作:◆eUaeu3dols
一台のモトラドが、城へと向かって走っていた。
「……少し、揺れが激しかったわね。でも、慣れない乗り物を乗りこなす事は誉めて遣わすわ」
「ぼくの教え方が良いからだね。何度か冷や冷やしてるけど」
「うるさい! 次はあんたが運転しなさいよ」
「あら、あたくしあなたが斬りかかったせいでまだ片手が使えなくてよ。
あなたが運転するのは必然の理ではなくって?」
「こ、このぉ……!」
少々賑やかに。
「それで、着いたらエルメスはどうする? 止めとく?」
「あ、ぼくも入れて欲しいな。キノの時は、ホテルだって一緒に入ってたんだ」
「……似合わないわ」
ダナティアは想像した。……それは何やら、とてもシュールな光景に思えた。
「……待って」
城が大きくなってきた時、ダナティアはリナを制止した。
「右手を見て。真右のずーっと向こうの方」
「右? 別に何も……むむっ」
マップを取りだし、二人して覗き込む。
そして、二人して手で顔を覆い「あちゃー」と盛大に顔を歪めた。
「……見逃していたわね」
「……見逃していたわ」
「ねえ、何を見逃してたのさ?」
「「崖」」
マップへの記載が細かかったとはいえ、色々と人生経験豊富な2人が見逃した事は
あんまし意味の無い運命の悪戯と言ってもよかった。
そのまま気づかなければ行動に変化が出ていた辺り、実に中途半端な偶然である。
崖の存在は、南北間の移動を大きく制限していた。
北に抜けようと思えば、今彼女達のいる道を通るか、東の森を通るしかないのだ。
そして、南西からの移動者全てを見通すポイントが一つ存在した。東の森の南西端だ。
元々、城の確認もそこが移動の要だったからに過ぎない。そして、そこからは城も見える。
彼女達は城を前にして左折し、森へと向かった。
(悠二のせいだ……)
悠二が自分に気づかずに城を脱出する時に取り残された。
挙げ句に強い殺意を持つのに何故か“殺し”の気が読みにくい女
――誰かに強制されているようだ――と城に取り残された。近づかなかったが。
その事を思い返すと、少し呼吸が苦しくなり、腹の奥がズキズキする。
(どこ行ったのよ……!?)
城門はまるで開かず、炎の翼を作って飛び越えようとしたが、それもうまくいかない。
もう何度も使い慣れたはずの炎の翼がまるで作れず、ようやく作れた小さな翼は、
城壁を目前に何か薄っぺらい壁のようなものにぶつかり、へし折れた。
(せっかく脱出したのに……)
1時間以上手こずった後、外から力ずくで城門が開かれた。
が、5人のよく判らない一行が入った後、すぐ閉じられた。
しかし、一度開放された事で城壁の壁もまた弱まったのに気づき、更に30分以上、
物陰で城壁相手に炎の翼で激闘を繰り広げ、何度も墜落しながら脱出に成功した。
だが、そこで途方にくれてしまった。
東・西・南・北。少年がどの方向に移動したのかまるで判らなかったのだ。
(悠二……置いて行かないでよ)
一つでも方向を潰そうと、まず東に走った。
感覚は乱されていたが、さっき一度、著しく接近した事により、
《次は、近づけば判る》――根拠は無いが、そんな気がした。
しかし、東は外れだった。
何か禍々しい気配と、青龍堰月刀を携えた男を見つけ、東は無いと確信した。
感知力に優れた悠二があんな禍々しい気配に近づくはずがないからだ。
それなら城の時に自分の存在にも気づいたはずだ、とは思い当たらなかった。
シャナの思考と判断は確実に鈍っていた。
悠二にあと一歩まで近づきながら、彼が自分を置いていってしまった。
その焦りが、彼女を城の他の出口を簡単に捜しただけで諦めて城門に挑戦させ、
危険人物パイフウの居る城内に侵入した5人を放置し、
本来ならフレイムヘイズである彼女が放っておかない美姫の存在を無視させていた。
(おいていかないで! 悠二!!)
シャナは、悠二は東に居ないと判断し、城の方角へ転進した。
ダナティアとリナはG−5エリアの森の南西角に簡単な拠点を構築する事にした。
「霊呪法(ヴ=ヴライマ)!」
モコモコと大地からゴーレムが生まれ、そのゴーレム達が組み合わさる。
これぞリナちゃん簡単お手軽三分間クッキング。もといビルディング。
「……趣味が悪くてよ」
「そんなこと言うなら、あんたが装飾しろ」
間違っても住まいにはしたくない気持ち悪さ抜群の小屋だった。
心地よさではおそらく廃屋とどっこいどっこいであろう。
「言われるまでもないわ。――風よ」
ダナティアの術が、森の奥から落ち葉を吹き寄せ、土小屋にへばりつく。
これまた楽ちんカモフラージュであった。
こうして、拠点小屋の屋内のランクは廃屋から激安アパート程度にランクアップした。
(……これ、何?)
それに遭遇し、半ば暴走状態に有ったシャナも流石に立ち止まった。
ほんの1時間と少し前には何もなかった場所に異常な物がそびえている。
見た目は葉の塊。森の外からこれを見つける事は難しいだろう。それは良い。
だが、その形は無骨な人型が組合わさったような箱形であった。
……芸術的なまでに歪だった。例を挙げるとムンクの叫び。
「…………悪趣味」
「言わないでちょうだい!」
「ちょっと、これの何処が悪いのよ!」
シャナはムンク達に遭遇した。
ムンク小屋に戦意を削がれたシャナは、ダナティアとリナと割合平和的に会話していた。
「それじゃ、坂井悠二は知らないのね?」
「知らないわ」「知らないわね」
「それじゃ、さよなら」
立ち去ろうとするシャナの手をリナが掴んだ。
「待ちなさい。アテは有るの?」
「東には居なかった」
「それだけ?」
「……3時間前に、城から出た」
「3時間有れば島の逆隅まで行けるじゃない」
「………………」
(これは……イケる)
リナの目が光った。ダナティアに目配せをし、この交渉を取り仕切る。
「あたし達は主催者と戦う為の力を集めているわ」
ダナティアが少し渋い顔をした。
ダナティアの目的はより多数での生存。リナは主催者を倒す為の戦力の集中。
その目的も手段も極めて似通っていたが、微妙に違いが有るのだ。
「わたしには関係ない」
「闇雲に捜しても見つかる可能性は低いわ」
「…………」
「あたし達は群を作るつもりよ。多くの人に出会えば、情報も多く集まるわ」
「自分でも訊いて回るからいい」
「見たところ、交渉が得意には見えないわね」
確かにシャナは、これまで他の参加者と殆ど会話せずに走り続けていた。
「この場所の意味は判るかしら?」
「え?」
「あたくしが説明してあげるわ」
手持ち無沙汰にしていたダナティアが地図を広げ、解説する。
この場所の意味。禁止区域の発生とそれに伴う通過人数の増加。
シャナの表情が引き締まる。
確かに、ここは合理的な場所だった。
「正午まで付き合いなさい。損はさせないわ」
「……………………判った」
(よーっし、交渉成功!)
リナは内心でガッツポーズを取った。
彼女のなけなしの名誉の為に断るなら、別に悪意は無い。
坂井悠二が城から脱出した3時20分頃にまだ禁止区域は発表されていない。
それを考えれば、南や西方面に移動した可能性は十分に存在し、
その場合、ここを通って北に移動する可能性も低くはないと見ていた。
かつ、正午まで体力を回復しながら通行人の様子を見る事ができる。
もちろん、自分達にとっても戦力の充実(正午には一緒に北に移動すれば良い)、
見張り番の交替など、大きなメリットが存在する。
あくまで互いに利益のある交渉結果を引き出したに過ぎないのだ。
坂井悠二が僅かに北西の森に居るなど完全に考慮の外だった。
「それじゃ、早速……」
シャナは壁の見張り所に歩み寄り、しかしダナティアがそれを止めた。
「……何?」
「待ちなさい。あなた、そんな様で見張りをするつもり?」
(そんな様?)
首を傾げる2人に、ダナティアは溜息を吐いた。
「リナ、抑えなさい!」
「え……!?」
困惑しながらもリナはシャナを抑えこむ。
「こ、この程度……!」
振り解こうとするが、何故かまるで力が出ない。
ダナティアはシャナの服に手を掛けると
「や、やめ……」
一気にまくり上げた。
「なによこれ、内出血してるじゃない」
「え……」
シャナの腹部には無数の赤い斑点が浮き出ていた。
きょとんと首を傾げる。しばらく考えて思い出した。
もう4時間以上前に、腹部に至近距離から散弾銃の直撃を受けていた事を。
だが、それはもう治りかけていたはずだ。
それを話すと、ダナティアは呆れた。
「よく生きているわね。それだけでも称賛物だわ。
で……その後、強い衝撃を何度も受けたり激しい運動をしたわね?」
した。
城内の遭遇では粉砕された床から階下に墜落し、
脱出時には炎の翼で城壁と激闘し、何度も墜落した。
ずっと走りっぱなしだったし、さっきまで一息に5km以上の距離を走り回った。
「疲労の方の主な原因はそれね。痛みは感じなかったの?」
感じなかった。悠二の事で頭がいっぱいで他に何も考えなかった。
いや、一度だけ、腹の奥でズキズキとした痛みを感じた。
精神的な物だと思いこんでいた。
ダナティアは心配2割、呆れ8割でシャナに診断結果を告げた。
「あたくし達には応急処置しか出来ないけど……とりあえず、しばらく安静になさい。
あなたの体内には散弾の欠片が無数に突き刺さっているわ」
『目指せ建国チーム』
【G−5/森の南西角のムンクの迷彩小屋で休憩&見張り/1日目・07:00】
【ダナティア・アリール・アンクルージュ(117)】
[状態]: 左腕の掌に深い裂傷。応急処置済み。
[装備]: エルメス(キノの旅)
[道具]: 支給品一式(水一本消費)/半ペットボトルのシャベル/ランダム支給品(不明)
[思考]: 群を作りそれを護る。/正午になれば北上
[備考]: ドレスの左腕部分〜前面に血の染みが有る。左掌に血の浸みた布を巻いている。
【リナ・インバース(026)】
[状態]: 少し疲労有り
[装備]: 騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]: 支給品一式
[思考]: 仲間集め及び複数人数での生存/正午になれば北上
【シャナ(094)】
[状態]:かなりの疲労/内出血。治癒中
[装備]:鈍ら刀
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:しばらく休憩後、見張り/正午になっても悠二の情報が入らなければ北上
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、腹部体内に散弾片が残っている。
手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険性が有る。
G−5エリアの森の南西角に、土ゴーレムが組合わさり葉っぱを表面を付けた、
ムンクの叫びのように歪で奇怪な迷彩簡易見張り小屋が出現しました。
周囲の落ち葉の数が大幅に減っています。
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