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「夜蘭<小狼編6>」


小狼に意識が戻ったのはそれから三日後、父と叔父の葬儀が秘密裏に、かつ慌ただしく執り行われた後だった。 葬儀という区切りの後、その二人はずいぶん前から李家には「いなかった」人物として、存在自体を封印されてしまった。

そんなことは無論知る由もない小狼は、幾分の頭痛とともに目覚めてみると、そこが見慣れた自室ではなく、母の部屋だったことに驚いた。
「ははうえ…。シャオランはどうしてははうえのおへやにいるのですか?」
側にいる母に気付いた小狼はそう問いかけた。
「あなたは覚えていないでしょうけれど、お庭にいるときに大きな雷が落ちてきて、危うく大けがをするところだったのですよ。
幸いショックで倒れ込んだだけですんだのです。それは…」そこで夜蘭はハッと口をつぐんだ。つい、亡き夫の口癖、「神様の思し召し」が出そうになったのだった。
それは小狼の前で口に出来ない言葉だった。もう、父の記憶を持たないこの子の前では。
「それは…?」小狼は無邪気に問い返した。
「そう、それは…本当に、運が良かったのです。解りますか?」
「はい、ははうえ」
本当はよく解らないながらも、小狼はそう答えた。母のいつもとどこか違う口調には逆らえないものがあったから。
「あなたはもう三日も眠っていたのですよ。…何があったか覚えていることはありますか?」
小狼にニッコリ微笑みかけると、夜蘭は尋ねた。
小狼は母にそう言われ、一生懸命考えてみたが、はっきりと覚えていることはなにもなかった。
「…なんにも…」淋しそうに、ぽつりと小狼は答えた。
小狼の答えを聞いて、夜蘭はそっと後ろに控えている偉を見た。
母の視線をおった小狼は、その時初めて部屋に母以外の人物がいることに気付いた。細くて背が高い白髪交じりの男の人だ。
「小狼様」
偉が優しく話しかけた。彼のとても落ち着いた物腰や穏やかな声を、小狼はすぐに気に入った。
「小狼様は、雷が落ちてくる前は、お庭で私と剣のお稽古をなさっていたのでございます。覚えておいでではないでしょうか?」
「おにわで、あなたと?けんのけいこ?……おぼえてない…ごめんなさい…」
不思議そうに問いかけてくる偉に対して、小狼はすまなそうに答えた。
その答えに偉は優しく微笑み、
「いいんでございますよ。誰だってあんなことがあっては混乱して当然でございますから。」と言ってくれた。そして、
「では、もう一度自己紹介をさせていただきます。私奴は偉望と申します。代々李家にお仕えしている一族の者です。
ずっと中国のほうにおりましたが、この度小狼様の教育係を仰せつかりまして、参った次第でございます。」と続けた。
「そう、なの?きょういくがかりって?」と小狼。
「小狼様と一緒にお勉強をしたり、武術を学んだりする者でございますよ」
「じゃ、これからぼくとずっといっしょにいるの?」
「はい、小狼様」
偉の答えを聞いて小狼の幼い顔いっぱいに笑みが広がった。
その笑顔を確認した偉は、小狼の前に一振りの剣を差し出した。小狼は剣を見せられて、またとても嬉しそうな様子を見せたが、それは、先日のフェンシングの細身の剣とは似ても似つかないものだった。当然、小狼にはそんな記憶はないが。
「これが、その時お使いになっておられた剣でございます。また、お元気になられたら、お使い下さいませ」
それは、李家に伝わる法具の一つ。普段は身につけている者の魔力を制限するが、一旦封印を解くと、逆に持ち主の魔力を増幅させる諸刃の剣。それも、小狼の知らぬこと。
小狼を託された偉が、小狼に持たせたいと夜蘭に請うた品だった。
その剣を偉は小狼の目の前で、小さな玉へと変えてしまった。
「あ〜っ!」
小狼は、急におもちゃを取り上げられてしまった幼子そのままに、泣き声混じりの叫びをあげた。
「小狼、なんという声を出すのですか!」
夜蘭に窘められて、小狼はしょげかえり、恥ずかしそうに横目で偉を見上げた。
「大丈夫でございますよ、小狼様」
偉はそういうとその玉を今度はまたあの剣の姿に戻した。目を丸くする小狼を見て、偉も夜蘭も微笑んだ。
「さ、これを…」
剣を再び玉に戻して、偉はそれを小狼の首に下げた。
「必要なときに以外はこうやって肌身離さずお持ち下さい。代々李家に伝わる大事な家宝でございます。でも、いざというときは剣に戻してお使い下さい。 小狼様はたった一人の男の御子でございますから、母上や姉上様たちをお守りせねばなりませんよ」
そう偉に言われて小狼は頷いた。
「うん。ウチにはちちうえがいらっしゃらないんだもんね」
真剣な面もちでそう言う小狼の顔を見る夜蘭の悲しそうな表情を見て、偉が明るく言い添える。
「そうでございますとも、小狼様。お強くおなりなさいませ、今よりもっと」
「うん!」
元気よく答える小狼と対照的に、夜蘭の顔は悲しげに曇った。



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