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理系学会の歩き方
研究者はなぜ学会を目指すのか
発表本番編

 前回は 学会発表を準備する不良研究員の話を述べてきました。
 どうにか出発間際に発表原稿がまとまったようですが、本番はどうなるのでしょうか。
 あまり準備に時間をかけなかった彼ですが、こんなことで通用するのでしょうか。

 引き続いて 会場での動きを追ってみましょう。

この文章は理系学会の歩き方発表準備編の続編です。
初めての方は まず其方からお読みください。

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    会場に着いた後

 交通手段は何にしろ、とりあえず不良学会員も 会場に到着しました。

 会場は 参加人数に応じて 国際会議場や文化会館が選ばれます。
 今回は2000人規模なので 比較的大きめな会議場で行なわれています。

 朝早く受付開始と同時に到着したのですが、すでにスライド受付は賑やかになっています。

 まず、総合受付で参加費を支払い、「抄録集」を買います。
 前にも書きましたが、「抄録」とは発表の概要をまとめたもので 詳しいプログラムも入っています。
 白黒の印刷で立派な製本でもないのに数千円もします。

 これらの金が学会の懐を潤すのですが、抄録集には協賛企業の広告も入れられていて二重の収入になります。
 寂しい懐にはダメージ大なのですが、税金みたいな物と思って諦めるしかありません。

 全てのお金を払い終わると参加証が渡され、会場では名札代わりに着けることになります。


 参加登録が終わったら、発表用のスライドを提出しなければいけません。
 提出締め切りは 発表の30分前になります。
 早いセッションに当てられた不良学会員は すぐにスライド受付に向かいます。

 ここで気をつけなければいけないこと。
 一番大事なのは「スライドを忘れない」ことです。

家に忘れてきた
飛行機・列車に忘れてきた
ホテルに忘れてきた
違うスライドを持ってきてしまった
スライドケースが空だった

 冗談みたいな本当の話です。

 これをやってしまうと、しばらくの間 伝説の人物として語り継がれることになってしまいます。
 何人か ヤッてしまった人がいるのです。(そして10年以上も語り草になっている)

 いつもは お間抜けな不良学会員も これだけはしっかりチェックしていたようです。
 スライド受付のお姉さんからスライド・ホルダーを受け取り、自分でセットします。

 ここで気をつけるのは「スライドの上下・左右を間違えない」という点です。
 顕微鏡写真は反対になってもかまわないのですが、断層写真や文字スライドは 壇上で大恥をかく羽目になります。
 実際にスライド受付で試写を行い、しっかりと確認を行ないます。

 本番になってから ドジな係員が最後のスライドから映写してしまうことがありますが、それは自分の責任ではないので冷静を装いながら やり過ごします。


    セッションが始まると

 スライド受付を済ませた不良学会員は 発表が始まったホールへ向かいます。
 この規模の学会になると 複数のテーマをホールごとに分けて同時進行しています。
 聞きたい演題が同時に進んでしまうことも珍しくありません。

 とりあえず、自分の発表があるホールへ向かいましょう。
 本番までに雰囲気に慣れ、進行役の座長の傾向を観察します。
 会場に集まった聴衆が どのような質問をする人たちかも重要です。

 朝一番だというのに座席は半分以上埋まっています。
 不良学会員にとっては ちょっと残念な状態です。
 もっと悪いことに 発表が始まるとホールは盛り上がってきてしまいました。

 最初の発表に対して、質問が続出。
 いきなり、演者と質問者の意見がぶつかっています。
 さらに別な質問者が出てきて ぐちゃぐちゃの状態になってしまいました。(よくあること)

 自己主張が強くて 興奮し易い人たちの多いセッションに放り込まれてしまったようです。

 討議時間をオーバーしても質問者は引き下がりません。(よくあること)
 質問の域を越えて、思想闘争の様相を呈しています。(よくあること)

 このままでは日が暮れてしまいますから、これを収めるのは座長の仕事です。

 今回の座長は話し続けようとする質問者を強引に遮ると、「時間がありませんから、続きは後ほどの懇談会で」とまとめてしまいました。
 もちろん懇談会でこの話題が出ることは少ないのですが、中にはコップの飲み物を掛け合うような物理的な衝突に発展してしまうこともゼロではありません。

 中には 我関せずでトコトン議論させる座長もいるので要注意です。

 セッションを適度に盛り上げ、なおかつ時間どおりに終わらせるのが座長の腕の見せ所なのです。


    野を越え山越え 演題は進む

 このセッションの座長は 強引とも言えるくらいの勢いて演題をこなしています。
 が、ここで思わぬ強敵が出現します。

 発表は口述5分・討議3分と決まっているのですが、これを守らない演者が出てきました。

 この会場では 演壇に主催者側が計測するストップウォッチが置かれています。
 最初のスライドが始まるとスタートし、残り時間が1分を切ると赤い警告灯が点滅する仕組みです。

 不良学会員のような人間でも 発表時間を守ることだけは細心の注意を払います。
 発表に慣れない人間は壇上では 緊張で早口になる傾向があります。
 このため練習で5分丁度で調整した原稿も 本番では4分程度で終了することが多いのです。

 が、自分の主張を宣伝したいと思っている発表者の中には 意図的に時間を超過する連中がいるのです。

 この演者は5分を超えても まだ実験結果を話しつづけています。
 5分ちょっとすぎた辺りから 座長が咳払いを始めました。
 暗い中でも分かる迷惑顔です。

 が、演者は全くお構いなし。
 6分を過ぎて ようやく考察までたどり着きました。
 座長は 席に置かれたチャイムを連打します
 それでも動じる風もありません。

 更にスライドを続け、3分近くオーバーして発表が終わりました。
 座長がもちろん、聴衆も呆れ顔。

 「次回は発表時間を厳守してください。」と座長からお叱りがありますが、もちろん馬の耳に念仏です。
 もちろん 「時間が押していますので」の一言で 質疑応答は省略になります。


    いよいよ・・・

 どんどん不良学会員の発表が近づいてきました。
 その後は 追い詰められた座長が 更に強引に演題を片付けています。

 自分の前の発表が始まると、演壇の脇に設けられた「次演者席」に移動します。
 原稿を確認、いよいよ迫ってきました。
 時間がギリギリで 進行が早いのは幸いです。
 難しい質問が出にくくなるのです。

 前の演題は あっさり終了。
 自分の番が来てしまいました。
 演壇に上がると 聴衆の数が急に増えたような気がするものです。

 スライド映写の合図を送ると、原稿を読み始めます。
 ずっと下向きで話していると某失言首相のようで非常にカッコ悪いので、できるだけ聴衆を見て離すように心がけます。

 前にも書きましたが早口にも要注意です。
 更に、口述原稿とスライドがずれていないかにも 気を配らなければいけません。

 なんだか良く分からないうちに 原稿を読み上げてしまいました。
 時計を見ると20秒以上時間が余っています。
 やはり早口になっていたのでしょう。

 まあ、上を見れば切りはありませんが、大きなミスが無かったので良しとしましょう。


    質問タイムは針の筵

 しかし、一番の問題は これからの「質疑応答」です。
 難しい質問が出ると 手におえない可能性があるからです。

 会場が明るくなると 共同演者である上司の姿を探しますが まだ来ていないようです。
 こうなると助け舟は期待できませんから、自分の力で切り抜けるしかありません。

 座長が「質問ありませんか」と口を開くと、数人から手が上がりました。
 皆 面識のない人ばかりです。
 心の中では毒づいているのですが、顔に出してはいけません。
 質問が無いのも寂しいのですが、多いのはとても困ったものです。

 最初は恰幅の良い男性です。

 「発表の内容は斬新で 興味深く拝聴しました。」

 普通、質問はこの手の社交儀礼から始まります。

 「ところで この実験に使われた薬品の濃度はどのくらいなのでしょうか。あと、有意差が出ていないようなのですが 濃度を上げると どうなるとお考えでしょう。」

 このような技術的な質問は答え易い種類のものです。
 質問する相手も同じような実験を進めていることがありますが、素直に自分の方法を答えますし 考えていることを言えばOKです。
 この質問者も すぐに納得したようです。

 心の中では 「もう終りにしてくれ」と叫んでいるのですが、座長は次の質問を受け付けてしまいました。


 こんどは細身の中年女性です。

 「ちょっと お聞きしたいのですが、XXXを今回のような実験で使うことに意味があるのでしょうか。」

 これが最悪の部類に属する質問です。
 演者は「意味がある」と信じるからこそ 発表をしているのです。(当たり前)

 この手の質問をする相手は 私の結論が気に食わないのでしょうが、こういう風に質問されると答えようがありません。

 たとえば、「XXXではなく ▲▲▲を使ってみたことがありませんか」と質問されれば 議論になりうるのですから気をつけて欲しいものです。

 とりあえず、質問者が何を考えているのか分かりませんから、
 「今回の実験では 有意差がありませんが 今後に繋がる結果が得られたと考えています。」
 
と 当り障りのない答えをしておきます。

 普通はこれで引き下がってくれるのですが、向こうはもっと噛み付いてきました。

 「今回の実験では有意差が出ていないのに なぜ関連性が指摘できるのでしょうか。ただの偶然ではないのですか。」

 もう、完全に最悪です。
 質問者は 是が非でも こちらの主張を打ち砕きたいのです。(よくあること)

 こうなったら逃げるが勝ち。
 「確かに 今回は有意差は出ませんでしたが、海外では関連性を指摘する論文が出ています。当施設でも継続実験を行い 更に詳細を検討したいと思います。」
 これで「あなたとは議論する気が無い」と表明したつもりなのですが、向こうは何か言いたげです。

 が、ありがたいことに 座長が「もう時間がオーバーしていますから、次の演題に進みます」と告げてしまいました。

 こうして 不良学会員の発表は終りを告げたのでした。
 これで 何の心配も無く 学会期間をエンジョイできるのです。


さて、肩の荷が下りた不良学会員。
あと2日半ある学会期間をどのように過ごすのでしょうか。

次回は会場の外では何が行なわれているのかを見てみましょう。
「つまらない」というメールがきたら打ち切られてしまうかも。

請う ご期待!


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