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「夜蘭<さくら編3>」


少女が自室に戻り、どうやら眠りについた様子なのを確認すると、夜蘭もやっと自室へと向かった。
予想通りに偉が部屋の前で待っており、
「いかがでしたでしょうか…?」と問いかけてきた。
彼女らが李家についたことを女主人に告げたとき、偉は日本であの少女に会っていると言っていた。
その時の様子から偉もまた、あの少女を気にかけていると夜蘭は知っていたのだ。
「安心なさい。あの子ならきっと大丈夫です」
そう言ってやると、偉は見るからにホッとして、夜蘭に深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
「ですから、あなたももうおやすみなさい」
夜蘭の声は優しい。
「では。失礼します。おやすみなさいませ」
丁重にもう一度頭を下げると、偉はやっと下がっていった。
その姿を見届けてから夜蘭が自室に入ると、先ほど感じた闇の深さはすでに消え失せていた。

部屋で一人きりになり、先ほどの出来事を思い返してみた。
(強くて、そして、優しい子だこと…)
不安が全くなくなったわけでもあるまいに、落ち着いたという素振りを見せる姿がいじらしかった。
(あの子なら、大丈夫)
今日ずっと夜蘭の心中に渦巻いていた不安もまた、少女の笑顔でかき消された。
たとえそれが意図的に作り出された笑顔であっても。そう、大事なのはどんな時にも微笑もうとする心の持ちようなのだから。

自分も思わず微笑むと、次に、はからずも知ってしまった「未来」に思いをはせてみる。
自ら封印して使わないでいた力だったが、それと拮抗するほどの魔の力に感応して、ついに解き放たれてしまったのだろうと夜蘭は考えた。 悔いる気持ちはなかった。自分にとっては少女の助けになることが一番大事な気持ちだったのだから。
なぜ自分があの少女にこだわるのか、その理由も同時に明らかにされてしまったことでもあるし。
そして、そうなったことにより、その思いはなおも強まっていったのだった。

もうすぐ、あの少女はクロウカードの正式な主になる。この世に災いはもたらされない。
息子、小狼は日本にとどまる必要はなくなるのに、戻らない。
それは少女と息子にとっては新たな試練の始まりにすぎないから。新たな危機に、小狼は少女の元を離れられない。
少女と小狼は幾度となく危機を乗りこえなくてはならない。
そして、その過程であの二人は………
夜蘭は少女を包む光の中に小狼の姿をもはっきりと見てしまった。
(あの少女の未来は小狼とともに…小狼の未来もまた、あの少女とともに…)

昼間、少女に初めて会ったときに感じた予感は今、夜蘭の中で未来の情景として確信と化した。
あの少女は確かに夜蘭の人生に深くかかわることになる。それも、これ以上望むべくもないほど好もしいかかわり方で。
彼女はもうしばらくの間息子を失うことになるが、それは未来でもう一人の娘を迎えるための道筋なのだ。
(あなた方は自分の気持ちに、いつ気付くのでしょう)
自分たちの未来がつながっていることなどなにも知らずに眠る子供たちが、急に愛おしく思える。

(知ってしまった未来にしては、上出来でしょう)
夜蘭はまた一人微笑む。
(さくら…と名乗ったはずです。そう、きのもと さくら)

その日から、夜蘭の中でその少女は「さくら」となった。







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「あとがき」

初めて夜蘭さんの登場シーンを見たときに思ったのが、「どうしてさくらちゃんと李くんで扱いが違うの?」でした。
ですから、この話はわたしなりの「理由づけ」です。 書いている途中、話の視点がさくらちゃんからものになってしまっていることに気付いて(そっちのほうがわたしには楽でしたから)、 慌てて書き直しました。