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「嘘つき<千春編>2」


「保健室、すぎちゃったよ」
保健室の前を通り過ぎてまだ歩き続ける千春に、さすがの彼の声にもいぶかしさが
含まれている。
「言ったでしょ、先生いないって。だから、こっち」
「こっちって?」
「いいから」
不思議そうに首を傾げる彼を一睨みして、自分についてくるように目で告げた。
彼はちょっと困ったような顔をしたけれど、それでも何も言わずに千春の進む方に
ついてきた。彼の足音を聞きながら、千春はますます歩みを早めた。
(なによ、わざとらしく首なんか傾げちゃって。さっさときなさい!)
心の中で彼に毒づきながら、千春は校舎内を抜け、中庭に彼を連れて行った。

「そこ、座って」
千春は、涼しそうな木陰を探し、彼に指さした。
彼が腰を下ろすのを待つのももどかしく、千春は再び彼に聞いた。
「ねぇ、いったいどういうつもりなの?」と。
さっきまでとはうって変わってかなり強い口調なのが自分でもよくわかった。
(もう少し穏やかに言うつもりだったのに…)
それでも、自分の声が聞こえた途端、その物言いの強さに触発され、
抜けていったはずの毒気が戻ってきたかのように、千春はさらに厳しい口調で一気
に続けた。
「けがなんかしてないくせに!!どういうつもり?」
彼のこたえは解りきってるのに、それでも聞いてしまった。
時折吹き抜けていく風の心地よさで、我知らず頬が熱くなっていることに千春はやっと
気付いた。

やがて、山崎君ののんびりとした声が聞こえてきた。
「え?だって、千春ちゃん、解ってるでしょ」
(ほらきた)
予想通りの反問。それが彼のこたえ。
言い訳なしの説明なし。
やはり端から千春を自分の”共犯者”と認識しているらしい。
あまりにも予想通りのこたえが、予想通りの反応とともにかえってきたために、千春の
怒りはようやく落ち着きを取り戻し、再び心の奥底にまで沈み込んだ。
高ぶる感情が落ち着いて、ホッとした千春は肩の力を抜くと彼の問いにしぶしぶ答えた。
「…………わかってるわよ。李君のためなんでしょ?」
彼は先ほどの奇妙な出来事に便乗して、負傷したフリをして、なでしこ祭の主役を久し
ぶりに再会した友だちに譲るつもり。
彼は一見のんびりとした風情でいながら、洞察力には侮れないものがある。
案外とデリケートで、そして敏感。その上、とても優しい。
あのまどろっこしい二人を見ていたら、何とかしてあげたくなるのは当然のこと。
それはとてもよく解る。千春とて、彼らのためになにかしてあげられればーと願っている。

(でも、でも)
でも、彼の「策」に頭では賛同しながらも、千春の心は釈然としない。頭と心。その差に
千春は戸惑い、そしていらだっている。

雑草の生えていない手入れの行き届いた中庭は、それでもかすかに草いきれがして、
千春はにわかに息苦しさを覚えていった。




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