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貴方の隣のブラックホール
デリバティブ 賭博開帳編

 筆者が このホームページの更新を中断する少し前のことです。

 是非 マナ板に乗せたいと思っていた金融商品がありました。

 その商品、胴元は有名外資系証券会社で 悪趣味なカラー広告を さかんと雑誌に載せていましたし、露骨な提灯記事も目に余るものがありました。

 この金融商品の中身を見てみると、

 購入者に一ヵ月後の日経平均株価が上がるか下がるかを当てさせようというのです。

 10000円払って 上の三つの型のワラントのどれかを買って、当たれば 掛け金が最高で2倍になるかわり、外れれば元金はパー。
 「デジタル・オプション」とか「バイナリーオプション」って立派な名前が付いてても、投資というよりただの博打

 販売会社の言い分では「初心者向けの簡便な商品」「持ち株の価格下落リスクをヘッジする」ってことになっているんですが、広告を見てのとおり 安直なスリルを売りにしているようにしか見えません。

 この賭博類似デリバティブ 選択肢は3つあるのに リターンは最高でも2倍ですから、良いネタ間違いなしだったのですが・・・
 あまりの暴利構造が 馬鹿にしていた日本人にもばれたのか、私がのんびり駄文を書いてるうちに 廃番商品となっていたのでありました。

 何もなければ そのまま ほかのボツネタと一緒にHDDの肥やしになってしまうはずだったのです。


 ところが それから月日は流れ、2005年5月のこと。
 筆者のネタ不足を救おうとしたのか、同じような賭博類似ワラントを売り出す会社が現れました。 

 今度の発売元は外資混血の日光誠実証券、その名も「〒”ヂワラ」。
 前回CL証券のベタベタの広告よりは 怪しさを感じさせないデザインです。

 

 中身は日経平均株価の上がり下がりを予想する数当てゲームで、前の商品とほとんど同じなんですが、

 変動値幅に応じて細かく選択肢が増やさたりして、広告の見た目だけでなく 先行他社の失敗を研究した形跡が伺えます。

 中でも 違いが際立っているのは、強気型ワラントと弱気型ワラントの設定でしょう。

 

日光誠実証券
”ヂワラ」

おフランス外資証券
「マ-ケッ卜・7アイャ―」

強気型
値上がり予想

基準値+200円(約2%)を上回る
2.6倍

基準値+4%(約400円)を上回る
2.0倍

弱気型
値下がり予想
基準値−200円(約2%)以下
2.5倍
基準値−4%(約400円)以下
2.0倍
レンジ型
横ばい予想

変動幅
−200円を超え+200円以下
2倍

変動幅
−4%を超え−4%以下
1.45倍

 おフランス証券では4%以上の変動を当てたとしても たったの2倍にしかならなかったのですが、日光誠実証券では 約2%の変動で2.5倍になるんですねぇ。
 的中範囲が広がってるのにオッズが増えるなんて、この世知辛い業界で どうしたことでしょう。


 ま、そもそもお仏蘭西証券が売り出した博打類似カバードワラントが 超ー極悪な作りだったんですけどね。

 最初に1万円でワラントを買って、当たれば2万円バックですから リターンは+10000円。
 外れれば1銭も戻ってきませんから、こっちは-10000円。

 これをペイオフ図にしてみると・・・

 こんなグラフになっています。

 普通の金融商品ではあまり見ない形をしていますね。
 設計者はシロートさん相手のめずらしさを狙ったのでしょうか。

 しかし、似たような形は古典的なコールオプションを組み合わせてもつくることが出来るんです。

 「アット ザ マネー(ATM)」のコールオプションを買って・・・

 同じ量だけ 「アウト オブ ザ マネー(OTM)」のオプションを売り建てます。

 この二つのポジションを合わせてみると・・・

 似たような形の合成ポジションが出来上がり。
 一般に「ブル・スプレット」と呼ばれる戦略です。

 日経平均株価の指数オプションは大阪証券取引所に上場されていますので、取引値を参考にしてみましょう。

 オプションの残存期間を 賭博風デリバティブに揃えて約3週間で見てみると・・・

日経225指数コールオプション
2005年6月限
5月19日
権利行使価格

終値

11500円 25円
11000円(ATM) 185円
10500円 595円

 ちなみに当日の日経平均株価終値は11077.16円ですので、11000円のコールを買って 11500円のコールを売ると・・・


初期投資を10000円に揃えて作図

 青線のような合成ポジションが誰にでも組めるはず。(呼び値スプレットや各種コストは便宜上無視しています。)

 このバクチ 少なくとも3倍の配当が無ければ割に合わないのが一目瞭然。
 オプション理論を知らなくたって 購入者側が圧倒的に不利に出来ているのが分かるでしょう。

 こんな設計だと 多くの人が直感的に 兇悪さを悟るのでしょうか。
 発売元も しばらく派手な広告と露骨な提灯記事で罠を張ってたようですが、たいして話題にもならず すぐに商品自体が消滅してしまいました。
 最後の頃には 経路依存性オプションを含むバージョンを追加したりと 目先を変える努力は見られたものの、悪逆寺銭率は全く改善されていませんでした。


 さて、 当然 その失敗を知っているはずの日光誠実証券。

 単純に最高倍率が2.6倍に上がって パッと見の魅力が増したのは勿論、値上がり・値下がりの的中範囲も広がっていますから 購入者有利になってるように見えるのです。

 が・・・、ワラントの対象範囲が200円刻みになってしまうと、500円刻みの上場オプションの価格を使って有利・不利を推測するのが(少しだけ)難しいの。

 それでも 歯が立たないわけではありません。

 日光誠実証券の「〒”ヂワラ」のリターンをペイオフ図にしてみると、こんな形になってます。

 確かに「マ-ケッ卜・7アイャ―」よりは有利になってはいるんですねぇ。

 これと似た形をヨーロピアン・オプションで組み立てるには、まず「基準価格+180円のコールオプション」を買って・・・

 更に 「基準価格+200円のコール」を売り建てます。

 上の二つのポジションをあわせると・・・

 こんなペイオフ図になるでしょう。

 つまり、

「6月1日の日経平均+200円を行使価格とする残存期間23日のコール」
「6月1日の日経平均+180円を行使価格とする残存期間23日のコール」

 この二つが解れば「〒”ヂワラ」の正体が掴めるはず。


 勿論 そんな上場商品があるはずがないので、何かの計算でオプション価格を算出するしかないでしょう。

 オプション価格といえば 有名なのはブラック・ショールズの公式でしょうか。
 その理論には全く歯が立たなくても、計算するだけならどうにかなりそう。

ブラック・ショールズ式について
参考資料リンク

はてなダイアリー
魅惑の似非科学
ワラント資料館

 式に入れる数字で 必要なのは「無リスク金利」と「残存期間」、それに原資産の値動きの大きさを示す「ボラティリティ」の3つの数字。

 「無リスク金利」は ゼロ金利のご時世ですし ゼロに近い数字を入れれば十分でしょう。
 「残存期間」は 商品の条件に合わせて 23日間と決まっています。

 「ボラティリティ」だけは この計算のキモだけに 適当に済ませるわけにはいきません。
 上場オプションからインプライド・ボラティリティを計算するのもよし、日経新聞に載ってる日経225のヒストリカル・ボラティリティを使うもよし。
 ここは手っ取り早く 大阪証券取引所のホームページから数字を拝借いたしましょう。

  大阪証券取引所 ホームページ  

オプション理論価格情報

 ダウンロードしたデータを解凍すると 概ね16%付近の数字が使われているようです。
 ちょっと大雑把ですが 自分で相場を張るのでなければ まあ十分でしょう。

 材料さえそろえば あとは計算機に数字を入れるだけ。
 今は ブラック・ショールズ式の計算が出来るホームページもありますから。

 ちなみに6月1日の日経平均終値は 11330円。

日経平均株価の情報は こちら
日経平均プロファイル

 「無リスク金利=0.1%」、「期間・6月1日から6月23日」、「ボラティリティ=15.85%」で計算すると・・・

 「日経平均+200円を行使価格とするコールオプション」≒95.29円
「日経平均+180円を行使価格とするコールオプション」≒101.85円

 となりました。


 このデータで ブル・スプレットを組むと・・・・

 こんなペイオフ図になりました。

 さっき作った「〒”ヂワラ」の図と 条件を揃えて重ねると・・・

 やっぱり あんまり有利なバクチに見えないですねぇ。

 2.6倍のリターンで揃えると この商品の原価は7700円程度と推測できます。

 フェアバリューを基準に文句をいうのもアレなんですが、粗利益23%ってなんて素敵な商売なんでしょう。


 え?

 「面倒な計算を一杯した挙句に その結論はなんだ!」ですか?

 そうですね。
 バクチの還元率だけなら オプション価格を弄り回さなくても計算できますね。

 この二つの商品とも 「ブル型」と「ベア型」と「レンジ型」の生起確率の和は ほぼ1と見なせるでしょう。
 (発行元の信用リスクなどは無視していますが・・・)

 ってことは それぞれのオッズの逆数を足し合わせ その和の逆数を取ると、それが商品全体の還元率になるはずです。 

 これなら計算は普通の電卓一つで 答えが出ます。

 

推定還元率

 お仏蘭西外資証券 
 「マ-ケッ卜・7アイャ―」 

 約59.4% 

日光誠実証券
”ヂワラ」

 約77.8% 

 やっぱり どっちも胴元大儲けの設定です。

 「マ-ケッ卜・7アイャ―」は 既存の公営ギャンブルと比べても 非常に不利。
 これなら府中にでも出かけて楽しい(?)一時を過ごした方が どれだけマシか。
 商品として盛り上がらなかったのも 至極当然!!

 「〒”ヂワラ」の方だって 競馬・競輪より少し有利といえるんですが 投資商品としては あんまりな数字です。
 会社だって 元から 3競オートの客層がワラントに来るとは思っていないでしょう。
 「〒”ヂワラ」も販売場所はインターネットのみですから、狙う鴨は オンライン取引でガンガン相場を張ってる準素人トレーダーでしょうか。

 ネット取引の世界では 普通の人でもオプション・先物 何でもありで勝負をしています。
 ネット証券の口座数も増加しているそうですし、本屋には初心者向けの相場本が溢れんばかり。

 日光誠実証券は「マ-ケッ卜・7アイャ―」の時より購買層が広がってると読んでいるのでしょう。
 それに 条件を少し緩くすれば 脇の甘い連中が引っ掛かるとの目論見でしょうか。


 でもね。
 私には この商品も長生きできるとは思えないんです。

 ネットトレーダーでも 経験を積んだ人間は小売向けデリバティブには絶対に手を出さないでしょう。
 この手の連中にしたら ギャンブルがしたければ いつだって市場の時価でスリルのネタが調達できるんだから。
 先物満玉だって、オプションショートだって、仕手株だって、もっーーと熱い勝負がクリック一つ。
 おまけにヤバくなったら 損切り出来る道が残されてるし、リターンだってケチなモノではありません。
 リスク管理に失敗すると 人生アウトになりますけどね。

 初級ネットトレーダーなら 最初は引っ掛かるかもしれませんが、ネットに出入りしていると 短時間で もっと面白い投機か投資を見つけるはず。
 投資の道に進んだら、時間とともに余計な知識がついてきて 暴利デリバティブの仕組みに気付くでしょう。
 投機の道を選んでも、長く生き残る人間は勝てる土俵を知っていますから 敵地で戦う愚は冒さないでしょう。

 逆に この手の商品にハマるような鴨ならば、世の中 もっと美味しそうに見える致命的商品が溢れてますので 日光誠実証券に多くのお布施をする前に どっかの地雷で即死をするのが関の山。

 長く「〒”ヂワラ」に留まる人間がいたとしても、還元率77%の世界では 6回博打を繰り返しただけで 最初の金が5分の1に溶けますから、一年も経たずに退場になる運命です。
 ってことは、ある程度 自己コントロールの出来るギャンブラーでないと 長いお客になれないでしょう。
 よほどの大金持ちなら別でしょうが、太った獲物にはそれ用の商品がありますから。

 ま いろいろ考えていくと、この商品が売れていくために必要なのは・・・

投資の知識はほとんど無く
相場の基礎を勉強することも無く
フェアーな本格投機に踏み込む勇気も無く

そのくせ 短期間で相場を退場にならない程度には自制心が合って
儲からなくても 一つの博打に不毛な努力を続けられる粘り強さが備わった
ネギ付きの鴨

 そんな都合が良い生物が 一杯いるとはねぇ、とても思えないんですよ。


注意

投資は大人のための娯楽です。
投機・賭博は壊れた大人のための娯楽です。
全て自己責任で楽しみましょう。

投資・投機・博打はあなたの人生を破壊する恐れがあります。
特に 先物・オプション・ワラントは
極めて危険ですので 取り扱いは慎重に。

ココで取り上げた商品は創作上の産物で、実在の金融商品とは関係もありません。(多分)


第1回「貴方の隣のブラックホール・マンション投資編」

第2回「貴方の隣のブラックホール・デリバティブ国内編」

 

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