remove
powerd by nog twitter

第057話:Dead Man

作:◆wkPb3VBx02

(―――何故こうなってしまったんだろう)
荒い岩肌に手を付きながら黒髪の少年、天樹錬は先刻の記憶を反芻する。
黒髪の男が印を切っただけであの強そうな二人の騎士があっさりと殺されてしまった。
逆らえば命はない、言葉にせず行動で示す彼等のやり方に錬は戦慄した。
(これからどうすれば……)
軽い眩暈と怖気を感じつつ錬は自分が取るべき最良の方法を必死に検討する。
参加者を全員殺して最後の一人になる、却下。他人を犠牲にするなど錬には出来ない。
主催者を倒して全員解放させる、却下。なんらかの策を講じない限りあの黒髪の男には勝てない。
となれば取るべき行動は、
(仲間を作って脱出する計画を練る!)
あのホールで確かに錬は見た。赤い髪に一房だけ青い髪混じるあの男、ヴァーミリオン・CD・ヘイズを。
仲間に成ってくれる人を増やしながら、彼を探す。出来るなら自分の騎士剣も取り戻したい。
行動方針を決定すると岩から手を離し、錬は気付いた。自分のI−ブレインが満足に機能しない状態であることに。
これでは騎士剣を取り戻した所で十分戦えない。もし今誰かに襲われれば、撃退するのは難しいだろう。
「この制限もなんとかしないと……」
絶望感で心の中が満たされていく。
そして最悪のタイミングで襲撃者がやって来た。


錬に向かって緋色の影が颶風を纏って突進する。剣先が銀の軌跡を描き月明かりに煌きながら影を斬りつけた。
錬は刃と接触する直前に体を反転して回避し、結果として剣は影を薙ぐだけに留まった。
だが緋色の襲撃者は留まらず、振り切った姿勢からさらに一歩踏み込み横薙ぎの一撃を叩きつける。
錬は後方に跳躍、腹部に浅い裂傷を受け苦痛に耐えるように少女のような顔を顰める。
岩の上に着地してから突然の襲撃者に説得を試みようとする。
「ま、待ってください!僕に戦う意思はありません!」
その一言に緋色の影がぴくりと反応する。ぱっと見は女性に見えてしまうかもしれないが、髪の長い男性だと錬には分かった。
男は眼鏡の奥の警戒を孕んだ双眸で錬を睨みつけ、剣を正眼に構える。
「そんなに警戒しなくても大丈夫です。ほら、僕武器とか持ってませんから!」
錬が両手を挙げて武器を携帯していないことを示すと、男は剣先を下げた。
そのまま緊迫した空気だけが流れる。男はもう斬りかかってはこないが信用した様子もない。
男から視線を外せずにいると、向こうからおい、と声をかけてきた。
「さっき戦う意思はないって言ったな、つーことはお前はゲームに乗る気はないってことだな?」
「……ええ、ありません」
少なくとも今の段階では、と心の中で呟く。
男はそうか、と答えると一つの提案を出した。
「誰が味方かもわかんねぇ状況だ。仲間は一人でも居た方がいい。どうだ、俺と組まないか?」
それは錬にとっても有り難い提案だった。いきなり斬りかかって来るような人だけど、今みたいに緊迫した状況じゃ仕方ないのかも、と錬は自分に言い聞かせた。
錬はそれに了承の意を示し、名乗りながら右手を差し出す。
「僕は天樹錬って言います。宜しくお願いします」
男は剣を左手に持ち替え、錬に近づいて握手する。名乗る気はないらしい。
「あの……一応お名前を……」
なに馬鹿丁寧なことしてるんだろう、と思いつつも錬は名を尋ねた。


男は口の端を歪めて、
「……裏切り者(ベトレイヤー)とでも呼ぶがいいさ」
「―――え?」
思考が凍結し、間抜けな反応を返す。途端に男の左手が翻り銀刃が煌いて雷のように自分の頭に落ちてくるのを見た。
左手で防ごうとした時点で既にもう遅かった。
頭に鈍い衝撃を感じて頭を斬られたんだな、と不思議なほど冷静に感じる自分が居た。
握手していた右手が引かれ尖った岩に叩きつけられる。頭から離れた刃の切っ先に咽喉を一文字に切り裂かれた。
錬が最後に見た光景は、刃を振り抜く裏切り者の嗤顔だった―――

【天樹錬 死亡】

【残り104名】

【H-5/一日目1:22】



「生きて帰れるのはこの中の1人だけです、か」

地面から突き出した岩に背を預け、男は先程の言葉をもう一度口に出して確認する。
長い髪が風に靡いて花弁のように舞う。伊達眼鏡の奥の濁った双眸が空を仰ぐ。
そのまま暫く動かない、かと思うと唐突に笑い出す。それは楽しくてしょうがない笑いというより、情けなくてしょうがないと言った笑い。
「―――死人はただ腐っていきゃあいいのによ」
自嘲気味に口の端を吊り上げて笑い、左手で顔を覆う。その左腕は肌色ではなく光沢のある銀色している。
いまや単なる義手に成り下がった”ヴィーグリーズの遺産”。
『レーディング』、かつては化け物じみた能力を発揮した古代の兵器も、今じゃ良く出来た義手と変わらない。
銀色の腕で前髪を掻き分け、そのまま思考に入る。乗るべきか、乗らざるべきか。
乗るべきだ。
他人のために死ぬことなぞ阿保らしいし、脱出を考える程この命に執着は無い。人は、いつか死ぬ。
あの糞みたいな会社で糞みたいな仕事をして生きていくくらいなら、ここで死にたい。男はそう考えた。
ただ死ぬのでは詰まらない。どうせなら楽しく死にたい。男は左手で頬の傷をなぞりながら、にぃと嗤う。
それにもう、後戻りは出来ないのだし。
男の右手には、血と何かが付着した剣が握られていた。銃と剣を合成させてつくった奇妙な剣が。
そしてその横に黒髪の少年、天城錬の頭部を割られた無残な死体が転がっていた―――

【ジェイス】
[状態]:自暴自棄
[装備]:断罪者ヨルガ
[道具]:デイパック(支給品一式) 
[思考]:現状を楽しむ

【残り104名】

【H-5/一日目1:24】

←BACK 目次へ (詳細版) NEXT→
第056話 第057話 第058話
- ジェイス 第126話
- 天樹錬 -