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第194話:竜を殺す者、諭す者

作:◆J0mAROIq3E

「――クエロはともかく、ガユスが死んでいないとはな」
 G-6南東部の木の上で休息を取っていたギギナは無表情に呟く。
 攻性咒式士としては並以上のガユスとはいえ、魔杖剣を取り上げられれば無力だ。
 それこそ眼鏡の付属物といっても過言ではない。
 眼鏡まで取り上げられていたとしたらそれこそ何も残っていないだろう。
(そうか、つまり眼鏡を取った時点で存在が消えたのだからわざわざ放送で呼ばなかったのかもしれんな)
 それは我ながら納得のいく理由のように思えた。
 
 休息は十分と判断し、ギギナは音もなく森へと下りる。
 恐らく島の中心部に人間が集まるだろうという予測の下、ギギナは北西へと歩を進めた。
 闘争の予感に戦意は高揚し、同時に思考と感覚は氷のように冷めていく。
 そして、
「……いるな」
 鋭敏な聴覚はすぐに自分以外が落ち葉を踏む音を捉える。
 強敵であることを望み、ギギナは急ぎもせずそちらへと歩んだ。


「――新庄君や風見が無事で何よりだが、馬鹿もなかなかどうしてしぶとくて結構なことだ」
 H-5の森の中、死角となる木々の間で佐山はやれやれと呟く。
 しかし、思った以上に死者が多い。
 殺さなければ死ぬという煽りは、陳腐だが有効だったようだ。
「詠子君、君の知り合いは無事かね?」
「うん。一人しかいないけど名前は呼ばれなかったよ」
「その人の名は? 探すのであれば助力は惜しまないが」
「空目恭一君。うーん……私はあの子が気に入ってるから探してあげたいんだけどねぇ」
 もっとも向こうは私に会いたくはないだろうから、と詠子は苦笑する。
(片思い、いや、別れた恋人という線もあるか)
 妄想を逞しくし、佐山は深く俯く。
(極限の状況下で二人はすれ違い、しかし目覚めた野性は思いを素直な言葉へと換えてああっ、ああっ!!)
 くねくねと奇怪な動きをする佐山に詠子は首を傾げる。
「……おっと失敬。では北上しようか。疲労はまだあるかね?」
「大丈夫だよ。森の散歩はよくしてるからね」
 では行こう、と背を向けた佐山を追わずに詠子は先ほど手に入れたアセイミを取り出す。
 人差し指に刃を軽く突き立て、膨れた血の球を森に一滴だけ落とす。
 異様なほどに紅い魔女の血。それは柔らかな腐葉土へとささやかに染み込んだ。
 それを見届け、僅かな血を同じ色の舌でゆっくり舐め取ると、何事もなかったかのように歩き出す。

 そして、二人と一人は遭遇した。

「……初めまして、だね?」
「……貴様は?」
「貴様と呼ばれる屈辱を噛み締めて貴様に答えよう。
 私は佐山・御言。好きなものは新庄君で趣味は新庄君、好物は新庄君という慎ましやかな男だ」
(ハズレか。いや、万が一強かったとしてもこれはハズレだ)
 持って回った言い回しが嫌な人間を連想させる。
「ギギナ。ドラッケン族の剣舞士だ」
 言って、抜き身の大剣を見せる。
 が、白髪混じりの少年と、こんな状況で微笑みを見せる少女は逃げ出す素振りも見せない。
「ふむ……ギギナ君、といったね。君はこのゲームに乗っているのかね?」
 もっともな質問だった。嘘をつく理由もなくギギナは正直に答える。
「そうとも言えるし違うとも言える。私の興味は強き者との闘争にのみある」
 貴様はどうだ? とばかりに緩く構えると、佐山は一つの動きを見せた。
 苦笑。
「やれやれ。この状況でブレードハッピーとは呑気なものだね」
「それが我らドラッケン族というものだ。……そもそも貴様が言えたことか」
 少なくとも緊張感という意味ではギギナ以上に佐山の方が欠けている。
 さらに言うなら木の上の鳥を珍しげに見上げている少女にそんなものは存在しない。
 この場にガユスがいたならギギナの美貌にまるで見とれないことに驚愕しただろう。
 刃を前にしてこの脱力、それは余裕なのか無知なのか。
「問うよりは……試すべきだな」
 呟きは神速の斬撃と共に放たれた。

 竜殺しの一族に相応しい重く速い斬撃。
 魂砕きの刃はコンマ以下のぶれもなく佐山の肩口へ降り注いだ。
  
「……何故避けない?」
「当てる気のない攻撃を避けることに何の意味があると?」
 黒い刃は、佐山のスーツの生地を傷つけることなくその肩に触れていた。
 ギギナの美しい貌が歓喜に歪む。
「……成る程。馴らし程度の相手にはなりそうだな」
 それは取りも直さず殺し合いの申し出だった。
 対する佐山はつまらなそうに鼻を鳴らす。
「つまるところ、君は私と戦いたいのだね?」
「そういうことになるな。少なくとも場慣れはしているよう……!?」
 刃を鬱陶しがるように横に一歩動いた佐山の姿が掻き消える。
 歩法と呼ばれる2nd-Gの技能をギギナは知らない。
 よもや背後を取られたかと振り返ると、さらに背後……元の場所から肩を叩かれた。
 殺気を込めて再び正面を向くと、佐山の爽やかな笑顔があった。
「……だが断る」

 何なのだこいつは……!?
 ギギナは不理解に苛立つ。
 煽るように姿を消してみせ、不意打ちできる状況を作りながらも軽く流して戦う意志はないと言う。
 行動に一貫性がない。まるで相棒の眼鏡のようだ。
「まぁ落ち着きたまえギギナ君。私は寛大だが礼には厳しくてね。
 刃物を人に向けてはいけないというのは子供でも守る礼儀だよ?」
「このゲームはそういうものだろうが」
「ならば私と君に限っては違うということにしたまえ。まずは平和的に行こうではないか」
 底の見えない佐山に警戒感は高まるばかりで、戦闘態勢は解けない。
 が、ペースを意図的に乱されていることには気付けもしない。
「ドラッケン族と言ったか。察するに異世界の戦闘民族と見るが……
 戦闘行為に誇りを抱く類の種族かね?」
「その通りだ。故にこのゲームとやらは非常に都合が良い。……楽しめる人間も多そうだしな」
 常人なら迷わず逃げ出す威圧感を、佐山は受け流す。
「ならば尚更剣を収めたまえ。戦う意志のない者への一方的な戦闘に誇りなどあるまい」
「……貴様ごときがドラッケン族の誇りについて語るな」
「では問おう。その誇りは何に因るものかね。まさか弱い者虐めに因るものではあるまい?」
 嘲るような言い回しに火が点きかけると同時、後ろにいた少女が喋った。
「誇りというよりはプライドなのかな。ちょっとしたニュアンス違いだけど。
 竜殺しの血族に生まれながら普通の人の血が混ざってることへの反発心、とか
 だから他のみんなより強者であることを結果で示したいんだね?」
 瞬間。ギギナの敵意はすぐさま少女へと向けられた。

「……娘。貴様は私を知っているのか」
「ううん、初めましてだよ。私はただ“見えた”だけ」
 切っ先を向けられ、少女はやはり微笑むだけで動じない。
 一見常人に見える二人の異常性にギギナの苛立ちは募るばかりだった。
「ああ、紹介が遅れたね。そちらは詠子君。私の友人で夢いっぱいの不思議少女なのだよ」
「名前などどうでもいい! ……貴様、私の何を見たというのだ」
「見えちゃうのは不可抗力だから怒らないでほしいんだけどな。
 ふふ、血に刻まれた物語に歪められて自分を律する辺りはガラスのケモノさんにそっくりだね。
 さしずめあなたはツルギのケモノさんかな?
 優しさに苛立ちを、悪意に殺意を、慰撫に刃を返す飛び切り攻撃的なケモノさん」
「知ったような口を……!」
 だが、少女の唇から紡がれる言葉は妙に納得のいくことばかりだった。
 ガラスのケモノ云々は分からないにしても、何故初見でここまで見破れるのか不気味なほどだった。
 佐山が眼鏡の相方なら、見透かすような詠子の口調はどこぞの眼鏡枢機卿を思わせる。
「竜殺しとはまた物騒な話だね。竜とも交渉する平和主義者には理解できない世界だ」
「竜が人間側の視野に存在する世界か……行ってみたいなぁ」
 それぞれ好き勝手に話す言葉の一つ一つがギギナの闘争心をぼかしていく。
「……その、口調」
「芸風だが癇に障ったなら謝罪しよう」
「……眼鏡をかけてたら叩き斬っていたところだ」
 消えはしない攻撃性だが、少なくともこの二人はもはやどうでもいいような気がしていた。

「さて、では結論を聞こう。……君はお気楽ゆるるんの我々と事を構えるつもりかね?」
「興が一切合切削がれた。いかに強かろうと貴様らとは二度と会いたくない」
「嫌われたものだ。どう思うね詠子君?」
「悲しいことだけど、馴れ合いを嫌うのはケモノのサガなんだなぁ」
 付き合ってられん、とギギナは裾を翻す。
 その背に尚も言葉は浴びせられる。
「1日目と2日目の境。狭間の時間。鏡の中と外が入れ替わる。そうして、もう二度とは元の形に戻らない――」
 奇妙な節で歌うように紡がれた言葉は、その不明さにも関わらずギギナの耳に残った。
「……どういう意味だ」
「“魔女”は気紛れだから、言うこと全てに意味があるわけじゃないよ。
 今の時点ではただの……そう、ただの戯言とでも思っていてほしいかな」
 嘆息し、ギギナは足早に北上する。
 長いリーチの歩みはその姿をすぐ見えなくした。

「……では私たちも予定通り北上しようか」
「ツルギのケモノさんも行っちゃったけど、いいの?」
「なに、問答無用の不届き者は彼がいい感じに露払いしてくれるだろう。小狡く行こう」
 ごく自然なペースで移動を開始し、そういえばそろそろ切君の時間だなと佐山は思った。
 詠子もまた歩き出し、ついでにまた一滴だけ血の雫を島へと染み込ませた。


【座標G-5/森/時間(一日目・6:20)】
【佐山・御言】
[状態]:健康
[装備]:Eマグ、閃光手榴弾一個、メス
[道具]:デイパック(支給品一式+食料と飲料水をもう一人分)
[思考]:1.仲間の捜索のため北上。2.男装の運君だったのか女装の切君になるのか、ああっ、ああっ!

【十叶詠子】
[状態]:健康
[装備]:魔女の短剣、『物語』を記した幾枚かの紙片
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:1.元の世界に戻るため佐山に同行。2.物語を記した紙を随所に配置し、世界をさかしまの異界に
出展:魔女の短剣(アセイミ)@Missing

【ギギナ】
[状態]:健康(不機嫌)
[装備]:魂砕き
[道具]:荷物一式
[思考]:強くて戦意のある者に会うため北上

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