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第024話:生まれる狂気

作:◆QAsGLyzIGE

 森近くの草原、ディードリットはまるで幽鬼を感じさせる動きで歩いていた。

 パーン、彼のいない世界。彼を愛したときから覚悟はしていたはずだ。自分より先に彼が死んでしまうのは運命なのだからと。
 けれども、それならばこの涙はいったいなんなのだろうか。覚悟が聞いてあきれる。結局、自分は、心のどこかで、彼がいなくなることなどありえないと信じ込んでいたのだ。
 それほどに彼は強く、誰もが認める英雄で、そして、いつでも自分のすぐ隣にいた。
 人の死はあまりにもあっさりと訪れる、知っている。生易しい生き方をしてきたつもりはない。それでも、彼があれほどまでに簡単に殺されるなど、考えてもいなかった。考えたくもなかった。

 今にして思う。あの時自分も、パーンと共にあの男に挑むべきだった。彼を殺された怒りをあの場でぶつけるべきだった。
 殺されてもよかったのだ。彼と同じ場所にゆくことが出来るならば、それで。
 けれども自分は、機会を逸してしまった。彼と共に戦う機会を。彼と共に殺される機会を。怒りならばまだ救いがある。彼を殺したあの男を殺すことを目的に生きていける。けれども今、心の底から湧き上がるのは怒りではなく、悲しみだけだ・・・
 もう全てがどうでもよかった。この不自然な状況も、わけのわからないルールも、全てがどうでも。だから、

背後から何者かが忍び寄ってきていたことも、そいつが彼女の意識を奪ったことも、彼女にはどうでもよかった。

暗転・・・


 まず最初に知覚したのは、とても食物とは思えない、つるりとした食感の小粒の何か。それを口いっぱいに詰め込まれ、無理やり租借させられる。続いて口の中に広がるのは、どろりとした言い難い感触。そしてそのまま、彼女は、襲ってきた快楽の渦に飲まれていく。抵抗する気力は、すでになかった・・・

「ふん、毒じゃねえみたいだな。使えねえ」
 彼、ヴォッドはディードリットの瞳を覗き込みながらつぶやいた。
 彼としてはディードリットを殺すつもりは(薬を与えた結果論としてはともかく)なかった。まず、こんなふざけた殺し合いに自分を巻き込んだ奴等が気に食わないし、当然そいつらの思い通りに動く気もさらさらない。踊らされるのは彼の流儀ではないのだ。ただ、彼がこのイベントの主催者から配布されたデイパック、その中には、食料や名簿、地図などとともに、大量のカプセルが詰め込まれていたのである。自分の所持品の正体さえも分からないという状態も、彼の流儀ではない。自分が弱者であると言うことは承知している。それを承知した上でなお、利用できる全てを駆使して這い上がるのが彼のスタイルなのである。手に入る限りの情報を入手し、それらを駆使して絶対に、全てを承知した上で自分たちを見下ろして笑っている黒幕を蹴り落とす。そのためには、カプセルの正体は知っておきたかった。カプセルに加工されているということは、その薬が人の服用を想定したものであるということだ。毒ではないとは予想していた。手頃な実験台、彼女が現れなければ、彼は自分でそれを服用し、効果を確かめていただろう。しかし迷っているうちに彼の前をいかにも無防備な彼女が通った。明らかに自失していた彼女を徒手で気絶させるのは容易な作業であり、そして、ここが重要なのだが、いかにも小悪党らしかった。

 そして、その選択が、偶然が、彼の命運を分けることになる。

「アッパー系の麻薬に似ているな。覚醒剤か?」さらに観察を続けようとしたとき、彼女、ディードリットが何かをつぶやき始めた。
「パーン、パーンなの?そこにいるの?」
「?、幻覚症状か?やっぱり麻薬だな。さて、どう使うか」
と、思考を続ける彼の中に疑問が生じる。彼女が昨晩、恋人と思しき人物を主催者側の人間に殺された様子は、はっきり覚えているし、おそらくそのせいだろう、彼女を発見してから捕獲するまで、彼女は完全に呆然自失の態だった。

(それがなんで、こんなに嬉しそうな顔して涙流してんだ?)

 彼の背筋を寒気が通り抜けた、と同時、彼の身体は、吸血鬼としての能力をもってしても知覚できず、避けることも出来ない何かによって、心臓ごと二つに叩き斬られていた。

「パーン、パーン・・・」
 快楽の中で彼女が見つけたもの、それは昨晩確かに失ったはずの彼だった。彼は、実際には、ヴォッドが彼女に飲ませたカプセル、それによってディードリット自身が生み出した、彼女の"悪魔"である。彼がすでに肉体を持たない存在と化していることにはすぐに気づいた。しかし、正直なところ、そんなことは今の彼女にはどうでもよかった。さらに重要なことを認識したからだ。それは、もう、彼女が生きている限り、彼とは別れずにすむのだということ。片時も、永遠に。
 それは、彼女が魂の底から望んだ夢。当たり前だ。彼女は、いつか必ず来る彼との別れ、ただひたすらそのときだけを恐怖して生きてきたのだから。
 パーンとの永遠、その幻想は、如何に彼女とは言え壊れかけた精神で抗うには魅力的過ぎた。

 その夢におぼれた瞬間、彼女は、彼に、自分を傷つけた相手を殺すことを望んでいた。いや、目の前の敵だけではない。永遠を邪魔するもの全てを退けることを、この夢を確かなものとすることを、目の前の騎士、彼に望んだ。そして、彼は、それに答えた。

 もう彼のいない世界で行き続けると言う悪夢に、恐怖せずともいい。ずっと一緒にいられる。
ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと
 

ずっと、彼と一緒にいる。もう、誰にも、奪わせない。そのために、生き残る。残り全ての人間を殺してでも。

<<ディード・・・>>

すでに彼女は狂っていたのかもしれない。そんな彼女を、パーンは、少し悲しげに見つめていた。

【残り112名】


【E−4/平地/一日目、00:49】

『生まれる狂気(ディードリット/ヴォッド・スタルフ)』

【ディードリット(067)】
[状態]:精神崩壊ぎみ
[装備]:不明(カプセルにより悪魔召喚)
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:パーン(自身の悪魔)と共に生き残る

【ヴォッド・スタルフ(046) 死亡】
[状態]:死亡
[装備]:カプセル(放置?)
[道具]:デイパック(支給品入り)(放置)


出展:
カプセル(Dクラッカーズ)

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