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「あったかマフラー<エリオル1>」



「それじゃあ、行きましょうか、さくらさん」
ショートホームルームが終わって帰り支度を始めたさくらにエリオルが言った。
エリオルはもうすっかり身支度を整えて、いかにもキチンとした様でさくらの机の側に立っている。
「ほええええ、エリオル君はやい〜」
「大丈夫ですよ。時間はまだまだありますから」
エリオルはそう言って、大慌てで教科書をカバンに詰め込もうとするさくらをやんわりと制した。
「ありがとう」
ホッとして、にっこりとさくらがエリオルに微笑みかけ、エリオルもまた穏やかな微笑みをかえす。
「じゃ、先に帰るね、知世ちゃん。今日の練習、がんばってね」
コートを羽織りながらさくらが立ち上がり、その様子を微笑ましく見つめていた知世に言った。
「ありがとうございます。さくらちゃんこそ」
「では、行きましょう」
「小狼君、また、あしたね」
エリオルに促され、ドアに足を向けながら、さくらは後ろの席にへばりついていた小狼にも声を掛け、軽く手を振ってからエリオルと一緒に教室を出ていった。
小狼は返事をしなかった。
そんなことにさくらは気づきもしなかったろう、と思いっきり不機嫌になり、仲良く並んで遠ざかる二人の背中を横目で見ていた。

「さくらちゃん、楽しそうですわ」
知世がにこやかに呟く。小狼にギリギリ聞こえるか聞こえないかの微妙な声の大きさだ。
こういう時、小狼はどう反応していいかいつも困ってしまう。
はやくからー多分、小狼が自分で気づくよりもずっと前からー彼のさくらへの気持ちに気づいていた知世は、なにかと小狼に的確なアドバイスをしてくれる。
そのくせ、煽っているとしか思えないことも平然と口にするので、その真意を測れず困惑させられることも多い。
今日も、さらっと「お二人で、これからどこかへ行かれるんでしょうか?」などと言い出した。
「さぁ」
表情にありありと不機嫌さをにじませて小狼は嫌々答える。
「なんにせよ、楽しんでくださるといいですわね、さくらちゃん。お辛いことがあったばかりですもの」
小狼の脳裏につい先日、涙を流しながらも微笑もうとするさくらの様子がうかんだ。あの時胸に感じた涙の暖かさもまだ彼の心の中で消えてはいない。
どういうことであれ、さくらが楽しんでくれたらそれでいい、そう小狼も思い至った。
「ああ、そうだな」
自分の言葉に見事に反応して、たちまち表情と声までが穏やかになる小狼を見て、知世は内心感嘆した。
相手のためと悟れば、自分の妬心を押さえ込んでしまえる、意外に度量の深いところが小狼にはある。
さくらの計画を知っている知世は、今、小狼のためにも喜びを感じた。
(いましばらくのご辛抱ですわね、李君)
心の中でそっとエールを送ると、知世は音楽室に向かった。

知世も去り、教室にはいつの間にか小狼だけが残っていた。
それに気づく余裕が彼にあったかどうか。
暮れゆく冬の教室で、小狼はぼんやと物思いに耽ったまま動かなかった。


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