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第030話:道士と妖精は月夜に語らう

作:◆RGuYUjSvZQ

保胤の元に静かに歩み寄るその人物は体の形からして女性のようではあるが、
首から上が存在していなかった。
頭のあるはずの空間がぽっかり空いているのだ。

「なっ!?」
陰陽道の道士としてそれこそ数え切れないほどの怨霊や化物を見てきた保胤であったが、
これにはさすがに驚いた。
相手が、死してなおこの世に想いを残し成仏できない怨霊や鬼の類であるなら、この姿もわからないでもない。
だが、目の前の女性(?)はそれらの存在とは明らかに異なる。
想いだけで存在している霊とちがい、この人物には実体がある。
また、雰囲気からして他人の体に霊が憑依しているのとも違う。
第一、生きた人間ならともかく首のない死人の体に霊が憑依するなど聞いたことがない。
とすれば、術により死人が操られているかまたは妖物の類であろうか。
しかし、それにしたとしても、もっと特有な気を発している様なものなのだが。

保胤が考えあぐねているうちに、彼女(?)は目の前まで来てしまった。
「どうも始めまして。私は慶滋保胤と申します。」
とりあえず、いつもの調子で自己紹介をしてみた。
彼女は少し肩をすくめると、紙と鉛筆を取り出して何かを書いて保胤に渡した。
保胤が月明かりに照らして読んでみると
『私はセルティだ。見ての通り口がないので喋ることが出来ない。
 言いたいことは紙に書いて渡す。』
と書いてある。(以後、セルティの書いた内容は『』で表します)

「なるほど、解りました。ところでセルティさんとはあまり聞きなれないお名前ですが、
お生まれはどこなんですか?」
保胤が優しげに微笑みながら尋ねた。
『アイルランド出身だ。昔のことはあまり覚えてないが。』
保胤はアイルランドという国がどこにあるのかはわからなかったが、
セルティが遠い異国の人であることだけは、なんとなく理解した。
(もっとも、保胤の住む平安時代にはアイルランドという国はまだ存在していないわけだが。)

保胤が一人で納得していると、今度は少し乱暴に紙を手渡された。
さっきよりも少し雑な字でこう書かれてある。
『そんなことはどうだっていい。お前は私を見て逃げなかったが怖くないのか?』
どうやら少し苛立っているようだ。

セルティは普段外に出る時は、首がないのを隠すためにフルフェイスのヘルメットを常にかぶっている。
ところが、この世界に来た時ヘルメットは装備品に当たる、と判断されたらしく取り上げられてしまったのだ。
首がないのがバレバレのこの状態を見れば普通の人間は10人中9人は逃げだすだろう。
そして、残りの一人は化物を退治しようと攻撃してくるだろう。
残念だが、これが正常な人間の判断というものだ。
オマケに今は殺し合いゲームの真っ最中だ。
他人とコミュニケーションをとるのはまず無理だろうと、半ば諦めていたのだが・・・
目の前にいるこの男はこの状況下で、首なしの自分が近づいてきたのに
のんきに自己紹介をしたかと思えば、雑談まではじめたのだ。
よほどの阿呆か変人としか思えない。

「いえ、正直驚きはしましたが、怖くはありませんよ。」
セルティの思いを知ってかしら知らずか、保胤は微笑を崩さずに答えた。
『お前も新羅みたいな変人なのか?』
保胤にとって予想外の反応が返ってきた。
「いや、その新羅という方がどんな方かはわかりませんが、
 私の場合は仕事柄その・・・ちょっと変わった方々と会うことが多いので」
保胤が困惑しながら答えると、セルティが今度は小刻みに震えながら紙を渡してきた。
『意味不明なこといってすまない。気にするな。』
どうやら笑っているようだ。
頭がなくて表情や声が出せなくても、字の形や仕草でその感情は伝わってくる。
本当は感情豊かな女性なのだろう、そう考えると保胤は少しおかしかった。

それからしばらく、セルティと保胤は砂地に腰を下ろしながら「会話」を続けた。
保胤が一番驚いたのはセルティが安倍晴明のことを知っていたことだ。
テレビとかいう道具で知ったらしく、彼女が言うには大昔の人物だという。
保胤は当初、セルティが勘違いしていると考えたが、詳しく聞いてみると本当に知っているようだ。
セルティはどうやら保胤よりもずっと未来の世界から来たらしい。
時の流れを操ることは陰陽師の力を持ってさえも、まず無理な話である。
時の流れを超えて人を集めた者とはいかなる存在なのだろうか。
保胤は今更ながら背筋を寒くさせた。

二人は話し合った結果、夜が明けるまではここ留まり、夜明けと同時に一緒に移動することにした。
本来、メモをする以外にはほとんど使い道のないはずの「紙」を最大限に活用するコンビが
今ここに誕生したのである。


【B−2/砂漠の中/一日目・01:20】  

チーム名『紙の利用は計画的に』(慶滋保胤/セルティ)
 【慶滋保胤(070)】
 [状態]:正常
 [装備]:着物、急ごしらえの符(10枚)
 [道具]:デイパック一式、 「不死の酒(未完成)」と書いてある酒瓶
 [思考]:セルティと一緒に行動。夜明けまではこの場所に留まる予定。

 【セルティ(036)】
 [状態]:正常
 [装備]:ライダースーツ
 [道具]:デイパック一式 (ランダムアイテムはまだ不明)
 [思考]:保胤と一緒に行動。夜明けまではこの場所に留まる予定。

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