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「あったかマフラー<エリオル3>」



「なにかあったのですか?」
さくらと別れ、屋敷に戻ったエリオルが居間にはいると、いつもの長椅子に寝そべっていたスピネルが聞いた。
どうやら屋敷内の全ての魔法書を読破するつもりらしく、今日も分厚い本を広げている。
暖炉にはいかにも暖かそうな火が入っていたが、室内は少し湿っぽかった。
「わかるかい?」
「わかりますよ。いつもより戻ってくる時間がずいぶん遅いですし、それに」
「エリオル、すっごく楽しそう!」と暖炉の火を突っついて遊んでいた奈久留が明るい声を上げ、 「そう、楽しそうです」とスピネルも続けた。
「その通り」
そう答えるとエリオルは片方の口の端だけをわずかに上げて微笑んだ。その笑みは、いつもさくらに見せる柊沢エリオルの穏やかなものとは全く違っていて、どこかシニカルだ。
「あの子のことでなにか?」
「ご明察」
「さくらちゃん?エリオルだけズルい!!」
「なにも仕掛けてないよ、買い物に付き合っただけだ」
「それはまた酔狂な」
「ユエの仮の姿ことで色々と悲しい思いをさせてしまったのだから、そのくらいはな」
「さくらちゃん、なにを買ったの?」目を本に戻したスピネルとは対照的に、奈久留は俄然興味を示した。
「毛糸だ」
「毛糸?」
「そう、マフラーを編むんだそうだよ。彼のために」
「へえええ、さくらちゃんやるー!でも、さくらちゃんちょっと不器用なんでしょ?大丈夫なのぉ?」
「あなたが人にそんなことを言えますか?」再び目を上げ、抑揚のない声でスピネルが茶々を入れた。
「どーゆー意味よー?」明るくちょっとだけすねて見せて、奈久留はすぐに話を戻す。
「エリオル、ちょっと手伝ってあげればいいのに」
「編み方はお兄さんに教えていただくそうだ」
「桃矢君、器用だもんね!」
「この寒い中、あの人にわざわざお祭りをセッティングしてもらったあなたの思惑通り、ですね?」
「そういうことだ」
「ねぇねぇ、どんな具合かちょっと見てみない?さくらちゃんの編み物。ね、エリオル!」
「そうだな」
奈久留の提案に従いエリオルが片手を開いた刹那、その掌に杖が収まった。それを大きく振ると、床一面が閃光を放射し、まばゆい光をそこら中に投げかけはじめた。光が収まると、そこには水鏡映える景色のように 木之本家の様子がクリアに照らし出されていた。

『だからぁー、これが表編みで、こうやると裏編み』
『ほええええ!お兄ちゃん、もういっぺんやって見せて!』
『あのなぁ、さっきから何度やってると思ってるんだ』
『もう一度、もう一度だけ、ねっ、ねっ?』
『ったく、しょーがねーなー』
桃矢はぶつぶつ言いながらも丁寧に糸を針から外し、さくらに解るようになんども編む動作を繰り返す。
『表、裏、表…』
『あっ、あ、今のところもう一度!』
『おまえなー!』

「おやおや、どちらも大変そうですね」
ちっとも大変そうじゃない淡々とした口調でスピネルが言うと、
「編み目ボコボコ…。やっぱり手伝ってあげた方がいいんじゃない、エリオル」と奈久留。
「いいんだ、あれで。さくらさんはいつだって一生懸命だ。出来不出来よりもそちらが肝心だ」
エリオルはそう言うと、再び目を床に落とした。そのまま三人はしばしさくらの悪戦苦闘ぶりを眺めていたが、その内すっかり桃矢に同情していた。
「桃矢君、かわいそー」
「兄の方がエリオルに似てますね、あらゆる点で」
二人の会話を聞き流し、第一…とエリオルは心の中でだけ続ける。彼はそんなこと気にしたりはしないだろうからーと。

いつしか夜が更けて凍てついた空に星が瞬き始めた。
そんなことに気づく余裕もなく、少女は針をぎこちなく、それでも一生懸命に動かし続けている。
傍らには兄が居て、文句を言いながらも少女が間違う度に目を解いてやっている。
その頃、少し離れたマンションの一室では、一人の少年が寝苦しい夜を過ごしている。

(日曜日が楽しみですね、さくらさん)
クロウ・リードの生まれ変わりから、柊沢エリオルの顔に戻った彼の微笑みはいつも通り優しく、さくらを見つめるその目は慈愛に満ちていた。






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<あとがき>

アニメの放映時期の問題とはいえ、なんであんなクソ寒い(失礼!)時に祭りなんかやるんだ!
それに2月は「厄よけ」があるんじゃないのか?え?
(関東の事情は知りませんが…)違うのか?と思い
「祭り」そのものもエリオルの「謀」もしくは「計らい」と考えて思いついたサイドです。