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「夜蘭<小狼編5>」


小狼を自室へ連れ帰った夜蘭は、寝台に息子を横たえ、すぐにその意識に触れたみた。
そこにあったのは予想したとおりのもの。
驚愕と、恐怖と、なによりも強い怒り。
(怒りが魔力を増大させるようですね。多くの者もそうだけれど、この子の場合はそれが極端なようです。それにしても、 あんな力を秘めていたとは、不覚でした…)
夜蘭は悟った。夫を愛するあまり、彼の気持ちに必要以上に影響されていたとを。そのせいで、李家に伝わる魔力への備えが疎かになっていたことを。
(小狼のことだけではありません。苺鈴のことも)
自分たちが魔力の有無に拘らないからといって、他の者までもそうだとどうしていえようか?なんといっても李家は魔力を司ってきた一族ではないか。
それなのに。魔力を軽視する心に惑わされて、夜蘭ほどの者が潜在的な魔力を把握できなかったとは!しかも相手は実の息子だったのに。たとえそれが長い間惰眠をむさぼっていたような 魔力であっても、だ。
そして苺鈴。魔力の全くない娘を授かった家衛が、落胆のあまり李家が呪われていると思い詰めたのは誰のせいなのか?
全ては、李家一族を統べる夜蘭の落ち度なのだ。
彼女は自分を責めた。夫を殺したのは家衛ではなくて自分なのだと。そして、家衛を追いつめたのもまた、自分なのだと。
しかし、夜蘭には自責の念にひたる時間も、亡くなった夫への哀惜にひたる間もなかった。
(小狼!)今、夜蘭の意識の全ては小狼に注がれなくてはならなかった。
(…許してください、どんな状況下であっても、自分が叔父を殺したことをあなたに知って欲しくはないのです。
たとえそれがあなたから父上の記憶をも奪うことになっても…)
心の中で息子に詫び続けながら、夜蘭は小狼の意識を改竄した。呪文も唱えず、ただ、両の掌を小狼の頭に置いて。 いつしか自分が涙を流していることなど、全く気付く余裕はなかった。
全てが終わったのは日の入りの頃だった。
だが、精根尽き果てた夜蘭には、まだ考えるべきことが残っていた。

李家。夜蘭は今後の自分を含めた李家のあり方を、当主として当然考えなくてはならなかった。
(私は、李家第一に考えなくては。これ以上不幸な出来事を起こさないためにも)
どう目をそらせても、李家は李家。魔力抜きでは考えられないことを思い知らされて、夜蘭は決意した。
これからは李家の当主としてしっかりと一族を束ね、二度と魔力を軽視するようなことをしないことを自分に誓った。
そして、小狼。
(偉家の者がよいでしょう)
李家に仕える人々の中から、夜蘭は偉家の望を小狼のために選び出した。偉家は代々助言と予言を持って李家に仕えてきた家柄。
今は中国本土で李家のために働いてもらっているが、次期当主の教育のためになら、呼び戻す価値はあるだろう。
そう、次期当主は小狼になるだろう、と夜蘭は確信していた。
次期当主に相応しい教育を受けさせるには、偉望が適任だと考えた。温厚な彼なら、父のような、また、祖父のような愛を小狼に与えてくれるだろう。
怒りで増幅する魔力を持つ幼い男の子には、愛情深い大人の導きが必要だ。だがそれは、まず、李家の当主として生きることを決めた夜蘭には出来ないことなのだから。
(偉なら、小狼を正しい方向へ上手く導いてくれるはず。そして、苺鈴も)
夜蘭は苺鈴のことも考えた。李家にあって魔力がないということは、これからさき、苺鈴にとってどれだけ肩身の狭い思いをさせることになるかー。
ましてや父をあんな風に亡くしたのだ。彼女の未来も考えてやらねばならない。
(ちょうど同い年ですから、小狼となにかと一緒に…兄妹のように育ててもかまわないでしょう)
そう決めた。

大体の方針を決めると、夜蘭は立ち上がり、部屋を後にした。
娘たちに事故のことを教えなくてはならなかったし、偉に会わねばならなかった。
そしてたいそう気の進まないことだったが、妹に、家衛の死を伝えねばならなかった。 おそらくお節介な誰かが「ご注進」に及んでいることだろうが、夜蘭自身の口から、事情を説明してやる必要があった。
そしてまた、その妹の悲しみも受け止めてやらねばならない。
それが治まったら、二人で苺鈴について話し合わなければならないだろう。
自分の娘たちにも父の事故死を伝えねばならない。これからの弟への対応についても。
最後に、夫を捨てた祖国の家族にも知らせてやる必要がある。
(それがすんだら…やっと泣けるはずです)
夜蘭はそう思った。  



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