remove
powerd by nog twitter



「帰郷<小狼編3>」


「じゃ、お話、長くなりそうだから、わたしは後でまた来るわ」
大きく開け放たれた屋敷の門扉をくぐり車が音もなく停止するや、苺鈴は車から降りるとそう言い置いて、さっさとどこかへ消えてしまった。
走り去る苺鈴の姿が見えなくなるまで無言で見送った小狼は、偉を従えて屋敷の中へー母の元へー向かった。
久しぶりに屋敷の敷居を跨いだ小狼は、未来の家長を出迎えるべく整然と並んだ使用人の列の間を通り抜けながら、 突然、奇妙な違和感に襲われた。
なぜか見慣れ屋敷を訪ねてきたかのような気分になったのだった。そこにある調度品も、窓からこぼれる光の角度も、壁がんの影も見慣れないものは一つとしてなく、彼の記憶にあるものと同じ姿をとどめているというのにー。
(そうか)
突然、小狼は悟った。
よその家屋敷を訪れたときに感じる、その家独特のにおい。それを我が屋敷からも感じとってしまったものらしい。
どうやら、自分の「居るべき所」はあの狭いマンションのはずだと五感が訴えているらしい。

思い返せば、確かに昨年の冬休みは屋敷で過ごしたが、以来一度も戻ってはいなかったことを今更ながら思い出した。 それがいかに長い時間であったかも。

クロウカードの主となり、この世の災いを防ぐために日本へ赴いた自分。主にはなれなかったが、それでもクロウカードは無事に集まったし、この世の災いも防ぐことが出来た。 おおよその目的は達したのだ。
本来、その時点で帰国しても良いはずだった。全てが片づいたかのように思えた時期。そして夏休み。時間はあった。自分は何故帰国しなかったのだろう。
毎日のように彼に帰国をせっつく苺鈴からの電話を受けながら、なぜ?
小狼は黙々と歩きながら考え続けた。母のいるという居間はまだ遠い。

(…さくら)
今なら解る。あの頃から、自分は既にさくらに惹かれていたのだろうと。そうでもなければ、新しい事件が起こるまでの空白の時期に日本にとどまっている理由など、本当に何一つとしてなかったのだから。
それなのに、ユエに諭されるまで自分の気持ちに気付こうともしなかった自分のなんと愚かしかったことか。
思わず苦笑が口の端にのぼりかけたとき、ふと小狼はあることに気がついた。
自分の帰国を求めたのは苺鈴ばかりで、一度も帰国を勧めなかった偉。そして、母。
なぜだ?
初めて心に浮かんだ疑惑。
迂闊だった!と小狼は思う。なぜ、あの時に不思議に思わなかったのだろう!?
なぜ?
…そして、恐ろしい答えが浮かんだ。

(今はそんなことにこだわってる時じゃないだろう!)
自分で自分を叱責し、胸いっぱいの不安を押しのけた小狼は、母のいる居間の扉の前に立ち、偉がノックするのをジッと待った。

indexに戻ります novelページの目次に戻ります 前のページに戻ります 次ページへすすむ