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「あったかマフラー<桃矢4>」


桃矢は雪兎と月峰神社へ向かっていた。
冬の日没は早く、もうすっかり辺りは暗くなっている。
それでも互いの表情はぼんやりと確認でき、二人とも浮かない顔をしているのがよく判った。
桃矢も雪兎も、それぞれに理由は違えども、さくらのことで少しばかり気が重かったのだ。
白い息を吐きながら、二人は歩き続けていた。途中、いちどだけ雪兎がさくらの話をし、桃矢も穏やかな笑顔でこたえたが、それ以外には特に会話を交わすこともなく、 二人はただ歩いていた。

神社に近づくにつれて周囲に人が増えてきたのを桃矢は感じた。みな、同じ方向へ向かうのだろう。進めば進むほど人の波は増えていき、その熱気さえも感じるようになったが、 桃矢はなぜか孤独を感じていた。隣に雪兎がいるのにかかわらず。もう少しで永遠に失うことになったかもしれない友が、ここにこうして無事にいてくれるだけで 満足するべきだと頭では解っているのだが、いいようのない喪失感が桃矢の心には渦巻いていた。
雪兎もまた、もともと饒舌ではない友のいつにも増してのだんまり加減になにかを察しているらしく、時折桃矢の顔を心配そうにのぞき込んだが、あえて口をきこうとはしなかった。
桃矢は無言で付き合ってくれている雪兎に感謝していた。

「さくらちゃんたち、どこかな」
雪兎が久しぶりに桃矢に話しかけたのは、鳥居のすぐ側まで来たときだった。
その声が聞こえたものか、すぐにさくらのおにいちゃーん、雪兎さーん、という声が返ってきた。
声の方を探すまでもなく、桃矢と雪兎は人波の向こう、鳥居のすぐ下にいるさくらと知世、そしてもう一名を簡単に見つけた。案の定、桃矢がさんざん手こずらされたマフラーをぬけぬけと巻いてやがる。
ムッとしたのも束の間、自分の方にやってきた兄と雪兎の姿を捕らえたさくらが、実に嬉しそうに微笑んだのを見た桃矢はスッと心が軽くなるのを覚えた。
こっちはもう心配ねぇな…と桃矢は確信した。そんな兄の気持ちを知ってか知らずか、さくらは雪兎の手を取ってさっさと先に行ってしまった。
こんなに楽しそうなさくらを見るのは、桃矢には久しぶりだった。例の毛糸を買ってきた日ですらも、大仕事の前の緊張感のほうが濃厚で、編み物を楽しむとか、仕上がりを想像して喜ぶといった雰囲気はあまり感じられなかった。
それにしてもひどい目にあったーと桃矢はさくらのあまりの不器用さを思い出してしみじみ思った。それもこれもーとこれもまたさくらに置いてきぼりをくらった少年(ざまーみろ!)のほうを横目で睨み付けた。
その気配を敏感に察知して、あろうことか向こうも真っ向から睨み返してくる。
ったく気にくわねぇガキだぜ!腹立たしさと嫉妬心をなんどりとおさめてくれる雪兎が側にいない今、桃矢は思う存分心の中で少年に悪口雑言を浴びせかけていた。
それでも…自分の持つ語彙力をフルに活用した悪態をすべてつき終わると、桃矢は一瞬だけ少年にほとんど優しいともいえる表情を見せた。
はたして少年はそれに気づいたかどうか。

そんな下手くそ、もらってやってくれてサンキュ、な。
その目はそう言っていたのだが。

凍てつく寒さの中で月峰神社のお祭りは始まったばかり。



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「おまけ」

ま、おまえにゃそれでも上等だぜ!と桃矢はすぐに素直な感情を取り戻したらしい…。