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「帰郷<小狼編4>」


「母上!なんですか、この奇妙な気配は!」
扉が開かれるや否や、先制攻撃とばかりに小狼は母に問を投げつけた。
夜蘭は、珍しくはやる息子の様子に動じる素振りは一切見せず、ただ
「小狼、不作法ですよ」と言った。
まずはご挨拶をーと偉に諭された小狼は、すぐに襟を正し、母上、ただいま戻りましたーと慇懃に帰国の挨拶をした。
顔を上げがてら久しぶりに見る母は、一見、相変わらず無表情ではあったが、そこはかとなく微笑みがうかんでいるのが見て取れた。
それは、息子である小狼、そして長く側に使えてきた偉だからこそ判る程度のもので、他人が見たら、ただの 美しい仮面のような顔でしかなかったろうと思われる。
(おれの帰国を喜んでくださっている?)
「しかし…」 体の奥底からわき上がってくる歓喜を感じながらも、小狼は、この国を覆わんばかりの怪しげな気は何かを再度母に問いかけずにはいられなかった。

「心配はいりません」
母はやはり美しい声で、にべもない返事をする。
「しかし…」
それでもなお食い下がろうとする息子に、母はよく帰りましたーとだけ答えた。

あまりにも動じない様子の母に、さすがの小狼もそれ以上その件には触れられず、長い間勝手をいたしましたーとのどかな返答をするにとどめた。
「電話でもご報告いたしましたとおり、クロウカードは無事に全て新しいカードに生まれ変わりました。」
母が自分の顔をジッと見つめていることに気がついた小狼は、なぜだかいたたまれなくなって、珍しく饒舌に言葉を継いでいく。
「結局、主にはなれませんでしたし…」
そう言いながらも、もう随分前の話をしているようだった。新しい想いの前には既にただの遠い記憶でしかない。そういえば自分はなろうとしていた主にはなれなかったのだった。そんなことに悔いなどない。が、母はー?
その思いが彼をかき立て、思考より先に言葉が迸る。
「けれど…おれは…いえ、わたしは…」
「よいのです。とにかく、この世の災いは防げたのですから。李家としてはそれで充分です」
「…………」
「もっと早く戻ってキチンとご報告すべきだったのですが…」
「解っています」
短い言葉だったが、それがなにより小狼の胸を突く。なにを解っているというのだろう?
返す言葉に詰まった息子に夜蘭はさりげなく続ける。
「おまえが主にならないことは解っていました」
「では…、なぜ…?」
あの日ークロウリードの残したと言われる羅針盤を自分にわたし、この世の災いを防ぐためにおまえは日本へ行かねばなりませんーと告げた母の姿を今更のように思い出しながら、今初めて聞く思いも寄らない母の言葉に、小狼は呟くように問いかける。
「おまえでなければならなかったのです」
「でも、なぜ?」
「新しい主にもおまえが必要だったはず。だから、これでよいのです」
夜蘭はそう言うと、思いがけない答えに硬直している息子をよそに、偉を促し退室の意志を示した。
「この国を覆う気配は気にする必要はありません。ほとんどのクロウカードの気配が消え失せたことに気付いたものたちが、今頃動揺しているだけのこと。新しい主が全てを終えればそのうち落ち着くでしょう。それまではおまえがここにいればそれでいいのです。今のおまえの力は、その気配だけでアレたちを充分押さえられるはず」
偉とともに部屋を出るときになって、やっと夜蘭は茫然自失の息子に彼の気がかりの二つに答えてやった。
(いま、なんて…?)
部屋には、母の言葉の中に何か妙な言葉を聞き取ったはずだったが、相変わらず、否、母に会ってから不安が増した最後の気がかりに心を占められた小狼だけが、取り残された。

(そう、そしておまえにも必要だったはず)
心の中で、息子のもう一つの気がかりに答えてやりながら、夜蘭は足を止めると後ろに付き従う偉を見た。
偉もまた静かに立ち止まると、主人に頭を下げた。
彼もまた、全てを察していたのだろうと夜蘭は思う。

外の禍々しさがすでに少し薄れたのを夜蘭は感じた。
ーもう少し待ちなさい、小狼。
もう少し待てば、全てがおさまります。
この気も、最後のクロウカードも、そして…………

また、周囲の気が薄れつつあった。

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こっそり(?)言い訳

これは元々疫病ものとして考えていました。
でも、SARSが流行して洒落にならなくなってしまい、後半大幅に物語を変える必要が出来てしまいました。
本当は小狼くんに半死になっていただくつもりでしたし(汗)、苺鈴ちゃんに大活躍してもらうつもりでした。
その場面だけはおいておいて、別の物語で使う機会があればいいなと思っています。
なお、疫病の始まりは「件(くだん)」によって告げられ、小狼に帰国命令が下るーというノリでした。
今は「クダン」もちょっと洒落にならないかも。