に、コミクロンのデイバッグ(エドゲイン君1号入り)が落ちています】
【ヘイズとコミクロンの逃げた方向は、次の書き手に委ねます。ただしサッシー捜索隊に支障が出るので北は不可】

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