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「夜蘭<小狼編7>」


小狼をそのまま休ませて、夜蘭は偉と自室を出た。
二人はしばらく無言のまま、廊下を歩いていたが、やがて回廊に出たとき、夜蘭から話し始めた。
「あの子はやはり父を忘れました。」
辛そうな夜蘭の声に偉は言葉を返すこともなく、ただ夜蘭の言葉を待った。
偉家が予言や助言で李家に仕えてきたとはいえ、今、この女主人がそんなことを期待して自分に話しかけているのではないことを偉はよく知っていた。だから待った。夜蘭がその先を口にすることを。
偉の気持ちをくみ取った夜蘭は、ふうっと小さく息を吐いて続けた。
「娘たちにもはよく言い聞かせてあります。もう、李家であの子の父の話をする者はいないでしょう。あの人にまつわる品々も全て片づけてしまいました。あの子は父を失いました。記憶すら。」一気にそう言うと夜蘭は偉の方へ向いた。
「ですから、これからはあなたがあの子に父親代わりとして支えてやって下さい」
夜蘭は、偉が李家に着いたその日に頼んだことを、この場でもう一度繰り返した。
「お任せ下さいませ、夜蘭様。私奴に出来ることでしたらなんなりと」
偉もまた、先日と同じ約束の言葉を繰り返した。
偉の言葉を受けて、夜蘭は肩の力を抜いた。

「ところで、どう見ましたか?小狼を」
少し間をおいて、また真剣な面もちで夜蘭が問うた。その口調から、今度は明確な答えを求めていることが偉には解った。
「そうでございますね。ずいぶん聡いお子さまのようでございます。それに、お優しい」
夜蘭は黙ったまま偉を見つめている。
「魔力はまだまだ未発達で不安定、と拝見しました。けれど鍛え方次第では、とてもお強くなられましょう。お母上様のように。」
偉はゆっくりとかみしめるように告げていった。その言葉には、すでに祖父や父親のような慈愛が込められているのに夜蘭は気づき、安堵した。
「で、偉家の者としては、どう見ますか?」
とうとう、夜蘭は気になっていたことを口にした。小狼の未来は?あの子の力は李家にどんな影響を及ぼすのか?
偉家の持つ力で、それらをどう見るか?
「小狼様は…運命の星の元に生まれたお方。何か重大な使命を帯びておいでのようです。あれだけのお力を秘めながら、この李家にわざわざ男のお子としてお生まれになったことがその証かと。」
夜蘭は同意するように頷いた。
「力の源は月。月が太陽の光を受けて輝くように、小狼様もまた、あのお方にとって太陽とも言えるべき存在になるどなたかと、運命的な出会いをなさるはず。その出会いが小狼様を明るく照らすことになりましょう。ひいては、この李家をも。それがいつ頃なのか、どこでのことなのかはまだ解りません。が…」
偉は一旦言葉を切って夜蘭の方を見た。夜蘭は表情も変えず、ただじっと偉の言葉を待っていた。そこで、偉は続けた。
「おそらく、それは遠いことではありますまい。その日まで小狼様は私奴がしっかりとお育ていたします。」
夜蘭は初めて偉にニコリと笑いかけた。その顔を見て偉は牡丹の花がほころぶようだ、と思った。

一方、部屋に残された小狼は、心地よい疲労感の中で再び眠りにつこうとしていた。
心の中は、あの優しげな人とこれからずっと一緒だという嬉しでいっぱいだった。
まるで急に見知らぬ父や祖父にやっと出会えたような気分だった。なにしろ今まではずっと母や姉たちといった女性ばかりに囲まれて育ってきたのだ。 (あれ………)
でも、ふと小狼に偉とは別の男の人の面影がうかんだ。ぼんやりとではあるが、その人も偉と同じくらい優しい微笑みを小狼に向けていた。
(だれ?…だぁれ?)
小狼は不思議に思った。が、深く考えることは出来なかった。なにしろとても眠いのだ。
未来の李家当主はあっさりと眠りに落ちた。
この後、眠りにつく前に心にうかべた父の顔を、小狼が思い出すことは二度とないだろう。



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あとがき(言い訳)

ひたすら暗くて、長かったです。書いていて「誰か止めて!」とマジで思いました。
でも、意外と読んでくださっている方々の評判は悪くないので、不思議です。
とにかく、こんなダラダラした話を最後まで読んでくださって(あなたはきっと忍耐強い方です!)
ありがとうございました。