「気持ちは解るけど、でも、ケガしたなんて嘘はよくないわ。山崎君らしくない。人に心配かけるような嘘、ついたことないくせに。
みんなすごーく心配してるわよ?」 千春はそう言う自分の声を聞いた。 一番心配したのはわたしだけどーと千春は心の中でだけつぶやいてみた。 ほんの一瞬ではあったけれど、痛がる様子の彼の姿を見て本当に本当にゾッとした。今、その時のことを思い出すだけでも涙が出そうになるくらいに。 でも、それは彼が咄嗟についた嘘だと気がついたときの安堵感は! 様々な思いが千春の胸の中でせめぎ合っているのを知ってか知らずか、彼は相変わらずのんびりと話を続ける。 「ごめんね。でも、いい考えだと思ったんだ。李君なら、あの服も似合うし」 「…そうね」 気のない相槌をうちながら、また、心の中でそっとつけ足す。あなただって似合ってた。 「李君なら、科白も早く覚えられるだろうし」 「…そうね」 (あなただって頑張ってすぐに科白覚えられたじゃない) 「李君なら、だれも反対しないと思うよ」 「…そうね」 (あなただってクラスのみんなから選ばれたのよ) 「もし、王女様役が千春ちゃんだったら譲らないんだけどね」 「…そうね………?!」 「だから、お姫様がさくらちゃんじゃなくて、千春ちゃんならボク、絶対役を譲らないんだけどね、って話」 そう言って、彼はまた微笑む。 「バッ…バッカじゃないの!」 「どうして?」 「だって、そもそもさくらちゃんがお姫様役だから、李君に王子様役をって話じゃないの!」 「そうだよ」 「だ・か・ら、それじゃ、前提が狂っちゃうじゃない!!」 「そうだね。だから、”もし”もっていう話なんだけどね。だけど、もしそうならいいのにーって、ボクずっと思ってたんだ」 ああ、もう。 どうしてこの人はこういう話をさらっと言ってのけるのだろう?どうしてー? 困惑する千春に向かって、彼はもう一度微笑んだ。 明日からの練習を、私はこの人の隣でどんなを顔して見ればいいんだろうー 千春は、わざとふくらませた頬を少しだけ赤らめながら、そんなことを考えていた。 また、そよと風がそよいだ。 | ||