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「あったかマフラー<桃矢1>」



「じゃ、また明日な、ユキ」
桃矢は雪兎に軽く挨拶すると愛用の暖かそうなコートを羽織った。
外は今日も凍てつくような寒さだ。暖かな教室から出ていくのにはそれなりの支度がいる。
「あれ、早いね桃矢。今日、バイトだっけ?」
ぴったりした革の手袋をはめるのに手間取っている友に雪兎が尋ねた。
「うんにゃ」桃矢は片方の手袋を口にくわえたまま返事をする。
「まだ、具合悪いの?」
心配そうな様子の雪兎に桃矢は手袋をはめるのを中断し、くわえていた手袋を手に持ち直すと、あいている方の手をそのまま雪兎の髪にあてて乱暴にくしゃくしゃにした。
やっと雪兎の真の姿ーユエ、とかいったーに会えたときは、雪兎はその存在を維持する限界ギリギリまで魔力が低下していた。
桃矢にはいつでも自分の力を投げ出す用意が出来ていたのだが、邪魔が入ったり、雪兎自身に自覚がなかったりで、力の譲渡が行われたのはつい最近のことだ。
おかげで雪兎という大事な存在を守ることが出来た桃矢だったが、それと引き替えに一気に力を失ったため、ひどく消耗しやすくなっていた。
それでも、友をなんの憂いもなく見つめていられるようになったことは、なににも代え難いと幸福だと桃矢は思っている。
そんな友の気持ちを十分すぎるほど知っている雪兎もまた、幸せではあったが、そのために桃矢が失ったものの大きさを考えると、つい表情は曇りがちになるのだった。
「心配すんなって。そんなんじゃねぇ。さくらだ」
「さくらちゃん?」
「はやく帰ってこい、とさ。編み物を教えて欲しいんだと」
「さくらちゃん、なにか編むの?」
「そうらしいな」
「…どうしたの、桃矢?」
 さっきまで自分に向けられていた優しい眼差しとは違うなにかを桃矢の目の色の中に読みとった雪兎はたずねた。
「なにがだよ」
「だって、なんだか不機嫌そうだよ」
「気にいらねぇんだよ」
不思議そうに問う雪兎に実に素っ気なくこたえる桃矢。
「どうして?」
「ま、色々とな」
桃矢は、これでこの話は終わりーとばかりに通学カバンを取り上げた。
雪兎はさくらの名前を聞いて、また少し物思いに沈んでいる。
「気にすんな。元気だよ、もう」
雪兎の胸中を思いやり、桃矢は優しく言う。
「…うん」
「今日も約束の時間までに帰らねぇと、どんな目にあわされるか!」
桃矢は大仰に震えてみせる。
そんな桃矢を見てやっと微笑みを見せる雪兎に、「じゃぁな」とまた挨拶を繰り返して桃矢は教室を出ていった。
だれにも聞こえないくらいの小さな声で「何で俺が…」とぶつぶつ呟きながら。
雪兎は、まだ窓際の自分の席に座ったまま、校舎から出てくる桃矢を待った。
やがて、眼下にその姿をとらえた雪兎は、そのまま友の姿を見送り続けていた。



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