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「夜蘭<さくら編2>」


夜が更けて屋敷の者たちがほとんど寝静まっても、夜蘭はまんじりともせず待っていた。
その身に綾羅錦繍をまとったまま、髪を一筋も乱すことなく端然と椅子に座って待ち続けた。
ほんの些細な気の乱れも感知すべく、精神を集中している夜蘭には、屋敷内で起こっているほとんどのことが 伝わってきていた。
はしゃぎきって疲れたのか、早々にそれぞれの自室に戻って既に熟睡している4人の娘たち。
魔力が弱いことが幸いして、何にも眠りを妨げられていないらしい。
静かな寝息を立てて眠る青年たち。
屋敷の中を静かに移動しているのは偉。客人もいることなので、特に念入りにあちこち戸締まりを確認して回っているらしい。
さすがに何かを感じとっているのか、時折寝苦しそうに寝返りを打つ息子、小狼。
そして、やすらかに眠りについている2人の少女ともう一つの気。
まだ、特に異変は起きてはいない。
だが、必ずなにかが起こる。夜蘭の心がそれを知り彼女自身に強く訴え続けている。

微力でも力になってやらねばーと。

どのくらいの時をそうやって過ごしたのだろう、突然、自らを包む夜の闇が深くなったことに夜蘭は気付いた。
(…やはり…きたようですね)
夜蘭はなんのためらいもなく真っ直ぐに少女たちのいる客間に向かった。
室内には明かりが灯り、かすかな話し声が聞こえている。
彼女たちの気の乱れが痛いほど伝わってくる。
少女たちをこれ以上怯えさないように静かにノックしてから、夜蘭は部屋に入っていった。

玉帝有勅
神硯四方
金木水火土
雷風 雷電神勅
軽磨霹靂 電光転
急々如律令!

魔力を持つ少女を庭園に張り出した広いバルコニーに立たせ、夜蘭は重々しく呪文を唱えはじめる。
不安げにたたずむ少女から、とても強い念が感じ取れた。それは強大な魔力を持つ夜蘭さえも不安にするほどの禍々しく、そして悲しい念だった。
(できるだけ力になってやらねば)
夜蘭が呪文を唱え終えると、少女はまばゆい光に包まれた。蛍を思わせるような光の粒が、周囲をふわふわと漂い、落ちてくる。

夜蘭が望んだものが少女の眼前に紅色の球体となって現れ、移動してきた。
その気を読むことで、夜蘭にはおおよそのことが解ってしまった。
それ以上のことも。知りたくなかったことまでもを。

内心の動揺を隠し、少女から感じ取った必然を夜蘭は粛々と告げた。
「あなたはよばれてこの香港へ来たようですね」
「誰に、ですか?」
おずおずと問いかける声に不安がこもっていた。
「夢の中の女」
その端的な答えに少女の顔いっぱいに驚きが広がった。
大きな危険が迫っていること、魔力を持つものは往々にして魔を呼び込みやすいことなどを夜蘭は粛々と語った。
「わたし、どうすれば?」
少女は、夜蘭になら解るのではないかと思い、答えを待っているようだった。
けれど、夜蘭には少女の望む明解な答えを返してやることは出来なかった。
(これもあなたへの特別な試練なのですから…)
だが、それをそのまま告げてしまうのはなんだか酷な気がした。だからかわりに
「あなたの進むべき道を知っているのはあなただけです」と言ってやった。

その言葉を聞いた少女が、恐怖心を抱いた様子が見て取れた。
大きな目を見開いて心細げな少女に夜蘭はそっと歩み寄り、少女の柔らかな頬に手を添えながら優しく言葉を添える。
「あなたなら、きっと見つけられます。大丈夫…」
たったそれだけの行為に慰められたのか、少女は微笑みを返してくれた。



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