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「あったかマフラー<エリオル2>」



「ごめんね、エリオル君つきあわせちゃって」
「いいんですよ、どうかお気になさらないでください」
心から申し訳なさそうなさくらのに対して、エリオルが穏やかにこたえる。
「ありがとう」
二人は友枝の商店街を並んで歩いていた。もう何度同じことを言い合っただろうか。「ごめんね」を繰り返すさくら。そしてエリオルの答えに「ありがとう」と返す。
こんな二人が白い息を吐きながら仲良くおしゃべるする様子はとても無邪気そうで、道行く人の中には、この一見可愛いらしいカップルに笑みを浮かべる人もいた。

エリオルはいつだって優しい。その笑顔も落ち着いた物腰もどこか自分の父を思わせて、さくらはエリオルといるといつも落ち着く。エリオルの横顔を見ながら、さくらはぼんやりとそんなことを思っていた。
「前に、大道寺さんたちと一緒に行ったお店ですね?」
「うん、そうなの。もう、すぐそこだよ。ほら」
さくらは楽しそうに「ことりや」を指さした。
店内には相変わらず色とりどりの手芸用品が並んでいたが、真冬のことなので店の奥の棚は暖かそうな毛糸に独占されていた。
さくらはまっすぐに店の奥へとすすみ、毛糸の棚を目指した。
「ほえええええ〜、いっぱいあるよ〜」
毛糸を間近で見て、さくらは改めて圧倒されてしまった。
色だけではなく、太さや素材、メーカーなどなど、種類がたくさんありすぎて、なにがなんだか判らなくなりそうだった。
「まずは、色をお決めになってはいかがですか?」
「そ、そうだね」
その場に釘付けになってしまったさくらをエリオルの言葉が救った。そのアドヴァイスにほっとして、さくらはやっと色を選び始めた。 「青がいいかな、紺、とかも。あ、こっちの緑もきれい!」
さくらは寒色系の毛糸が集められた棚の前を行ったりきたり。一つ手に取ってみては、また戻し、別のを取っては戻しーと、またまた悩み始めた様子。
エリオルはそんなさくらをしばらく楽しそうに眺めていたが、やおら棚に手を伸ばすと毛糸玉の一つを抜き出し、さくらの前に差し出した。
「こちらのグリーンはいかがですか?李君は緑色がとてもお似合いですし。それに太めの糸ですから、編みやすいと思います」
エリオルの差し出した緑の毛糸は落ち着いた色調で、確かに小狼に似合うと思われた。
「うん、そうだね。」
さくらは珍しく即決した。
「ほえ?でも、どうしてエリオル君、小狼君に緑がとても似合うって知ってるの?」
だいたい必要な個数をエリオルに教わって棚から抜き出しながらさくらが聞いた。
エリオルはそれには答えず、いつものようにただ微笑んで、「一色だけではさみしいですから、なにかアクセントに別の色を少し編み込まれてはいかがですか?」
と言った。
「別の色を編み込むのって…難しくない?」
先ほどの疑問はどこへやら、ただ編んでいくだけでも大変そうなのに…とさくらは怯え、意識をすっかりそらされてしまった。そもそもちゃんと編み上げられるかどうかも問題だった。
「ええ、大丈夫ですよ。編み方も同じで、ただ、途中で糸を変えるだけのデザインにすればいいんですから」
「本当に?」
エリオルの言葉が信じられない、というより自分の技量が信じられないさくらが自信なげに聞き返した。
「ええ。本当です。お兄さまはこういうのお得意なんでしょう?」
「うん」
それは本当だ。兄は料理も裁縫もなんでもさくらより得意だ。おまけにスポーツも、勉強までできる。お兄ちゃんずるい!とさくらはいつも思っているのだから。
今日は家にいるはずの兄にマフラーの編み方を教えてもらうのだとさくらはエリオルに言っていた。いつも頼りになる知世はあいにくコーラス部の練習がずっと入っていて、時間がとれなかった。 知世はさくらの役に立てる機会を逃してずいぶん残念そうだったが、さくらちゃんならきっと上手に仕上げられますわーと心からそう信じているような口振りで励ましてくれたのだけれど…。
だから、毛糸を選ぶのだけは助けて欲しいのだ、と 「だってわたしが選ぶと変な色になっちゃったりするかもしれないし…」とさくらはエリオルにうったえたのだった。
さくらさんがお選びになった色ならどんな色でも大丈夫、と言ってやってもよかったのだが(そしてそれは紛れもない真実なのだが)、あまりにも真剣なその眼差しに、エリオルは四の五の言わずさくらに付き合うことにしたのだ。
さくらは喜んでくれたが、その結果、彼の方には嫌な思いをさせることになってしまった、と下校時に小狼の見せた表情にエリオルは内心苦笑いしたのだった。
「なら、大丈夫。いいデザインを考えてくださいますよ」
「う…うん」
当番何回分かな?でも、編み上がるまでは絶対に待ってもらわなきゃと決心すると、さくらはアクセントに使う別の毛糸を探し始めた。
「グリーンにオレンジはおかしいかな?」
「いいえ、ちっとも。オレンジ色はさくらさんのイメージにも合いますし」
「わたし?」
「ええ。水着もお似合いでしたよ」
「でも、これは…」
「いいんですよ、それで」
またエリオルにニコリと微笑まれて話が終わってしまった。
小狼君のマフラーなのに…とちょっぴり釈然としないまま、さくらはエリオルに促されて先に選んだ緑色の毛糸と同じ太さのオレンジのものを探し出し、レジに向かった。
途中、以前買って一生懸命作ったクマのキットが目に入り、胸がかすかに痛んだが、今始まったばかりの楽しくも辛い計画で頭がいっぱいのさくらは、すぐに気持ちを切り替えた。


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