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第004話:浸食、不幸、決意@キョン

作:◆PZxJVPJZ3g

ゲーム開始直後、俺は近くに安全そうな場所を見つけたので俺はとりあえずそこに隠れる事にした。
デイバッグから出した水を少しだけ口にしてから、盛大なため息をついた。
身体の方には特に問題はない。まぁゲーム開始直後だから当たり前といえば当たり前か。
ただ、手の甲に引っ掻き傷みたいなものがあるが、それは多分ここに運ばれる時に付いた傷だろうから特には気にしない。
ただ異常があるとすれば、それは精神の方だろう。

ゲーム開始から今まで、俺はずっと平常心のままで来ていた。いや、正確には周りの異常を知った時からか。

あの時、壇上で喋っている男に切り掛かった奴が死んだ時、俺はその光景をただずっと見つめていた。
朝比奈さんは悲鳴を上げ、古泉は顔をしかめ、ハルヒでさえもその光景から顔を背けていた。
長門は俺と一緒に見ていたと思うが、まぁこれは例外だろう。
ただ長門や俺のようにただ見ている奴もいるにはいた。ここから見える範囲では真っ赤な服を来た女の人や、会場の隅の方にいる俺と同い年くらいの黒服の男とかは俺と同じように見ているようだった。
中には猫耳(?)の付いたヘルメットを付けた人や、蒼い色のロボットも同じように見ていたが、流石にその表情は分からなかった。

俺はどうなってしまったんだろう。あの人が死ぬ所は確かに見たと思う。それが現実だという事も十分認識している。でも、俺の心はそれを平然と受け止め、何事も無かったかのように落ち着いている。
もしこれが、ハルヒ達と関わった事で出来た、環境適応力だというのならなんとも都合のいい話のように思えた。


疲れが少し取れた所で、そろそろデイバッグの中身を確認する事にした。
中に入っていたのはさっき取り出した水と食料、懐中電灯に磁石に地図、それと時計と筆記用具が一式、参加者の名簿。
そして最後に──ああ、この時出てきた物を俺は死ぬまで忘れないだろうな──俺に与えられた武器を取り出した。


それはパックに入った大量の豆腐だった。
みそ汁とか冷奴に使うスーパーで売ってるアレだ、あれが沢山入ってた。

しかもただの豆腐じゃない。木綿豆腐絹ごし豆腐焼き豆腐胡麻豆腐卵豆腐と、バリエーションに富んでいる。
ご丁寧に醤油のボトルまで付いていた。なんとも気の利いた事をしてくれる。


「……」
……これはどう考えても『ハズレ』だろう。
俺の不幸はハルヒと出逢った時点で打ち止めだと思っていたが、まだまだ底をつくほどではなかったらしい。
だいたい、最初に持った時から嫌な予感はしていたんだ。水2リットル入りのデイバッグにしては妙に重かったんだ。
それにしても、こんな武器にも防具にもならないただの豆腐で、どうやって戦いに勝ち抜けというんだろうか? 凍らせれば武器としては使えるかもしれないが…… 
まったく、先行きが不安過ぎて涙が出てくるぜ。あ、やばっ、何かほんとに涙出てきた。

「それにしても……」
さっきも考えたがこの一年でどれだけハルヒ達と異常な事件に関わっただろう。そして何度、命の危機に立たされた
事だろうか。鶴屋さんの別荘に行った時に、長門が壊れしまった時、巨大カマドウマの時は……まぁそれほどでも
なかったか、ハルヒと一緒に閉鎖空間に閉じ込められた時の事は忘れよう、あとは……。
「朝倉のときか……」
朝倉涼子──、俺を殺そうとした長門と同じ宇宙人の一人。あの時朝倉は俺を殺してハルヒの変化を観察するとか言っていたが、結果として長門が助けにきてくれた事で今でも生きている事が出来るわけだ。
あの時は流石に命の危機を感じたね。しかしあの時助けられたおかげで、俺は今こうして殺し合いのゲームに
参加させられているわけだが。これは果たして不幸なのか幸福なのかその辺については一度誰かに聴いてみたいもんだ。

「……ん?」

今何かが思考の端に引っかかった様な気がした。
なんだ、これは? あの時、朝倉が教室で俺を殺そうとした時に何があった?

あの時朝倉は、俺を殺そうとする前になんて言った?
「俺を殺して涼宮ハルヒの出方を見る」とか朝倉は言ってなかったか?


ひょっとしたら、このゲームはそういうコトなのか? わざわざハルヒの為にこんなゲームを仕組んだのか?
もしそうなら──、
「……狙われてるのは俺達ってことかよ」
俺は地図をポケットに突っ込んで残りをデイバッグの中に戻すと、すぐにこの場を離れた。
些か大げさな考えかもしれないが、その可能性が無いとは言い切れないだろう。ならば一人でも仲間がいた方が安全だろう。
しかし、もし長門が自分に襲いかかってきたらどうする? 
あのとき朝倉は統合思念体は一枚岩じゃないと言った。なら長門の主が急に意見を変えて、ハルヒに無理矢理刺激を与えようとするかもしれない。
古泉もそうだ。『機関』とやらはなぜかハルヒを『神』扱いしている。ならハルヒを強引に危機的状況に陥らせて、ハルヒの力を使わせようとするかもしれない。
しかし、ある意味一番危険なのは朝比奈さんはかもしれない。上司の命令とかそんな事関係無しに、この状況でしかも何か武器を持ってる状態で下手に刺激すると、こっちまで被害を受けてしまいそうな気がする。


「……バカか俺は」
俺は一旦足を止めて、今までの考えを振払うように、わざと声を出してそう言った。
朝比奈さん達を疑ってどうする? 3人ともハルヒの力についてはよく知っているはずだ。だからあの3人がハルヒに手を出してくるというのは考えにくい。いや、絶対に手を出さないだろう。
とにかく──、
「早く皆を捜さないとな」
そう呟いて、俺はまた移動を開始した。


あの時俺は、ハルヒや、朝比奈さんや、長門や、小泉のいるあの楽しい世界を選んで帰ってきた。
だから今度も、俺はあそこへ帰りたい。
小泉や長門、朝比奈さんそして、ハルヒのいるあの非日常な世界へ。

【キョン(087)】
状態:精神がマヒしている模様
所持アイテム:豆腐各種、醤油のボトル、初期アイテム一式
現在地:B-6より移動
行動指針: SOS団メンバー(ハルヒ、長門、朝比奈、小泉)を捜す。

【残り117人】

2005/04/10 修正メール

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