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第022話:紅く紅く紅い薔薇

作:◆1UKGMaw/Nc

「ごきげんよう」
 遠く、海まで見渡せる高台。
 突然背後からかけられたその声に、一条豊花はビクーンと50cmくらい飛び上がって硬直した。
 さらに、着地するや否や全力で10mほど走って行き、そこでようやく振り返る。
「ぎゃー! 来るなー! あたしに手ぇ出すとあとがヒドイわよーーーっ!!」
 両手で抱えたデイバッグをぶんぶか振り回しながら威嚇する。
「いえ、あの……」
「あんたなんて京介が……あ、あたしの双子の兄弟なんだけど……
 とにかくそいつがちょちょいのパでやっつけちゃうんだから!」
「ですから……」
「京介は無口で暗くて無愛想だけど滅茶苦茶強いわよ!
 さぁいけ、京介! って、いないんだっけ!
 このあたしがピンチだってのになんでいないのよ! 契約違反よ! 職務怠慢よ!!」
 だんだん訳の分からないことを喚き始めた目の前の少女に嘆息し、
 大きく息を吸って、小笠原祥子は一喝した。

「い い か ら 少 し お 黙 り な さ い ! !」

「………ハイ」


「――ふーん、じゃあお姉さんはその祐巳ちゃんを探してるわけね。ごめん、あたしは誰にも会ってないや」
「……そう」
 祥子は落胆したように肩を落とす。
 よほど心配なのか、痛々しいほど表情が翳っている。
 なんだか見ている豊花のほうが心配になってきてしまった。
「ま、まぁ、大丈夫よきっとたぶん! そういうことならこのあたしも一緒に探してあげるわよ」
 なんとか元気付けようと軽い調子で話しかける。
「一人より二人。あたしも京介探したいし、一石二鳥じゃない?」
 どの辺が一石二鳥なのか良く分からないが、そんな豊花の様子に、ようやく祥子は笑みを見せた。
「ふふ……そうね、できることならそうしたいわね」
 そうでしょそうでしょと、腕組みしてウンウン頷く豊花。
 そのまま、「そんじゃ、しゅっぱーつ!」と掛け声を挙げて勝手にズンズン歩き出す。
 オーバーアクションで動き回るたびに、豊花のツインテールが揺れた。
 祐巳と同じツインテールが。
(祐巳……)
 マリア様の前で姉妹の誓いを交し合った、最も大切な自分の妹。
 参加者名簿を確認し、その名前を見つけたとき、祥子は絶望した。
 最初の会場では見るからに強そうな者たちが集っていた。
 総勢117名。あのような者たちが集う中で祐巳が生き残れる可能性など、万に一つも無いように思えた。
 だが――
(絶対に、祐巳だけは私が助けて見せる……絶対……)
 自分は祐巳のお姉様なのだ。
 自分は祐巳を護らなければならないのだ。
 自分は祐巳を護りたいのだ。

 ――たとえどんな手を使ってでも。
 だから――


  ――どんっ


 背中に衝撃。
 一体何がと思う間も無く、豊花の身体から力が抜けていく。
「あ……あれ……?」
 すぐ背後に祥子の身体。
 長い黒髪が豊花の頬にかかる。
「お姉さん……? え……何、これ……」
 自分の胸から生えている紅く濡れた金属片を見つめ、呆然と呟く。
「……ごめんなさい」
 祥子の声が聞こえる。
「一緒に探してあげるって言ってくれたのは本当にうれしかった。
 『"できることなら"そうしたい』って言ったの、あれは本当よ。でも……」
 ごぶっ、と豊花の口から血の塊が漏れた。
 それに触発されたかのように、大きく見開かれた瞳から涙が溢れてくる。
「あなたも、そして私も、生きていてはいけないの。それじゃ祐巳が助からないから」
 足が身体を支えられなくなる。
 膝が折れ、前のめりに倒れていく。
 豊花の口が微かに動く。
「…きょぅ…す……」
 そこまでだった。
 地面に倒れる前に、豊花の意識は闇に落ちていた。


 祥子はしばらく呆然と立ち尽くしていた。
 胸に刺さっていた短剣から、まだ血が滴っている。
 すぐ目の前には死体。
 自分が殺した少女の死体。
「!――っぐ! げえぇぇえぇ!!」
 たまらず嘔吐する。
 覚悟は決めたはずだった。
 だが、実際に直面した『死』はあまりにもリアルだった。
「……っく」
 胃の内容物を全て吐き出すと、意を決したように豊花のデイバッグに向かう。
 水と食料を自分のデイバッグに移し、中に入っていた豊花の支給品を手に取った。
 Mk23。
 俗に、ソーコムピストルと呼ばれる自動拳銃だが、祥子にそんな知識は無い。
 とりあえずこれもデイバッグへ移し、立ち上がる。

(もう……戻れないのね。いいえ、戻るつもりなんてないわ)
 決めたのだ。
 どんな手を使ってでも、必ず祐巳を生き残らせる。
 そして最後に自害しよう。
(待っていて……祐巳)
 悲壮な決意に身を固め、祥子は眼下に見える海のほうへと歩き出した。


【一条豊花(040) 死亡】
【残り114名】


【C-2/高台/1日目・00:50】

【小笠原祥子】
[状態]:健康
[装備]:銀の短剣
[道具]:デイパック(支給品一式/食料&水二人分/ソーコムピストル)
[思考]:祐巳と自分が生き残り、最後に自害する

[備考]:C-2 → C-1へ移動します。

出典:
銀の短剣(卵王子カイルロッドの苦難)
ソーコムピストル(フルメタル・パニック!)

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