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「あったかマフラー<桃矢3>」


「おにいちゃん、見て見て!」
いきなりさくらが部屋に入ってくるなり叫んだ。
最近めっきり疲れやすくなって、暇さえあれば部屋で仮眠をとっている桃矢はその勢いに驚いて飛び起きた。
編み始めてからまだ数日。その分さくらが毎晩遅くまでがんばっているのを桃矢は知っていた。初日に編み方を教えて以来、直接手伝うことはなかったが、 一人先に眠る気にはなれず、ここ数日は毎夜さくらが眠りについた気配を感じてから桃矢も眠ったのだった。だから、余計に体力を消耗していた。
「ご、ごめんなさい」
自分のせいで起こされてしまったらしい兄の憔悴しきった顔を目の当たりにしてさくらの楽しい気分はいっぺんに消え去った。
わたし、自分のことしか考えてなかったーさくらはシュンとしてうなだれてしまった。
そんなさくらの心の動きなど、力がなくなった今でも手に取るように解る桃矢は「気にすんな。出来たのか?」とさくらの気持ちを別の方に向けようとした。
さくらのがんばりを誰よりもよく知っていた桃矢は、完成を喜ぶさくらをただ誉めてやりたかった。自分のことなどでさくらの喜びに水を差したくはない。
さくらもまた、兄の優しい気遣いに応じてなんとか笑顔を取り戻し、「うん!」と元気よく答えた。
「そっか、よかったな」
「うん!」またそう答えてさくらは桃矢の目の前で完成した作品を広げた。けれど…。
「…ひどい…」その一言だけを絞り出すように漏らすと、さくらはまたうなだれてしまった。
さくらが広げたそれは、よく見ると表目と裏目が混ざってしまってデコボコしているところがあった。一生懸命編み進んでいるときには目に付かなかったのだろう。 でも、完成した今に広げてみると、どうしても気づかないわけにはいかないたちのものだった。
「どうしよう…もうやり直す時間なんてないよ…」
「それくらいどうってことないさ。初めてにしちゃ上出来だ」と、半泣きどころか今にもぼろぼろ涙をこぼしそうなさくらに桃矢が言った。
「おれだって初めてのときはひどかった」
「ほんとう?」いつになく優しい桃矢の物言いに当惑しながらも、さくらは兄の目をまっすぐ見返して問い返してきた。
「ああ。上手なほうだ」
「ほんとうにほんとう?」
「ああ」そうこたえると桃矢はさくらの頭に手を置いて「がんばったな」と言った。
さくらはまた一瞬泣きそうな顔をしたが、それでも顔を上げて「うん…ありがとうおにいちゃん」と言い、やっと微笑んだ。
「それ、包むんだろ?」
「え?」いきなり桃矢にそう言われ、さくらはキョトンとした顔をした。
「だって、おまえんじゃねぇんだろ」それは、問いかけではなく断定だった。
「ど、どうして?」
「色。それに、自分のだったらそんなに仕上がりを気にしないだろう?」(第一、毛糸を買ってきた日に自分でそう言ったじゃねぇか!)と声を出さずに叫んだ。そんなことも記憶にないほど一生懸命だったのか? 桃矢はとても面白くない。
「お、おにいちゃんすごい!」
「すごかねぇ、普通だ。おまえがにぶいんだ」真面目に驚嘆するさくらに桃矢はつい憎まれ口を叩いてしまう。
「ひっど〜い、おにいちゃんのいじわる!」さくらは手を挙げて桃矢をぶつ振りをした。
さくらの偽の攻撃を交わしながら、「おいおい、時間ないんだろ、早く用意しろ。出かけるぞ」と桃矢がさくらをうながした。
月峰神社で知世たちと待ち合わせる約束の時間が迫っていた。
「ほええええ〜、もうこんな時間?待ってて、今準備するから」
「待てねぇ」
「でも、でも」
「おれはユキんとこに行く。ユキを誘っておまえが友だちと待ち合わせしてる鳥居のとこに行く」
「わ、わかった」
そう言うなりさくらは大慌てで部屋を出ていった。
もう、ユキの名前を聞いても動揺しねぇんだな…。もっとも、さくらが誘ったんだっけ。でもなぁ…と桃矢は複雑な心境になった。
桃矢は、雪兎の名前を聞いても特別な反応を示さなかったさくらに喜んでいいのか、悲しんでいいのか解らない。
さくらが元気になったのはいい。文句なしに嬉しい。でも、今度の相手は「本物」だ。そう遠くないうちに本当にさくらをとられてしまうだろう。
あいつはもうすぐ家にくるだろう。ここ数日のさくらの様子をおかしいと感じているはずだからな、確実に来る!おとなしく待ち合わせ場所で待ってるなんてあり得ない。
あいつがさくらのマフラーを受け取るとこを見せられる羽目になるなんて、おれは絶対にごめんだ!
憤然と立ち上がると、桃矢は雪兎の家へ向かう支度を始めた。

さくらも自分の部屋でばたばたと支度を始めたらしい。




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