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「あったかマフラー<桃矢2>」



ちっ、やっぱりなーというのが桃矢の本音。
家に帰る早々手を引っ張られ、さくらの部屋に連れて行かれた桃矢が見せられたのは、予想通りのもの。
緑色の毛糸玉。さくらが自分用には選びそうもない色。
あまり思い出したくもないどこかの誰かが、似たような色の奇妙な服を着ていたのを物陰から見た記憶がある。同じ時にユエの姿も初めて見た。 あれからまだ1年もたってないのに。

「ずいぶん珍しい色選んだな。おまえ、緑のマフラーなんてするのか?」 解っていながらも聞いてみる。別の答えが返ってこないとも限らないじゃないか?万が一にでも!
「わたしのじゃないもん」
恥ずかしがる素振りもなしにさくらが答える。そのあまりの無邪気さに桃矢は少しだけホッとする。時間の問題だろうがなーと心のどこかでは思いつつ。 じゃ、誰んだ?ー解りきった答えを聞きたがっている自分がいた。だが、さすがにそれは口にしないで「じゃ、はじめるぞ」とだけ言った。
さくらが可愛く「うん!」と答えたので、桃矢はまた嫌気がさしてきた。それでも溜息を一つつくと、毛糸玉を手に取り (緑だ!緑!)指に絡め始めた。

「だからぁー、これが表編みで、こうやると裏編み」
「ほええええ!お兄ちゃん、もういっぺんやって見せて!」
「あのなぁ、さっきから何度やってると思ってるんだ」
「もう一度、もう一度だけ、ねっ、ねっ?」
「ったく、しょーがねーなー」
桃矢はぶつぶつ言いながらも丁寧に糸を針から外し、さくらに解るようになんども編む動作を繰り返す。
「表、裏、表…」
「あっ、あ、今のところもう一度!」
「おまえなー!」
始めてから2時間があっという間に過ぎる。さくらは手芸が得意ではない。得意ではない、と表現するのは身内なればこそ。はっきり言うと下手くそだ。 料理の腕前はなかなかだし、運動神経もいいところはとうさん似だが、顔立ち同様こっちのほうはかあさんに似てしまったらしいと桃矢は嫌というほど思い知らされていた。
さすがに桃矢の忍耐力にも限界が近づいていたが、一生懸命に自分の手元を見つめているさくらの横顔を見てしまうと、ついついあと三十分くらいならーと思ってしまうのだった。
「こう、かな?」
かなりぎこちなくではあるが、それなりに表編みと裏編みが出来るようになった頃は、もう8時をとっくにすぎていた。
「じゃ、おれ下行くわ」座っていたベッドから腰を上げると桃矢はさくらに告げた。
その声にさくらは心細げな瞳で兄を見つめた。
「めし、作らねぇとな。とうさん帰ってきちまう」
「ほええええええ!もうそんな時間?」
「8時半だ」
「どうしよう、わたしお当番なのに。お買い物もまだだよ。お店も閉まっちゃう」声が半分泣いている。
  「しゃーねー。おれ、昨日材料買っといたから、作ってやるよ」
「本当?ありがとうお兄ちゃん!」さくらは桃矢の腰にしがみついて大喜びした。
桃矢はいつまでこんなに可愛いままでいてくれるんだろう?あのガキなんか、いや、それじゃ足りねぇ。世の中にうじゃうじゃいるさくらに釣り合いそうな年頃の男ども全員いなくなっちまえ、消えろ消えろ! と過激なことを思いながら部屋から出ていった。

部屋に一人残されたさくらは一生懸命に指を動かし続けた。
やがて、桃矢が出ていった気配をよんで、身じろぎもせずに隠れていたケロがそっと出てきた。さくら、兄ちゃん連れてくんのやったらよその部屋でやってくれたらよかったのにーと 恨み言の一つも言いかけたが、さくらの必死の様子を見て黙っていた。そしてまだ手つかずで残っている毛糸玉を丁寧に揃えてやった。
(さくら、がんばりや)
ケロは無言のまま声援を送り続けていた。
下の台所からは、いい匂いが漂いはじめた。

桃矢もケロも、一生懸命にさくらを応援しているのだ。



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