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「嘘つき<千春編>1」


校内はまだ少しざわついていた。
仕方ないわね、と千春は思う。

突然に急激な眠気に襲われた瞬間には抗うすべもなく、眠りにつかされ(たのだろう、と思う。
なにしろ次に記憶があるのは”目覚めていく”自分たちだった)、みながみな意識を取り戻し
た時には負傷者まで出ていたのだから。
小学校にいた人が校舎内、校庭の別なく、みんな今日みたいに眠ったしまったことは、前にも
あった気がするし、友枝小の中でだけでなく、友枝町のあらゆる場所で、こういった妙なことは
頻繁に起こっているようだった。
けれど、そのせいで誰かが負傷したというような話はさっぱり聞いたことがなかった。
だから、毎回変なことが起こるたびに人々はそれなりに不思議がったのだけれど、大きな騒ぎ
にもならず、やがて、忘れられていったのだった。

それは千春にとっても同じことで、そんな”変なこと”に実際出くわしたこともあったけれど、
すぐに「過去」の話になってしまった。
これまでと同じ様に、さっきのことだって(ああ、またか)ですんでしまうはずのことなのだ
けれど、今回だけは違った。
山崎君がケガをしてしまった。
幸い、ケガをしたのは今のところ山崎君だけらしいけれど。
クラスで演じるお芝居の、彼は主役なのに。ケガをした彼は自分はもう舞台に立てないと言った。
彼は見ている方が痛くなりそうなほど、ジッと痛みに耐えている表情でそう言ったのだった。
不慮の事故だから、仕方がないと千春は思った。本番までもう日数がないのだし、と。
でもー
でも…ね…。

「ちょっとどういうつもり?」
寺田先生やみんなから引き離し、山崎君を保健室に連れて行きながら、千春は彼にしか聞こえ
ないような小さな声でつぶやくように言った。
「え…どういうって?」
「もう、しらじらしいんだから!!」
声にまでとぼけた雰囲気を響かせ、ぬけぬけと聞き返す彼の喉元を千春は思いきり締め上げた。
「痛い、痛いよ。降参、降参」
そういう彼の声は、それでもなお笑いを含んでいて、千春は自分が一人カッカしていることが
馬鹿らしくなってしまった。毒気を抜かれた千春が手に込めた力を自然と緩めると、さらに調子
に乗ったらしい彼は「ぼく、けが人なんだよー」と続けた。
(誰がけが人ですって?誰が?)
千春は喉まででかかった言葉を飲み込み、「だから保健室に行くんでしょ?夏休みなんだから、
先生、いないだろうけど」とだけ言い、さっさと歩き始めた。
「千春ちゃん、待ってよー」
後から山崎君の声が追いかけてくる。情けなさそうな、それでいてやっぱりどこか楽しそうな声。
(まったく、どういうつもりよ!)
千春は声に追いつかれないように小走りになった。




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